19 / 39
第十一話 ふさふさなやつら1
しおりを挟む
ブラウスに広がりの少ないスカートをあわせ、足元は乗馬用ブーツを履いた。髪は邪魔にならないように二つ結びの三つ編みにして、メルヒオルにもらった深緑色のローブを羽織れば、できあがりだ。
「魔術学校の制服みたい」
鏡に映った自分の姿を見て、ミュリエルは満足そうに微笑んだ。
今日は屋敷を出て、敷地の森で採集を行うことになっている。それで、外で活動してもが汚れないようにと、メルヒオルがローブを用意してくれたのだ。魔術がもし暴発してしまっても、少々のことなら防いでくれるらしい。
少し前に実家から着られそうな服を送ってもらっていたから、自分なりに魔術学校の生徒のような着こなしをしてみて、ミュリエルはご満悦だ。
「いけない、いけない。遊びに行くんじゃなくて、授業とお手伝いに行くんだから」
初めての野外での授業が嬉しくて浮かれてしまう気持ちを抑え、ミュリエルは玄関ホールへと降りていった。
「……フードを被ったほうがいいですか?」
玄関ホールには、すでにメルヒオルがやってきていた。彼も今日は黒のローブを着て魔術師然としているが、獣頭を覆い隠すようにフードを被っていると、怪しさが満点になる。
見慣れたと思っていた獣の顔も、ローブの影になっていると凄みが増しているように見えて、少し怖いと思ってしまった。
「被っても被らなくてもいいよ。私の場合はフードを被っていないと木の葉や草がたくさんくっついたり、耳に虫が入ってきたりするんだ」
「耳に虫……」
三角のふさふさ耳を思い浮かべて、そういうことかと納得した。あの毛の間に小さな虫が入り込んできたら、きっと気持ち悪いし、なかなか取れないに違いない。
「じゃあ、そろそろ行こうか。今日は絶好の採集日和だからね」
「はい!」
気合いを入れ、ふたりは連れ立って屋敷を出て行く。
メルヒオルが一歩先を歩き、ミュリエルはその後ろ姿を眺めた。ローブに覆われた背中はすらりとしている。いつも獣頭にばかり意識がいってしまうが、こうして見るとメルヒオルはスタイルがいいのがわかる。手脚が長く、かといってひょろっとしているわけではなく、肩幅も広い。
戦闘魔術に特化したミュリエルの父は同じ長身でもがっしりとした身体つきをしていて、その後ろ姿が頼もしいと思っていたが、それとは全く違うメルヒオルの背中も同じように頼もしく見えるのが不思議だった。
「さあ、これから薄暗いところに行くから、灯りを調達しようか」
「は、はい!」
ふいに森の手前で足を止めメルヒオルが振り返ったため、ミュリエルはあわてた。そして、ボーッとしていてはいけないと気を引き締める。
「光の魔術で明るくするのは簡単だけど、もし魔術が使えない状況下にあるときに光が必要になったときのための方法を教えておくね」
言いながら、メルヒオルは足元から小石をふたつ拾い上げ、それらを打ち合わせた。それから、その石を角灯に放り込んだ。
するの、放り込まれた石が淡く光り始める。
「……わあ!」
何が起きるのかと見守っていたミュリエルは、思わず感嘆の声をもらす。
「この石は光虫石といって、強い衝撃を与えると発光するんだ」
「普通の石と、見た目は変わりませんね」
「しっかり見てごらん。光虫石はよく見ると少しキラキラしているから」
「……本当だ」
メルヒオルはよくある石ころと光虫石の両方を拾い、ミュリエルに比べさせた。どちらも灰色の石だが、よくよく見比べると光虫石のほうはキラキラとしたものが混じっている。日に透かしてみると、まるで小さな石の中に夜空が閉じ込められているようだ。
「これでまたひとつ知識が身につきました。あの、やってみてもいいですか?」
「いいよ。指を傷つけないよう、気をつけて」
「はい」
許可を得てから、ミュリエルは石と光虫石を打ちつけてみた。少しして光虫石のほうはぼんやりと色が変わり、やがて手のひらの上で光りだす。
「きれいですね」
ミュリエルが感激して見上げると、メルヒオルは困ったような微笑みを返してきた。
「ミュリエルが外で灯りに困る事態になってほしくないと、しみじみ思ったよ。君のきれいな指が傷つかないか、私は気が気じゃなかった……」
甘やかすようなことを言われ、その不意打ちにミュリエルの頬は染まった。蝶よ花よと育てられてはいるが、殿方にそうして甘やかされるのにはまだ免疫がない。
(……って、相手は先生じゃないの。何を恥ずかしがっているの!)
