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第二話 魔法はドカーン
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香月がエンジュのもとへ来て数日。
少しずつ、新しい生活に慣れ始めている。
魔法屋オカマジョの朝は早い。エンジュは日の出の前には起き出して、暖炉に火を入れる。山の朝は、四月の中頃くらいまで暖房が必要なのだという。
暖炉で少し身体を暖めてから、エンジュは薪を切りに外へ出る。前日のうちにコウが切ってから帰るのだけれど、一日の始まりの準備運動には持ってこいだからということだ。
薪を切る音が聞こえだした頃、香月も起きて着替えてキッチンに立つ。
実家やスミヱのところにいたときは、寝癖頭にパジャマのまま朝食の席についても気にならなかったし、何も言われなかった。
けれども、朝から髪もメイクも服装もばっちりなエンジュを前にしてしまうと、だらしないままではいられない気がした。だから、新生活二日目からは香月も朝から最低限の身だしなみは整えている。
キッチンに立って作るのは、塩気と出汁の少し聞いたスクランブルエッグ。それをちぎったレタスとトマトと一緒にパンにはさめば、サンドイッチのできあがりだ。
香月ひとりならそれだけで朝食を済ませるけれど、身体を動かしたあとのエンジュを気づかって、ミニトマトとベーコンのコンソメスープと甘いカフェオレも用意する。
「わあ、もうできてる! あんたって、本当に手際がいいのね。こういうとこは、コウとは大分違うわ。あの子って泊まったらほっとくと昼過ぎまで寝てるんだから」
「私、朝は得意なんです。それに、朝食作りはスミヱおばあちゃんに教わったので」
外から戻ってきたエンジュが、朝食の並んだ食卓を見て感心する。ささいなことだけれど褒められて、香月は得意な気持ちになる。
「朝の洗いものはアタシがやっておくから、食べたら庭に薬草を採りにいってくれる?」
カフェオレに口をつけながら、エンジュは手描きのメモを手渡してくる。
「え、でも……力仕事はできないので、家事くらいやります」
「違うのよ。朝のうちに摘んでおいてほしいものがあるからなの。これ、今日のリストね」
「わかりました」
甘やかしではなく、必要に応じて言われたのだとわかって安心した。こういう、自立したひとりの人間として扱われているのは心地良い。
「じゃあ、庭に出てきますね」
「何か一枚羽織っていきなさいよ」
「はい」
朝食の食器を下げてから、香月は二階の自室に上がる。
何枚かある上着を物色して、グレーのセーラー襟のパーカーを選んだ。この可愛すぎるアイテムも、エンジュが用意してくれたものだ。
本当はこんな可愛いものを着るのはためらわれるのだけれど、手持ちの黒メインの地味な服装でうろうろしていたら、「ダサい! モサい! 暗い!」と厳しい言葉が飛んできて長々とお説教された。だから、逆らわず与えられたものを身に着けていたほうがいいだろうという判断だ。
庭に出ると、ひんやりとした朝の空気に包まれていた。あたり一帯がしっとりと朝露に濡れている。深呼吸をして、濃い緑の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
それから、手元のメモに目をやる。
山の中に建つロッジ風の家だから、庭とそうでない部分の境界が香月にとってはまだ曖昧だ。注意しないと、お目当ての薬草とただの草を見間違ってしまう。
『魔法屋オカマジョ』は魔法を売る店ではあるけれど、表向きは西洋漢方の店として認識されている。実際にこの数日、香月が目撃したお客さんはみんな、薬を買って帰っていった。
そういうわけで、エンジュの主な仕事は薬を作ることだ。香月は指示を受けて薬草を採りにいくことで、その仕事の手伝いをしている。
「香月ちゃん、それじゃないよ。その絵の薬草はね、こっち」
香月がある薬草に手を伸ばすと、ちょこちょことあとをついてきていたパスカルが、それを止めた。その肩にはヨイチもいる。
エンジュの使い魔なのに、この子たちは香月のそばにいることが多い気がする。
「ありがとう。……ねえ、エンジュさんのそばにいなくていいの? あなたたち、エンジュさんの使い魔なんでしょ?」
