恋愛栽培 ―A Perfect Sky ―

明智紫苑

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本編

その女、淫猥につき

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「ねぇ、あんた」
「何だ、お前?」
「そろそろ『あの女』に仕掛けてよ」
 女は、男の体にしがみつきながら、男の背中に爪を立てた。男は元大手暴走族のメンバーだった。長い茶髪を乱しているその全身には、派手な刺青が彫られている。明らかに、お互いに「堅気」ではない。
 女は、男の体に両脚をからみつけていた。脱ぎ捨てた衣類などが放置された、安アパートの一室のベッドで、女は数少ない娯楽の一つを行っていた。例の危ないクスリは媚薬。まだ、日は沈んでいない。
「あの女を再起不能にしてよ」
「どういう意味での再起不能なんだ?」
「もちろん、色々な意味でよ」
 ある時は、『論語』などの中国古典を愛読する現役女子大生。そしてまたある時は、人気俳優そっくりの長身の「イケメン女子」。しかし、その実態は、元ガングロギャルのバツイチシングルマザーだった。
 女は思い出す。彼女は加奈子の中学時代のクラスメイトだったが、当時の彼女は、さえないいじめられっ子の加奈子を見下していた。しかし、彼女自身が色々な意味で「貧しい」母親の身勝手のせいで道を踏み外したのに対して、加奈子は地道に努力して、それなりに幸せらしい。
「あのクソアマめ」
 あからさまな違いよりも、ほんのわずかな違いの方が焦りを呼び覚ます。
「あの女、絶対に許さない」
 女は、加奈子が小説新人賞にたびたび応募しているのに目を付けた。加奈子自身が、自分のブログで公言している。これはあの女への恨みを晴らすチャンスだ。
 しかし、彼女自身の「文才」は口だけだった。彼女はいわば「ヴァーチャル枕営業」でたくさんのブログ友達を引っかけてきた「政治屋」に過ぎない。その「枕営業」の一環としてネトウヨ活動もあったが、彼女のレイシズムは彼女自身の劣等感の裏返しだった。彼女が新人賞に応募した作品とは、ある小説サイトに掲載されていた他人の小説の盗作だった。
 何しろ、他のブロガーの記事を丸ごと無断転載したあげく、それを取り巻き連中と一緒にあざ笑っていい気になっているような女だ。
「あの女を何もかもメチャメチャにして」
 したたるような媚びで、女は男の耳元でささやき、その耳たぶを甘噛みした。



「そういえば、『あすかももこ』に似た女の子が中学時代にいたような気がする」
 まさか? 加奈子は自分の仮定を疑う。仮に「あすかももこ」と加奈子の中学時代のギャル系クラスメイトが本当に同一人物だとしても、あれは整形しているか、化粧オバケだ。ネット上で見かけた彼女のものだという画像がそうならば。いずれにしても彼女たちは「イケメン女子」ではなく、単なる「ギャル系」女に過ぎない。そもそもギャル系の女たちはたいてい、似たりよったりの顔にしか見えない。しょせんは素材をごまかすのに都合の良い「調理法」に過ぎない。
 問題のギャル系クラスメイトは加奈子をバカにしていたが、涼子も若菜もあの女子クラスメイトを嫌っていた。そもそも加奈子たちは、これ見よがしに「リア充」気取りでいるあの連中が嫌いだった。あの連中は、校内の障害のある子たちを馬鹿にしていい気になっていたし、見るからにロクな将来性がなかった。加奈子はなるべくならば「DQNドキュン」だなんて西洋かぶれの若者言葉など使いたくないが、あのような連中はまさしく「DQN」そのものだった。
 問題の女子クラスメイトは確か、いわゆる「キラキラネーム」っぽい名前だった。加奈子は自分の中学時代の卒業アルバムに載っているそいつの写真と名前は黒く塗りつぶしているが、それに対して、彼女自身の「加奈子」という名前は無難なネーミングだろう。

