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第十一話 ふさふさなやつら2
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「……先生?」
もう一度呼びかけるとミュリエルのほうを向きはしたが、どこか気まずそうに目をそらしている。
「……君になら言ってもいいのだろうけど、多くの貴族男性たちの大切な秘密に触れるというか、沽券に関わるというか」
「そういえば、うちの父もメルヒ先生の薬のお世話になっているのでしたよね……?」
元々、夜会で父が声をかけたのも、メルヒオルの薬の効能に感激したからだと聞かされている。
(健康で頑強さが取り柄のお父様がありがたがる薬って、何なのかしら……?)
そう考えて、ミュリエルはハッと気がついた。
「もしかして、頭髪のお薬ですか?」
強くダンディな父が唯一悩んでいること――年々寂しくなっていく毛髪のことについて、ミュリエルは思い至ってしまった。
だが、これは父だけの問題ではない。父と同じ薬を求めている人たちすべての問題だ。
ミュリエルの問いに、メルヒオルは重々しく頷いた。
メルヒオルが王家から称号を賜る理由となった薬は、毛生え薬だった。つまり、王家の方々にも寂れゆく頭部に悩まされている人が存在しているということだ。
そして、その薬を開発するに至ったということは、メルヒオル自身も……。
「ミュリエル、気づいてしまったんだね。……そうだよ。私自身も、かつて髪の毛の悩みを抱えていたんだ。心労のせいで、髪の毛の一部が抜け落ちてしまっていたんだ」
「心労で……」
「そう。学生時代にね。自分の見た目が元からあまり好きではなかった上に毛が抜けるなんて耐えられなくて、それで必死になって薬を研究したら……世に認められるきっかけになってしまったという皮肉だよ」
「……そうだったんですね」
メルヒオルの苦労を思い、ミュリエルはしんみりとした。
薬の効能は衝撃的だったが、それ以上に薬を作るに至ったきっかけがあまりにも気の毒だ。
「先生、材料はこれだけあれば足りそうですか?」
ミュリエルはさりげなく、話題を変えた。
自分から尋ねたことではあったが、あまり深く尋ねるのも申し訳なくなったのだ。特に、毛が抜けるほどの心労が学生時代にあったことなど、気になっても軽々しく聞けない。
「そうだね。じゃあ戻って、新鮮なうちに調合してしまおう」
「はい」
メルヒオルは少しほっとした顔をしていた。やはり、あまり掘り下げられたくない話だったのだろう。
メルヒオルが苔がこんもり入ったバケツを持ったから、ミュリエルは代わりに角灯を持った。それから、とりとめもないことを話しながら元来た道を戻っていった。
屋敷に戻ってから苔をきれいに洗い、刻んでから鍋で煮詰めた。
様々な薬品を混ぜ、魔力を込めて練っていくと、元の苔からは想像できないような色と光沢を持つ液体に変化していった。
魔女が大鍋で作るような薬に憧れていたミュリエルだったが、作業のあまりの地味さと大変さに現実を思い知らされた。
「それにしても、苔が髪の毛のお薬になるなんて、何だか不思議ですね」
木べらで鍋をかき混ぜる手を止め、ミュリエルはしみじみ言った。額にはじんわりと汗がにじんでいる。今の季節はまだいいが、夏の薬作りは大変だろうなと思う。
「薬術の世界には“見立てる”という考え方があってね、効能を期待するものと形が似ていたり、部位が同じものを利用したりするんだ。たとえば、心臓を強くしようとしたら他の動物の心臓を材料にしたり、頭を良くしようとしたら脳に似ているクルミを材料にしたりする。そういうのが“見立てる”ということなんだ」
「なるほど。だから、わさわさ生えてる苔を髪の毛に見立てて薬の材料にしたんですね。メルヒ先生の発想力って、すごいですね」
“見立てる”という考え方にも驚いたが、髪の毛の薬を作ろうとして苔を思いつくのがすごいと、ミュリエルは素直に感心した。
だが、鍋をかき混ぜ続けているメルヒオルは、何だか気まずそうに目をそらしている。
「そうやってまっすぐに感心されてしまうと、何だか申し訳ないな。……禿げができてしまって思い悩んでいたときに、日陰でわさわさ茂っている苔を見て、『あのふさふさ、うらやましいなあ。苔(あいつら)、強いし』なんて思ったのがきっかけだったんだ。発想力というより、執念というか執着というものに突き動かされた結果だから」
キラキラしたミュリエルの眼差しに、恥じらいながらもメルヒオルは答えた。心なしか、三角の耳まで力をなくしているように見えて、何だかおかしくなってミュリエルは笑ってしまった。
「ひどいよミュリエル。何も笑わなくたって」
「すみません。ただ、先生が気にしなくていいことを気にしてらっしゃるので……。『必要は発明の母』という言葉もありますから、メルヒ先生のその姿勢は間違ってないのだと思います」
「何だか、誤魔化された気がするな……」
まさか可愛いと思ったなどとは言えず、ミュリエルは笑顔で取り繕った。
そして、怖いと思っていたこの獣の顔をこんなふうに好意的に見る日が来たということに、自分でもひそかに驚いていた。
もう一度呼びかけるとミュリエルのほうを向きはしたが、どこか気まずそうに目をそらしている。
「……君になら言ってもいいのだろうけど、多くの貴族男性たちの大切な秘密に触れるというか、沽券に関わるというか」
「そういえば、うちの父もメルヒ先生の薬のお世話になっているのでしたよね……?」
元々、夜会で父が声をかけたのも、メルヒオルの薬の効能に感激したからだと聞かされている。
(健康で頑強さが取り柄のお父様がありがたがる薬って、何なのかしら……?)