「エンジュはひとりで何でもしてしまうから、つまらんのだ。香月のそばのほうが面白いでござる」
「……そっか」
自分の不慣れな様子は面白がられているのかと、香月は何とも言えない気分になった。でも、面白くないと言われるよりいいのかもしれない。
「ねえ、これであってるかな?」
メモと薬草をパスカルたちに見せて確認する。
エンジュがくれるメモは図解つきで丁寧なのだけれど、癖字だし独特なタッチの絵のため、まだパッと解読できないのだ。
「うん。それであってるよ。もう終わり?」
「うん、終わり」
「じゃあ、エンジュに届けたらさ、追いかけっこしようよ。香月ちゃん、体力つけなくちゃだから」
「そうだね」
パスカルにお尻を押され、香月は足早にロッジに戻る。
朝、こうしてエンジュの手伝いが終わってからは、パスカルとヨイチと一緒に山の中を駆け回っている。香月の体力作りが名目だけれど、パスカルたちが遊びたいだけなのではないかと思う。
それでも、そうやって使い魔たちと山の中でたわむれていると、人ではない何か別のものになったみたいな軽やかさがあって楽しかった。
「香月、いるかー?」
午後になり、自室で読書しているとドアがノックされた。
午後は基本的に自由時間だし、家の中にある本は何でも読んでいいと言われているから、香月は自習の時間に当てている。今も祓魔師や悪魔つき、呪殺について書かれた本を読んでいた。
「はーい。……って、誰?」
ドアを開けると、そこにはアッシュグレーの髪をしたブレザー姿の少年が立っていた。
「俺だよ、俺! コウだよ!」
「武島さんでしたか。髪色が違ったのでわかりませんでした」
「そこで認識してんのかよ!?」
本気でわからなかった様子の香月に、コウはがっくりと肩を落とした。
香月の中でコウはヒマワリのような金髪をハーフアップにしている印象が強い。そのうなだれた後頭部に結った髪の束がないのを見て、長さも変わっていることにようやく気がついた。
「武島さん、何のご用ですか? わざわざ学校帰りに」
「そうだった! わざわざ補習の帰りに寄ってやったんだから感謝しろよー。見せてやりたいもんがあるからついてこい」
「え、あ、はい」
いまいち要領を得ないまま、香月はコウに連れ出された。
ズンズン歩いていくコウが向かっていったのは、庭の横にある水場だ。ここで庭仕事のあと手を洗ったり、水やりのときにジョウロに水を入れたりする。
コウは手に提げていたビニール袋の中からコーラのペットボトルを取り出し、水場のコンクリートの上に置いた。
「俺、今から香月にスゲェ魔法っぽいこと見せてやるからな!」
「魔法、っぽいこと……?」
ヤンキーとコーラという組み合わせに、香月は不安になった。わざわざ外の水場に連れてきたのは、思いきり振って泡立たせるとか、一気飲みするとか、そういう周囲が汚れることをする気なのではないだろうかと。
そんな香月の心配をよそに、コウはビニール袋の中から今度はソフトキャンディを取り出した。外国産の、小さな碁石のような形のお菓子だ。
それを見て、コウが何をしようとしているのかわかった。けれども、得意げな様子を見ていると、そんな野暮なことは言えない。
「見てろよ。コーラの中にこれを入れるとスゲェことが起きるから!」
“スゲェこと”とは、コーラがペットボトルから勢いよく吹き出すことだ。その派手さから、動画投稿サイトにはこれにチャレンジした動画がしばしばアップされるから、香月も知っていた。
「……ほら!」
「わっ!」
意気揚々とコウがソフトキャンディを入れると、コーラが盛大に吹き上がった。しかも、ソフトキャンディを入れる量が香月が知っているものより多いし、その上、蓋を閉めてしまったため勢いが増している。
コーラの泡は、三メートルはゆうに超える高さで十秒近く噴出しつづけた。
その光景は壮観で、香月は思わず息を呑んで見入った。
「どうだ? 蓋に小さな穴を開けてるから、普通にやるより勢いがスゲェんだよ」
「すごかったです。私が知ってるのと全然違った」
「……何だ。見たことあったのか。あんたって真面目そうだから、てっきりこういうのに縁がないかと思ってたんだけど」