 加奈子がギャル系の女を苦手とするのは、自分の教養のなさを恥じずに自信満々に振る舞っているところだ。彼女たちは「今の自分」の若さしか眼中にないように思える。自分自身の「大人の女」という将来に対する「ヴィジョン」が感じられない。あまりにも刹那的だ。自らの若さを無責任に誇るが如く。
 何年か前にヒンシュクを買った、中高年女性蔑視発言の女性歌手の例がある。彼女は当時20代半ばだったが、あれは明らかに、自分より年上の女性たちに対する配慮や想像力のなさ、そして何よりも軽蔑と優越感を表していた。
 ギャル系の女の子たちだけではない。ある女の子がテレビのインタビューで「理想の大人の女性のイメージはどんな人ですか?」という質問に対して、某大物美人女優の名前を挙げていたが、「精神的・内面的な理想」を尋ねられたら、何も答えられずに困惑して、笑ってごまかしていた。つまり、内面磨きなど眼中になかったのだ。多分、彼女ら今時の若い女たちには、自分たちが手本とすべき理想的な「大人の女」が身近にいないのだろう。
 加奈子は「あんな軽薄な女たちとは同類になりたくない」と思っている。だからこそ、彼女は色々な本を読んで知識を蓄えてきたのだ。見かけ倒しのスカスカ女…加奈子はそんな女たちを軽蔑する。なぜなら、加奈子にとって彼女たちは「あってはならない自画像」なのだからだ。



 あるハンバーガーショップに、彼女はいた。いつも通りのギャル系ファッション。気合の入ったアイメイクとネイルアート。その姿はまさしく「武装」だった。
 その女、「あすかももこ」こと浜凛華はま りんかは、ヨーグルトシェイクを注文して飲んでいた。彼女は3分の2くらいまで飲んでから、カウンターに向かって言った。
「すいませーん、バニラシェイクを頼んだんですけど、間違ってまーす!」
 そして彼女は、問題のバニラシェイクをタダ飲みし、何食わぬ顔で店を出た。
 凛華は、中学時代以来の知人たちに連絡を取っていた。中には、大手暴走族の元幹部などもいる。彼女自身の仕事もまた、裏社会と密接な関係にある夜の仕事だった。
「処女の分際で」
 凛華は何度、この言葉で他の女たちをあざ笑ってきただろうか? 母親の再婚相手からの度重なる性的虐待が、彼女の運命と自尊心を狂わせた。
 不特定多数の男たち相手に体とプライドの切り売りをする仕事。凛華の娘の父親だったホストは、借金取りに追われて雲隠れした。わずか3か月の結婚生活だった。
「あたしの方が『女』として勝っている」
 今に見てな。凛華は鼻で笑った。

「あの女か…」
 果心は、凛華の行動の一部始終を見ていた。あまりにもセコい「バニラシェイク詐欺」に呆れたが、どうせ防犯カメラに映って記録されているだろうから、あえて店員には伝えない。
「さて、奴の尾行と張り込みを続けるか? いや、加奈子を見張った方がいいな」
 あの女の人脈からして、意外な「隠し玉」があるかもしれない。むしろ、あの女が放つ「刺客」を待ちながら加奈子の警備をした方がいい。
 そして、刺客連中が来たら、そいつらを尋問しよう。まずは、証言が必要だ。
「つまりは、とりあえずあの女は泳がせとくか」
 果心は、加奈子の仕事場・紅葉山不動産のある辺りに向かった。自分の勘を信じる限りでは、もうすぐ何者かが加奈子を狙う危険性が高い。
 それに、呂尚とブライトムーンもいるのだ。いざという時には、二人が「援軍」になってくれるだろう。
「まあ、まだ『こいつ』の出番はないだろうさ」
 果心は、左手を開いた。一見、そこには何もないが、その中には例の「秘密兵器」が隠されている。
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