7 / 37
第二話
3
しおりを挟む
一本目は、少女と犬が共に成長する物語だった。
ある日少女の家の庭に一匹の子犬が迷い込んでくる。少女はその犬を飼うことになり、余命幾ばくもない少女の母親が犬と暮らすにあたっての大切な十個の約束を少女にさせるのだ。
少女と子犬は途中で離れ離れになったり、また一緒に暮らすようになったり、長い時間、苦楽を共にする。それでもやはり、犬のほうが先に老いる。
けれどもこの物語の主題は愛犬の死ではなく、共に暮らした犬が飼い主に何をもたらし、どのように幸せをくれるかというものだった。
ラストで泣かされるだろうという予想に反して、星奈は序盤から泣いた。少女の母親の死が迫っているのを悟らせられるシーンですでに涙ぐみ、十個の約束をさせるところではボロボロ涙をこぼした。
犬と離れ離れになるところでも、再会するところでも、大きくなって幼馴染の少年と再会するところでも。とにかく、主人公の気持ちが揺れ動くところでは泣いた。
ここに今、瑛一がいたなら、「星奈はよく泣くなあ」と自分も鼻の頭と目を赤くして笑っただろう。
でも今は、隣に瑛一はいない。代わりにいるエイジはあまり表情のない顔でじっと見て、部屋の隅にいってしまっていたティッシュ箱を取ってきてくれた。
星奈はそれを受け取って、ありがたく涙と鼻水を拭った。
二本目の映画は、実際に起こったことをもとにした作品だった。
ある一家が地震で被災し、そこで飼われていた犬が自分の子犬たちや飼い主一家を守るために奮闘する。心配そうに鳴いてみたり、瓦礫から掘り出そうとしてみたり。その後、飼い主たちは救助ヘリに助けられるのだけれど、ペットはヘリに同乗できないため、犬たちは被災地に取り残されるのだ。
それから、犬はまだ小さな子犬たちを守りながら、飼い主と離れて二週間以上も生き延びなければならなくなる。
犬の健気な姿に、家族の繋がりに、被災地の人々の助け合いに、星奈はまたも涙した。飼い主たちと犬が再会できるのかわかるまで、不安でたまらなくて何度も嗚咽を漏らした。
終盤になるとずっと目元をティッシュで覆っていたから、犬の無事はエイジに、「犬、大丈夫。生きてる」と教えてもらって気づいたほどだ。
動物の映画を二本見て、泣きに泣いて星奈はまたカラカラになった。泣くことは体力を使うからか、久しぶりに心底お腹が空いたと思って、昨日の残りのお好み焼きを食べた。水もたくさん飲んだ。でも、映画の内容を思い出しながらエイジと話してまた泣くから、その水分補給が意味のあるものなのかわからなかった。
お昼すぎまでそうして泣ける映画を見てエイジは満足するかと思ったのに、まだ見たいという。これ以上泣かされるのかと星奈はためらったけれど、もう一本見つくろっていたものは青春映画だから大丈夫かと思って、結局は見ることにした。
それなのに、その日一番泣かされたのはその映画だった。
OL生活に希望もやりがいも見出だせないまま過ごしている主人公は、同棲しているバンドマンの恋人に背中を押される形で仕事を辞める。それなのに恋人は本気で音楽に打ち込む様子はなく、そのことに苛立った主人公は恋人と衝突してしまう。
そのときの喧嘩がきっかけで、恋人はバイトを辞めて退路を断って音楽活動に打ち込むものの、うまくいかない現実に打ちのめされて結局は主人公と別れることを決意する。
その後、恋人は主人公とよりを戻すことを決意して連絡してくるのだけれど、主人公のところへ向かう途中で事故に会い、死んでしまう。
その後主人公は自暴自棄になりながらも、最後は恋人が残した歌を彼がいたバンドのメンバーとライブで歌い上げるのだ。
星奈は途中までは、主人公たちの抱えるモヤモヤや葛藤に共感し、感情移入しながら見ていた。年齢が近いぶん、主人公たちの何者にもなれない焦燥感や、つまらない大人にはなりたくはないという苛立ちみたいなものがよく理解できた。
だからこそ、主人公が恋人と死別するという筋書きがきつかった。恋人はやっと何を選ぶのが幸せなのかを摑んだのに、それをなす前に、主人公に直接伝える前に死んでしまったということが。
恋人がバイク事故で死んでしまうというのも、星奈にはかなり堪えることだった。画面の向こうの作り事なのに、まるでそれが自分の身に起きたことのように感じられ、苦しくて悲しくて、しゃくりあげすぎて呼吸ができなくなるかと思ったほどだ。
朝から泣ける映画を見て涙と鼻水を拭い続けた結果、家にあるティッシュをすべて使い切ってしまった。
嗚咽を漏らし、拭くものもなく涙と鼻水を流し続ける星奈を見かねたのか、エイジは「ここで拭いたらいい」と自分のトレーナーを指し示した。判断力を欠いていた星奈は、促されるままそこに顔を埋めた。エイジは、何も言わずじっと動かずにいてくれた。
これが瑛一なら、抱きしめて背中を撫でてくれただろう。エイジは、震える星奈の背中にそっと手を添えただけだった。けれど、それだけでもひとりきりで泣くよりもずっとよかった。