自信満々に香月を見つめたコウだったけれど、香月が初見ではないことを知ってがっかりしている。その姿を見て、香月はすこし申し訳なくなった。
「あの、えっと……楽しかったですよ? 工夫次第でこんなにも高く吹き上がるなんて思ってなかったので。……武島さんは、どうしてこれを私に見せてくれたんですか?」
しょんぼりするコウにそう声をかけると、カラーコンタクトの青い瞳がジッと香月を見つめてきた。アッシュグレーの髪も、青い目も、こうして見ると違和感なく彼に似合っている。
「あんたさ、人間嫌いだろ?」
コウの指摘に、香月はドキリとした。
ひた隠しにきていたわけではないけれど、ダダ漏れではないつもりだった。でも確かに、今はなるべく人と関わりたくないから、人間が嫌いという指摘は間違っていない。
「でも、エンジュさんの弟子になった以上、人間嫌いは直さなきゃいけねえじゃん。ってことで、まずは身近な俺が仲良くなって、少しずつマシにしていけたらいいかなって思ったんだよ。そのために、何か面白いもん見せてやりたいって考えたんだ」
「そうだったんですね……」
ただのヤンキーに見えるコウがそんなふうに考えていたのかと、香月は何だか不思議な気分になった。決して嫌な気分ではない。わりと良い気分だ。
「……ありがとうございます」
「いいってことよ。それとさ、俺の魔法の目指すところみたいなものも先輩として示しときたかったからな。俺の目指す魔法は、ド派手にドッカーンだ。香月は?」
得意げな顔でコウは尋ねてくる。なるほど、確かにさっきのコーラはド派手にドッカーンだ。
(私のやりたいことは……)
エンジュに弟子入りするためにここにやって来た理由を思い出して、香月の心は曇った。せっかくコウが楽しい気分にさせてくれたのに。ということは、これを聞かせるとコウのことも嫌な気分にさせてしまうのだろう。
「私も、ド派手にドッカーンってやりたいですね」
嫌いなやつらを、と心の中で付け加えながら香月は微笑む。
香月がやりたいことは、隠しておかなければならないことだ。それがわかるから、決して気取られまいと心に誓った。
「そっか! じゃあまだ一本コーラあるから、もう一回やろうぜ!」
コウは疑いもせず、香月の微笑みに応えた。
それにすこし罪悪感を覚えつつも、香月はまた笑って頷いた。
少しずつ、新しい生活に慣れ始めている。
魔法屋オカマジョの朝は早い。エンジュは日の出の前には起き出して、暖炉に火を入れる。山の朝は、四月の中頃くらいまで暖房が必要なのだという。
暖炉で少し身体を暖めてから、エンジュは薪を切りに外へ出る。前日のうちにコウが切ってから帰るのだけれど、一日の始まりの準備運動には持ってこいだからということだ。
薪を切る音が聞こえだした頃、香月も起きて着替えてキッチンに立つ。
実家やスミヱのところにいたときは、寝癖頭にパジャマのまま朝食の席についても気にならなかったし、何も言われなかった。
けれども、朝から髪もメイクも服装もばっちりなエンジュを前にしてしまうと、だらしないままではいられない気がした。だから、新生活二日目からは香月も朝から最低限の身だしなみは整えている。
キッチンに立って作るのは、塩気と出汁の少し聞いたスクランブルエッグ。それをちぎったレタスとトマトと一緒にパンにはさめば、サンドイッチのできあがりだ。
香月ひとりならそれだけで朝食を済ませるけれど、身体を動かしたあとのエンジュを気づかって、ミニトマトとベーコンのコンソメスープと甘いカフェオレも用意する。
「わあ、もうできてる! あんたって、本当に手際がいいのね。こういうとこは、コウとは大分違うわ。あの子って泊まったらほっとくと昼過ぎまで寝てるんだから」
「私、朝は得意なんです。それに、朝食作りはスミヱおばあちゃんに教わったので」
外から戻ってきたエンジュが、朝食の並んだ食卓を見て感心する。ささいなことだけれど褒められて、香月は得意な気持ちになる。
「朝の洗いものはアタシがやっておくから、食べたら庭に薬草を採りにいってくれる?」
カフェオレに口をつけながら、エンジュは手描きのメモを手渡してくる。
「え、でも……力仕事はできないので、家事くらいやります」
「違うのよ。朝のうちに摘んでおいてほしいものがあるからなの。これ、今日のリストね」