そう考えて、ミュリエルはハッと気がついた。
「もしかして、頭髪のお薬ですか?」
強くダンディな父が唯一悩んでいること――年々寂しくなっていく毛髪のことについて、ミュリエルは思い至ってしまった。
だが、これは父だけの問題ではない。父と同じ薬を求めている人たちすべての問題だ。
ミュリエルの問いに、メルヒオルは重々しく頷いた。
メルヒオルが王家から称号を賜る理由となった薬は、毛生え薬だった。つまり、王家の方々にも寂れゆく頭部に悩まされている人が存在しているということだ。
そして、その薬を開発するに至ったということは、メルヒオル自身も……。
「ミュリエル、気づいてしまったんだね。……そうだよ。私自身も、かつて髪の毛の悩みを抱えていたんだ。心労のせいで、髪の毛の一部が抜け落ちてしまっていたんだ」
「心労で……」
「そう。学生時代にね。自分の見た目が元からあまり好きではなかった上に毛が抜けるなんて耐えられなくて、それで必死になって薬を研究したら……世に認められるきっかけになってしまったという皮肉だよ」
「……そうだったんですね」
メルヒオルの苦労を思い、ミュリエルはしんみりとした。
薬の効能は衝撃的だったが、それ以上に薬を作るに至ったきっかけがあまりにも気の毒だ。
「先生、材料はこれだけあれば足りそうですか?」
ミュリエルはさりげなく、話題を変えた。
自分から尋ねたことではあったが、あまり深く尋ねるのも申し訳なくなったのだ。特に、毛が抜けるほどの心労が学生時代にあったことなど、気になっても軽々しく聞けない。
「そうだね。じゃあ戻って、新鮮なうちに調合してしまおう」
「はい」
メルヒオルは少しほっとした顔をしていた。やはり、あまり掘り下げられたくない話だったのだろう。
メルヒオルが苔がこんもり入ったバケツを持ったから、ミュリエルは代わりに角灯を持った。それから、とりとめもないことを話しながら元来た道を戻っていった。
屋敷に戻ってから苔をきれいに洗い、刻んでから鍋で煮詰めた。
様々な薬品を混ぜ、魔力を込めて練っていくと、元の苔からは想像できないような色と光沢を持つ液体に変化していった。
魔女が大鍋で作るような薬に憧れていたミュリエルだったが、作業のあまりの地味さと大変さに現実を思い知らされた。
「それにしても、苔が髪の毛のお薬になるなんて、何だか不思議ですね」
木べらで鍋をかき混ぜる手を止め、ミュリエルはしみじみ言った。額にはじんわりと汗がにじんでいる。今の季節はまだいいが、夏の薬作りは大変だろうなと思う。
「薬術の世界には“見立てる”という考え方があってね、効能を期待するものと形が似ていたり、部位が同じものを利用したりするんだ。たとえば、心臓を強くしようとしたら他の動物の心臓を材料にしたり、頭を良くしようとしたら脳に似ているクルミを材料にしたりする。そういうのが“見立てる”ということなんだ」
「なるほど。だから、わさわさ生えてる苔を髪の毛に見立てて薬の材料にしたんですね。メルヒ先生の発想力って、すごいですね」
“見立てる”という考え方にも驚いたが、髪の毛の薬を作ろうとして苔を思いつくのがすごいと、ミュリエルは素直に感心した。
だが、鍋をかき混ぜ続けているメルヒオルは、何だか気まずそうに目をそらしている。
「そうやってまっすぐに感心されてしまうと、何だか申し訳ないな。……禿げができてしまって思い悩んでいたときに、日陰でわさわさ茂っている苔を見て、『あのふさふさ、うらやましいなあ。苔(あいつら)、強いし』なんて思ったのがきっかけだったんだ。発想力というより、執念というか執着というものに突き動かされた結果だから」
キラキラしたミュリエルの眼差しに、恥じらいながらもメルヒオルは答えた。心なしか、三角の耳まで力をなくしているように見えて、何だかおかしくなってミュリエルは笑ってしまった。
「ひどいよミュリエル。何も笑わなくたって」
「すみません。ただ、先生が気にしなくていいことを気にしてらっしゃるので……。『必要は発明の母』という言葉もありますから、メルヒ先生のその姿勢は間違ってないのだと思います」
「何だか、誤魔化された気がするな……」
まさか可愛いと思ったなどとは言えず、ミュリエルは笑顔で取り繕った。
そして、怖いと思っていたこの獣の顔をこんなふうに好意的に見る日が来たということに、自分でもひそかに驚いていた。
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