恋人が死んでしまうシーンを見たときは、なぜこの映画を選んでしまったのだろうと、正直言って後悔した。でも、終盤で主人公がライブのステージに立って恋人が遺した歌を歌うシーンを見て、その後悔はかなり薄れた。
主人公を演じた女優は、決して歌は上手ではなかった。それだけに、魂を込めて歌い上げるシーンは圧巻で、星奈は泣くのをやめて見入った。
恋人がこの世に存在したことを証明するために歌う主人公。恋人の死後、自暴自棄になっていたのに、その歌を歌おうと決めてからはがむしゃらにギターの練習をしていた。
ある日少女の家の庭に一匹の子犬が迷い込んでくる。少女はその犬を飼うことになり、余命幾ばくもない少女の母親が犬と暮らすにあたっての大切な十個の約束を少女にさせるのだ。
少女と子犬は途中で離れ離れになったり、また一緒に暮らすようになったり、長い時間、苦楽を共にする。それでもやはり、犬のほうが先に老いる。
けれどもこの物語の主題は愛犬の死ではなく、共に暮らした犬が飼い主に何をもたらし、どのように幸せをくれるかというものだった。
ラストで泣かされるだろうという予想に反して、星奈は序盤から泣いた。少女の母親の死が迫っているのを悟らせられるシーンですでに涙ぐみ、十個の約束をさせるところではボロボロ涙をこぼした。
犬と離れ離れになるところでも、再会するところでも、大きくなって幼馴染の少年と再会するところでも。とにかく、主人公の気持ちが揺れ動くところでは泣いた。
ここに今、瑛一がいたなら、「星奈はよく泣くなあ」と自分も鼻の頭と目を赤くして笑っただろう。
でも今は、隣に瑛一はいない。代わりにいるエイジはあまり表情のない顔でじっと見て、部屋の隅にいってしまっていたティッシュ箱を取ってきてくれた。
星奈はそれを受け取って、ありがたく涙と鼻水を拭った。
二本目の映画は、実際に起こったことをもとにした作品だった。
ある一家が地震で被災し、そこで飼われていた犬が自分の子犬たちや飼い主一家を守るために奮闘する。心配そうに鳴いてみたり、瓦礫から掘り出そうとしてみたり。その後、飼い主たちは救助ヘリに助けられるのだけれど、ペットはヘリに同乗できないため、犬たちは被災地に取り残されるのだ。
それから、犬はまだ小さな子犬たちを守りながら、飼い主と離れて二週間以上も生き延びなければならなくなる。
犬の健気な姿に、家族の繋がりに、被災地の人々の助け合いに、星奈はまたも涙した。飼い主たちと犬が再会できるのかわかるまで、不安でたまらなくて何度も嗚咽を漏らした。
終盤になるとずっと目元をティッシュで覆っていたから、犬の無事はエイジに、「犬、大丈夫。生きてる」と教えてもらって気づいたほどだ。
動物の映画を二本見て、泣きに泣いて星奈はまたカラカラになった。泣くことは体力を使うからか、久しぶりに心底お腹が空いたと思って、昨日の残りのお好み焼きを食べた。水もたくさん飲んだ。でも、映画の内容を思い出しながらエイジと話してまた泣くから、その水分補給が意味のあるものなのかわからなかった。
お昼すぎまでそうして泣ける映画を見てエイジは満足するかと思ったのに、まだ見たいという。これ以上泣かされるのかと星奈はためらったけれど、もう一本見つくろっていたものは青春映画だから大丈夫かと思って、結局は見ることにした。
それなのに、その日一番泣かされたのはその映画だった。
OL生活に希望もやりがいも見出だせないまま過ごしている主人公は、同棲しているバンドマンの恋人に背中を押される形で仕事を辞める。それなのに恋人は本気で音楽に打ち込む様子はなく、そのことに苛立った主人公は恋人と衝突してしまう。
そのときの喧嘩がきっかけで、恋人はバイトを辞めて退路を断って音楽活動に打ち込むものの、うまくいかない現実に打ちのめされて結局は主人公と別れることを決意する。
その後、恋人は主人公とよりを戻すことを決意して連絡してくるのだけれど、主人公のところへ向かう途中で事故に会い、死んでしまう。
その後主人公は自暴自棄になりながらも、最後は恋人が残した歌を彼がいたバンドのメンバーとライブで歌い上げるのだ。
星奈は途中までは、主人公たちの抱えるモヤモヤや葛藤に共感し、感情移入しながら見ていた。年齢が近いぶん、主人公たちの何者にもなれない焦燥感や、つまらない大人にはなりたくはないという苛立ちみたいなものがよく理解できた。
だからこそ、主人公が恋人と死別するという筋書きがきつかった。恋人はやっと何を選ぶのが幸せなのかを摑んだのに、それをなす前に、主人公に直接伝える前に死んでしまったということが。
恋人がバイク事故で死んでしまうというのも、星奈にはかなり堪えることだった。画面の向こうの作り事なのに、まるでそれが自分の身に起きたことのように感じられ、苦しくて悲しくて、しゃくりあげすぎて呼吸ができなくなるかと思ったほどだ。
朝から泣ける映画を見て涙と鼻水を拭い続けた結果、家にあるティッシュをすべて使い切ってしまった。
