Avaloncity Stories(掌編集)

明智紫苑

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犬思う、ゆえに犬あり

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 俺は今、テレビで競馬中継を観ている。一度でいい。生の競馬を見たい。
 しかし、それは不可能だ。俺は介護犬ではないし、競馬場に出入り出来ない。そもそも、フォースタスもアスターティも競馬などのギャンブルはやらない。もちろん、馬券を買わずに純粋にレース観戦を楽しむ競馬ファンもいる(らしい)けど。
 俺はテレビでスポーツ観戦を楽しむ。特にサッカーやバスケットボールが好きだ。それに、フォースタスは友達とバスケをする事があるし、俺とアスターティはその様子を見守る事もある。
 だけど、俺は普通の犬のフリをしなければならない。口をきいてはいけない。
 俺は人間並みの知能と言語能力を持つサイボーグ犬。喉に組み込まれた装置で、人間のようにしゃべる。
 だけど、俺と会話する人間は限られている。アガルタの関係者以外では、フォースタスとアスターティ、ヴィクターらチャオ家の人間、フォースタスのマネージャーのブライアンなど、一部の邯鄲ドリーム関係者くらいだ。

 俺は大画面に映し出される電子書籍を読む。少しでも、フォースタスたち「人間」を知りたいからだ。
 俺たち犬の歴史は、人間と共に始まった。
 犬は、人間に愛されもすれば、憎まれもする。犬もまた、人間を愛しもすれば、憎みもする。
 犬は常に、人間と並んで歩いてきた。
 人間、この興味深い生き物。
 俺たち犬にとって害になる食べ物でも、人間は食べる。おそらく、人間社会が繁栄したのは「悪食」のおかげだ。キリスト教が「世界宗教」になった要因の一つに、ユダヤ教にある食べ物のタブーを排除して、異教徒を改宗させやすくしたのがあるけど、人間が世界中に広まったのもまた、それと似たようなものだ。
 だけど、それは他の生き物を圧迫する事態だった。
 人間の増え過ぎ。それがかつての地球の生物界を滅ぼしかけた。しかし、「人類の進化を司る神々」と彼らに選ばれた人間たちが危機を救った。
 何隻もの「ノアの方舟」たちが地球を旅立ち、新天地を求めて宇宙を旅した。そして、この惑星アヴァロンはその新天地の一つなのだ。

 アヴァロンの民は、地球連邦からの独立を志した。支配者たちは前近代的な圧政でアヴァロンを搾取したが、アヴァロンの民は独立を果たした。
 アヴァロン連邦建国350年記念コンサート。アスターティはこれに出演する。ただし、俺は犬だから、直接会場で観る事は出来ない。アスターティのマネージャー、ミヨンの計らいで、楽屋に俺が入るのを特別に許されたけど、その楽屋のモニターでアスターティの演奏を観られる。
 このコンサートで、カルト集団〈ジ・オ〉並びにその政治部門〈神の塔〉の爆破テロが行われる危険性が噂されているけど、どうやらそいつらは、アヴァロン連邦建国以前からの「地球原理主義者」の残党の子孫のようだ。奴らは、女性蔑視や性的マイノリティ差別や障害者の排除を「正義」とする。さらに、婚前交渉や妊娠中絶手術を罪悪視し、できちゃった結婚夫婦や未婚の母、性暴力被害者女性や妊娠中絶手術を行う産婦人科医らを殺害する。
 前近代的な圧政の亡霊。奴らは、アスターティらバールたちを「悪魔」だと非難している。しかし、奴らは多分、アスターティがバールだというのを知らない。
 アスターティを、そして他のバールたちを守らなければならない。人造人間とはいえ、元々は人間の亜種なのだから。
 アガルタが目論む人間とバールの融合、それはバールたちを再び「人」に戻す計画なのだ。

 アスターティは、素晴らしい才能のミュージシャンだ。多分、21世紀の地球にいても大スターになっていただろう。彼女こそが「ディーヴァ(女神/歌姫)」、アヴァロンの民の平和と自由を祝福する歌を歌う。どうか、無事にコンサートが成功するように。いわゆる「神」とは、基本的に人間以外の生き物は必要としない概念だけど、俺はあえて祈る。
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