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自分専属の友達

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 わたしと瑞穂は共にいじめられっ子だった。
 わたしは内気で根暗でコミュ障だから、いじめられっ子としては実に分かりやすいタイプだ。だけど、わたしはあの娘がなぜ他の女子たちにバカにされていたのか、当時は全く理解不能だった。
 わたしたちが男子連中に人気がなかったのは当然だ。なぜなら、単刀直入に顔がかわいくなかったからだ。もちろん、女子ウケだって、かわいい娘の方がいい。男子を巡っての直接の利害対立がない限りは、ブスより美人やかわいい娘の方が同性に好かれる。だけど、瑞穂が他の女子たちに嫌われていたのは、外見のせいだけではなかった。
「どうして、みんなあの娘をバカにするの?」
「あの娘は『バカの一つ』よ」
 当時のスクールカーストで中の下くらいだった娘が嘲笑う。そのくらいのランクが一番わたしたちに対して容赦ない。もちろん、わたしと瑞穂は下の下、中の下の娘のフレーズは言わずと知れた「バカの一つ覚え」のもじり。要するに、瑞穂は「どんな人でも笑顔は魅力的だ」という信仰を健気に抱いていたのだ。
 瑞穂は素直ないい子だった。だけど、他の女子連中から見れば、そんなあの娘は単に「ズルくなれるほど賢くない」だけだったようだ。
 中学時代のわたしは、他の女子たちから距離を置いていた…というか、疎外されていた分、自分自身が女であるのにも関わらず、「女心」を理解出来なかったし、しようともしなかった。なぜなら、わたしは自分を精神的に「中性」だと思っていたし、女社会に居場所がないと思っていた。

「『Avaloncity Stories』の中で誰が好き?」
「うーん、やっぱりフォースタスとアスターティのカップルかな? 他にカップルで好きなのは、果心と緋奈だね」
 わたしたちは互いに好きな漫画やアニメを通じて、一気に仲良くなった。『Avaloncity Stories』とは、わたしが当時からハマっていたSF漫画で、今でも愛読している。
「彼氏にするなら、商鞅しょう おうと久秀のどっちがいい?」
 わたしは悩んだ。なぜなら、わたしには二次元キャラに対して「恋する」という発想がなかったから。それに、当時の担任の先生に密かに恋していたから。今のわたしは一人の成人女性として「ロリコン」の男を嫌っているけど、当時のわたしには同年代男子を恋愛対象にするなんて考えられなかった。なぜなら、男子連中はわたしを「バイキン」呼ばわりしていじめていたから。だからこそ、女子連中はわたしと瑞穂を見下して意地悪な安心感を抱いていたのだ。
「うーん、どっちも怖いし」
「あたしは商鞅とアスモダイのコンビが好き。アスモが人間の姿の美形だったら、もっといいんだけど」
 そうだ、瑞穂はいわゆる「腐女子」だった。そして、それもあの娘が他の女子たちに見下される理由の一つだったけど、本質的な要因はそれではない。
 でも、おかげであの娘はの友達になってくれた。

 わたしは高校進学後、あの娘には会っていない。それぞれ別の学校に行ったし、すっかり疎遠になっていた。わたしは短大卒業後、フリーターとして細々と食べていきつつ、小説を書いている。
 わたしが瑞穂の名前を久しぶりに見て聞いたのは、ある事件のニュースだ。
 あの娘は高校を卒業後、わたしとは別の短大に進学し、卒業して中小企業の事務員になっていた。どうやら、瑞穂は高校進学以降はわたしより勉強熱心になり、成績優秀になっていたようだ。あの娘はまぶたを二重に整形し、ダイエットに成功して、大企業の社員と結婚して専業主婦になっていた。
 あの娘は加害者、相手は被害者。
 瑞穂が殺した旦那は、わたしと瑞穂をバカにしていた元クラスメイトの女と不倫していた。そう、あの娘を「バカの一つ笑い」と嘲笑っていた女だ。
 あの女は直接の被害者でも加害者でもないけど、コラムニストとして社会的に成功していたから、なおさら事件がセンセーショナルになった。専業主婦バッシングで炎上商法、枕営業で売れっ子コメンテーターになった女は、またしても瑞穂を踏みにじった。
 旦那の暴力に耐えかねて、瑞穂は酔った旦那が寝ている合間に窒息死させた。そして、すぐに警察に電話をかけて自首した。

 わたしは瑞穂との面会を避けた。なぜなら、わたしは恋人がいない独り身、あの娘は夫殺し、お互いにみじめになるだろうからだ。わたしの義務教育時代で唯一の友達は、とっくの昔にわたしとの「契約期間」が終わっていた。わたしたちは互いに何を与え、何を得たのだろう?
 瑞穂は素直ないい子。当時のわたしは単純素朴にそう思っていた。だけど、もうすぐ三十代になるわたしは悟った。
 クラスのバカ女子連中は、あの娘の人当たりの良さを「必死で他人に媚びるための演技」だと見抜いていたのだ。要するに瑞穂は特別異端な存在ではなく、他の女子と変わらない保身術を使っていたつもりが、かえってお粗末だったから、バカにされていたのだ。だけど、わたしはそれさえも出来なかった。
 わたしはあの娘を理解出来ていなかった。マシュマロみたいな柔らかい笑顔の中には、苦いクリームが詰まっていたのだ。あの不倫女が中学時代にあの娘に対して「笑顔がキモい」呼ばわりしたのは、いわゆる「女の直感」だったのだろう。かわいそうな瑞穂。あの娘は必死で善良な人間を演じていたけど、あの性悪女ビッチのせいで化けの皮を剥がされた。
「ごめんね、瑞穂」
 判決が下され、刑務所生活を数年送って出所したあの娘に、わたしは会いに行けるだろうか? それとも、あの娘から会いに来てくれるだろうか? わたしは宇多田ヒカルの曲を聴きながら泣いている。あの娘もわたしも宇多田ヒカルと椎名林檎が好きだった。今夜は思い切り酔っ払いたい。わたしは冷蔵庫から缶チューハイを取り出した。
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