嗚咽を漏らし、拭くものもなく涙と鼻水を流し続ける星奈を見かねたのか、エイジは「ここで拭いたらいい」と自分のトレーナーを指し示した。判断力を欠いていた星奈は、促されるままそこに顔を埋めた。エイジは、何も言わずじっと動かずにいてくれた。
これが瑛一なら、抱きしめて背中を撫でてくれただろう。エイジは、震える星奈の背中にそっと手を添えただけだった。けれど、それだけでもひとりきりで泣くよりもずっとよかった。
恋人が死んでしまうシーンを見たときは、なぜこの映画を選んでしまったのだろうと、正直言って後悔した。でも、終盤で主人公がライブのステージに立って恋人が遺した歌を歌うシーンを見て、その後悔はかなり薄れた。
主人公を演じた女優は、決して歌は上手ではなかった。それだけに、魂を込めて歌い上げるシーンは圧巻で、星奈は泣くのをやめて見入った。
恋人がこの世に存在したことを証明するために歌う主人公。恋人の死後、自暴自棄になっていたのに、その歌を歌おうと決めてからはがむしゃらにギターの練習をしていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ボッチによるクラスの姫討伐作戦
イカタコ
ライト文芸
本田拓人は、転校した学校へ登校した初日に謎のクラスメイト・五十鈴明日香に呼び出される。
「私がクラスの頂点に立つための協力をしてほしい」
明日香が敵視していた豊田姫乃は、クラス内カーストトップの女子で、誰も彼女に逆らうことができない状況となっていた。
転校してきたばかりの拓人にとって、そんな提案を呑めるわけもなく断ろうとするものの、明日香による主人公の知られたくない秘密を暴露すると脅され、仕方なく協力することとなる。
明日香と行動を共にすることになった拓人を見た姫乃は、自分側に取り込もうとするも拓人に断られ、敵視するようになる。
2人の間で板挟みになる拓人は、果たして平穏な学校生活を送ることができるのだろうか?
そして、明日香の目的は遂げられるのだろうか。
ボッチによるクラスの姫討伐作戦が始まる。
演じる家族
ことは
ライト文芸
永野未来(ながのみらい)、14歳。
大好きだったおばあちゃんが突然、いや、徐々に消えていった。
だが、彼女は甦った。
未来の双子の姉、春子として。
未来には、おばあちゃんがいない。
それが永野家の、ルールだ。
【表紙イラスト】ノーコピーライトガール様からお借りしました。
https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl
高度救命救急センターの憂鬱 Spinoff
さかき原枝都は
ライト文芸
フェローは家畜だ。たっぷり餌を与えて…いや指導だ!
読み切り!全8話
高度救命救急センターの憂鬱 Spinoff 外科女医二人が織り成す恐ろしくも、そしてフェロー(研修医)をかわいがるその姿。少し違うと思う。いやだいぶ違うと思う。
高度救命センターを舞台に織り成す外科女医2名と二人のフェローの物語。
Emergency Doctor 救命医 の後続編Spinoff版。
実際にこんな救命センターがもしもあったなら………
oldies ~僕たちの時間[とき]
菊
ライト文芸
「オマエ、すっげえつまんなそーにピアノ弾くのな」
…それをヤツに言われた時から。
僕の中で、何かが変わっていったのかもしれない――。
竹内俊彦、中学生。
“ヤツら”と出逢い、本当の“音楽”というものを知る。
[当作品は、少し懐かしい時代(1980~90年代頃?)を背景とした青春モノとなっております。現代にはそぐわない表現などもあると思われますので、苦手な方はご注意ください。]
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
空の蒼 海の碧 山の翠
佐倉 蘭
ライト文芸
アガイティーラ(ティーラ)は、南島で漁師の家に生まれた今年十五歳になる若者。
幼い頃、両親を亡くしたティーラは、その後網元の親方に引き取られ、今では島で一目置かれる漁師に成長した。
この島では十五歳になる若者が海の向こうの北島まで遠泳するという昔ながらの風習があり、今年はいよいよティーラたちの番だ。
その遠泳に、島の裏側の浜で生まれ育った別の網元の跡取り息子・クガニイルも参加することになり…
※毎日午後8時に更新します。
この町は、きょうもあなたがいるから廻っている。
ヲトブソラ
ライト文芸
親に反対された哲学科へ入学した二年目の夏。
湖径<こみち>は、実家からの仕送りを止められた。
湖径に与えられた選択は、家を継いで畑を耕すか、家を継いでお米を植えるかの二択。
彼は第三の選択をし、その一歩目として激安家賃の長屋に引っ越すことを決める。
山椒魚町河童四丁目三番地にある長屋には、とてもとても個性的な住人だけが住んでいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる