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第一章 ピアノの女の子の怪

4、ひとりでに鳴るピアノ

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「やだ……じゃあ、さっきの何なの?」
「噂の幽霊じゃ、なさそうだな」

 あきらかに二人はうろたえていた。
 出ると思っていたものとはちがうものが出てきたとなると、怖がるのも仕方がない。
 レンは用心して、ミーは怖くて、動かなくなってしまったみたいだ。
 ぼくだって、二人と同じで気をつけたほうがいいと思っているし、怖い。
 でもそれよりも、何がいるのか確かめてみたいという気持ちが大きかった。

「ぼく、コソッと見てくるね。二人はここで待ってて。すぐ戻る」

 ぼくはそう言って、音楽室の戸まで近づいていった。
 向こうから見られていたら嫌だから、念のためしゃがんで、小さくなって動く。だから、あまり速くは動けなかった。
 戸の前までたどり着いたから、ぼくはそろりと顔を上げて、ガラスの部分から中をそっとのぞいた。
 すると、あやしい大きな人影が何かをさがすみたいな動きをしていた。
 銀紙みたいな服を着て、ゴーグルをしたその姿にぼくは見覚えがあった。
 というより、ほんの数時間前までいやというほど視界に入っていた人物だ。

「……バケセン!?」

 びっくりしすぎて声が出てしまって、あやしげな人影⸺バケセンがぼくに気づいてしまった。
 ぼくの声を聞いて、レンもミーも走ってくる。

「バケセンってどういうことだ?」
「君たち、何してるんだ?」

 レンがぼくに声をかけるのと、戸が開いてバケセンが出てくるのは同時だった。
 事態が飲みこめていないミーだけが悲鳴を上げそうになっていたけれど、ギリギリのところで口をふさいでたえていた。

「何してるんだって……先生こそ、何してるんですか? その……すごく変わった格好をしてますけど」

 ぼくらのことよりも、バケセンのことが気になる。
 だから、質問をされた立場だけれど、つい聞いてしまっていた。

「この格好はその、なんだ……オバケを見るための装備というか」
「オバケ? 先生も、音楽室の幽霊を見に来たの?」
「『先生も』ということは、君たちも?」

 変な格好をしているのをぼくらに見つかってしどろもどろになっていたバケセンだったけれど、ぼくらの目的がわかってパッと顔が明るくなった。
 でも、すぐにしかめっ面を作る。

「用もないのに、こんな時間まで残っていちゃだめだ。君たちを見つけたのが自分じゃなかったら、すごく怒られてたぞ」

 腰に手を当てて怒ってみせるバケセンは、きぐるみのクマっぽさがあった。
 それに、変なゴーグルと銀紙みたいな服を着て言われても、ぜんぜん説得力がない。

「先生、ところでその服とかってどこで買うの?」

 怖さがおさまって、ちょっとあきれている様子のミーが聞く。
 たしかに、こんなへんなものをどこで買うのか気になる。
 
「これはな、実は自作なんだ。このゴーグルはネットとか本とかで読んで勉強して作った幽霊を見るためのもの。この服は、幽霊を見やすくするための服装とかっていってどっかで見た情報から考えたんだ」

 たずねられて嬉しかったのか、バケセンはウキウキして答える。
 ゴーグルは改良版で前のものより精度が上がったはずだとか、この前これをかけて何か見えた気がするとか、そんなことを話してくれた。

「先生、オバケ……幽霊に会いたいんだよ」

 まるで大切な秘密を告白するみたいに、真剣な顔でバケセンが言った。
 その直後、『ポーン……』とピアノが鳴るのが聞こえて、ぼくらはすぐにビクッとなった。

「ねぇ、今のって……」
「ピアノ、鳴ったよな?」
「うん……ほら、まただよ!」

 ぼくとレンとミーは、顔を見合わせてみんなしてふるえた。
 でも、バケセンだけ何も聞こえないみたいで、不思議そうにしている。
 ぼくらはバケセンの体越しに音楽室をのぞいてみると、ピアノの椅子に腰かける女の子の姿が見えた。
 その女の子の姿は、うっすらと透けていた。
 女の子は、試し弾きをするみたいに何度か鍵盤を鳴らしたあと、ゆっくりと演奏を始める。

「この曲、メヌエットだ。ピアノ習ってる子が、中級くらいになった頃に発表会で弾くことが多い曲だね……」

 ミーは小声でそう言ったが、どこか気持ちが悪そうだった。
 女の子は、途中まで『メヌエット』を弾くも、手を止めてまた試すように『ポーン、ポーン』と鍵盤をたたく。
 その姿は、ひどく不気味だった。

「君たち、何が見えているんだ……!?」

 バケセンだけが見えないらしく、ゴーグルをつけたり外したりしながら、必死にピアノのほうを見ていた。
 ぼくらにとっては、何も見えないバケセンのほうが信じられないのに。
 先生は信じられないという表情でぼくらを見る。
 そのとき、ミーが耳を押さえてしゃがみこんだ。

「何か、気持ち悪い……」

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