「わかりました」
甘やかしではなく、必要に応じて言われたのだとわかって安心した。こういう、自立したひとりの人間として扱われているのは心地良い。
「じゃあ、庭に出てきますね」
「何か一枚羽織っていきなさいよ」
「はい」
朝食の食器を下げてから、香月は二階の自室に上がる。
何枚かある上着を物色して、グレーのセーラー襟のパーカーを選んだ。この可愛すぎるアイテムも、エンジュが用意してくれたものだ。
本当はこんな可愛いものを着るのはためらわれるのだけれど、手持ちの黒メインの地味な服装でうろうろしていたら、「ダサい! モサい! 暗い!」と厳しい言葉が飛んできて長々とお説教された。だから、逆らわず与えられたものを身に着けていたほうがいいだろうという判断だ。
庭に出ると、ひんやりとした朝の空気に包まれていた。あたり一帯がしっとりと朝露に濡れている。深呼吸をして、濃い緑の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
それから、手元のメモに目をやる。
山の中に建つロッジ風の家だから、庭とそうでない部分の境界が香月にとってはまだ曖昧だ。注意しないと、お目当ての薬草とただの草を見間違ってしまう。
『魔法屋オカマジョ』は魔法を売る店ではあるけれど、表向きは西洋漢方の店として認識されている。実際にこの数日、香月が目撃したお客さんはみんな、薬を買って帰っていった。
そういうわけで、エンジュの主な仕事は薬を作ることだ。香月は指示を受けて薬草を採りにいくことで、その仕事の手伝いをしている。
「香月ちゃん、それじゃないよ。その絵の薬草はね、こっち」
香月がある薬草に手を伸ばすと、ちょこちょことあとをついてきていたパスカルが、それを止めた。その肩にはヨイチもいる。
エンジュの使い魔なのに、この子たちは香月のそばにいることが多い気がする。
「ありがとう。……ねえ、エンジュさんのそばにいなくていいの? あなたたち、エンジュさんの使い魔なんでしょ?」
「エンジュはひとりで何でもしてしまうから、つまらんのだ。香月のそばのほうが面白いでござる」
「……そっか」
自分の不慣れな様子は面白がられているのかと、香月は何とも言えない気分になった。でも、面白くないと言われるよりいいのかもしれない。
「ねえ、これであってるかな?」
メモと薬草をパスカルたちに見せて確認する。
エンジュがくれるメモは図解つきで丁寧なのだけれど、癖字だし独特なタッチの絵のため、まだパッと解読できないのだ。
「うん。それであってるよ。もう終わり?」
「うん、終わり」
「じゃあ、エンジュに届けたらさ、追いかけっこしようよ。香月ちゃん、体力つけなくちゃだから」
「そうだね」
パスカルにお尻を押され、香月は足早にロッジに戻る。
朝、こうしてエンジュの手伝いが終わってからは、パスカルとヨイチと一緒に山の中を駆け回っている。香月の体力作りが名目だけれど、パスカルたちが遊びたいだけなのではないかと思う。
それでも、そうやって使い魔たちと山の中でたわむれていると、人ではない何か別のものになったみたいな軽やかさがあって楽しかった。
「香月、いるかー?」
午後になり、自室で読書しているとドアがノックされた。
午後は基本的に自由時間だし、家の中にある本は何でも読んでいいと言われているから、香月は自習の時間に当てている。今も祓魔師や悪魔つき、呪殺について書かれた本を読んでいた。
「はーい。……って、誰?」
ドアを開けると、そこにはアッシュグレーの髪をしたブレザー姿の少年が立っていた。
「俺だよ、俺! コウだよ!」
「武島さんでしたか。髪色が違ったのでわかりませんでした」
「そこで認識してんのかよ!?」
本気でわからなかった様子の香月に、コウはがっくりと肩を落とした。
香月の中でコウはヒマワリのような金髪をハーフアップにしている印象が強い。そのうなだれた後頭部に結った髪の束がないのを見て、長さも変わっていることにようやく気がついた。
「武島さん、何のご用ですか? わざわざ学校帰りに」
「そうだった! わざわざ補習の帰りに寄ってやったんだから感謝しろよー。見せてやりたいもんがあるからついてこい」
「え、あ、はい」
いまいち要領を得ないまま、香月はコウに連れ出された。
ズンズン歩いていくコウが向かっていったのは、庭の横にある水場だ。ここで庭仕事のあと手を洗ったり、水やりのときにジョウロに水を入れたりする。
コウは手に提げていたビニール袋の中からコーラのペットボトルを取り出し、水場のコンクリートの上に置いた。
「俺、今から香月にスゲェ魔法っぽいこと見せてやるからな!」
「魔法、っぽいこと……?」
ヤンキーとコーラという組み合わせに、香月は不安になった。わざわざ外の水場に連れてきたのは、思いきり振って泡立たせるとか、一気飲みするとか、そういう周囲が汚れることをする気なのではないだろうかと。
そんな香月の心配をよそに、コウはビニール袋の中から今度はソフトキャンディを取り出した。外国産の、小さな碁石のような形のお菓子だ。
それを見て、コウが何をしようとしているのかわかった。けれども、得意げな様子を見ていると、そんな野暮なことは言えない。
「見てろよ。コーラの中にこれを入れるとスゲェことが起きるから!」
“スゲェこと”とは、コーラがペットボトルから勢いよく吹き出すことだ。その派手さから、動画投稿サイトにはこれにチャレンジした動画がしばしばアップされるから、香月も知っていた。
「……ほら!」
「わっ!」
意気揚々とコウがソフトキャンディを入れると、コーラが盛大に吹き上がった。しかも、ソフトキャンディを入れる量が香月が知っているものより多いし、その上、蓋を閉めてしまったため勢いが増している。
コーラの泡は、三メートルはゆうに超える高さで十秒近く噴出しつづけた。
その光景は壮観で、香月は思わず息を呑んで見入った。
「どうだ? 蓋に小さな穴を開けてるから、普通にやるより勢いがスゲェんだよ」
「すごかったです。私が知ってるのと全然違った」
「……何だ。見たことあったのか。あんたって真面目そうだから、てっきりこういうのに縁がないかと思ってたんだけど」
自信満々に香月を見つめたコウだったけれど、香月が初見ではないことを知ってがっかりしている。その姿を見て、香月はすこし申し訳なくなった。
「あの、えっと……楽しかったですよ? 工夫次第でこんなにも高く吹き上がるなんて思ってなかったので。……武島さんは、どうしてこれを私に見せてくれたんですか?」
しょんぼりするコウにそう声をかけると、カラーコンタクトの青い瞳がジッと香月を見つめてきた。アッシュグレーの髪も、青い目も、こうして見ると違和感なく彼に似合っている。
「あんたさ、人間嫌いだろ?」
コウの指摘に、香月はドキリとした。
ひた隠しにきていたわけではないけれど、ダダ漏れではないつもりだった。でも確かに、今はなるべく人と関わりたくないから、人間が嫌いという指摘は間違っていない。
「でも、エンジュさんの弟子になった以上、人間嫌いは直さなきゃいけねえじゃん。ってことで、まずは身近な俺が仲良くなって、少しずつマシにしていけたらいいかなって思ったんだよ。そのために、何か面白いもん見せてやりたいって考えたんだ」
「そうだったんですね……」
ただのヤンキーに見えるコウがそんなふうに考えていたのかと、香月は何だか不思議な気分になった。決して嫌な気分ではない。わりと良い気分だ。
「……ありがとうございます」
「いいってことよ。それとさ、俺の魔法の目指すところみたいなものも先輩として示しときたかったからな。俺の目指す魔法は、ド派手にドッカーンだ。香月は?」
得意げな顔でコウは尋ねてくる。なるほど、確かにさっきのコーラはド派手にドッカーンだ。
(私のやりたいことは……)
エンジュに弟子入りするためにここにやって来た理由を思い出して、香月の心は曇った。せっかくコウが楽しい気分にさせてくれたのに。ということは、これを聞かせるとコウのことも嫌な気分にさせてしまうのだろう。
「私も、ド派手にドッカーンってやりたいですね」
嫌いなやつらを、と心の中で付け加えながら香月は微笑む。
香月がやりたいことは、隠しておかなければならないことだ。それがわかるから、決して気取られまいと心に誓った。
「そっか! じゃあまだ一本コーラあるから、もう一回やろうぜ!」
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