そう自分でつっこみ、照れを吹き飛ばした。
「き、きれいって……先生はわたくしが何もできないとおっしゃりたいのね!」
「ち、違うよ。私はたはだ心配で……」
「もう、メルヒ先生は過保護なんだから」
すねてみせると、メルヒオルはうろたえた。それを見て申し訳なく思いつつも、ミュリエルは引っ込みがつかなかった。
「灯りを調達したことだし、採集に向かおうか。今日採集するものは、日陰の湿ったところにあるんだ」
気を取り直したメルヒオルは、落ち葉をザクザク踏みしめて木々の間を進んでいった。進んでいくと足元に射し込む木漏れ日がどんどん小さくなっていき、やがてあまり日の射さない、薄暗い場所にたどり着いた。
「お目当てのものは、木の根もとの近くに多くあるよ」
「……カビですか?」
「たしかにカビから作られる薬もあるけど、私が作る薬の材料ではないね。今日集めるのは、これ」
メルヒオルはしゃがみこむと、懐から取り出した金属のコテのようなもので木の根もと付近の土を掘り返していく。それから指先でつまみあげるように地面を持ち上げると、うっすら緑色になった部分ガペロンとはがれた。
「これは苔(こけ)。今日はこの苔を集めてもらいます。なるべくわさわさと茂っていて、元気がよさそうなものを選んでね」
「わかりました」
コテを渡され、ミュリエルもメルヒオルにならってしゃがみこんだ。
地面のそこらじゅうに苔が生えているが、よく見てみると茶色くなっていたり、縮れていたりするものがあった。だから、そういったものは避けて、緑色が鮮やかでしゃきっとしているものを選んではがしていく。
最初のうちはコテを使う感覚がわからずぷちぷちと苔をちぎってしまっていたが、慣れてくるとメルヒオルがやってみせたようにペロンとまるまるはがせるようになった。それが楽しくなって、黙々とはがし続けた。
「この苔は、何の薬になるんですか?」
はがした苔がバケツいっぱいになった頃、ふとミュリエルは疑問に思った。
今日採集するものは、メルヒオルが黄金の魔術師の称号を賜る理由となった薬の材料と聞かされている。
王家に認められるほどの薬というのだから、一体どんな素晴らしい効能があるのだろうと期待したのだが、メルヒオルはなぜか手を止めてそっぽを向いていた。
「魔術学校の制服みたい」
鏡に映った自分の姿を見て、ミュリエルは満足そうに微笑んだ。
今日は屋敷を出て、敷地の森で採集を行うことになっている。それで、外で活動してもが汚れないようにと、メルヒオルがローブを用意してくれたのだ。魔術がもし暴発してしまっても、少々のことなら防いでくれるらしい。
少し前に実家から着られそうな服を送ってもらっていたから、自分なりに魔術学校の生徒のような着こなしをしてみて、ミュリエルはご満悦だ。
「いけない、いけない。遊びに行くんじゃなくて、授業とお手伝いに行くんだから」
初めての野外での授業が嬉しくて浮かれてしまう気持ちを抑え、ミュリエルは玄関ホールへと降りていった。
「……フードを被ったほうがいいですか?」
玄関ホールには、すでにメルヒオルがやってきていた。彼も今日は黒のローブを着て魔術師然としているが、獣頭を覆い隠すようにフードを被っていると、怪しさが満点になる。
見慣れたと思っていた獣の顔も、ローブの影になっていると凄みが増しているように見えて、少し怖いと思ってしまった。
「被っても被らなくてもいいよ。私の場合はフードを被っていないと木の葉や草がたくさんくっついたり、耳に虫が入ってきたりするんだ」
「耳に虫……」
三角のふさふさ耳を思い浮かべて、そういうことかと納得した。あの毛の間に小さな虫が入り込んできたら、きっと気持ち悪いし、なかなか取れないに違いない。
「じゃあ、そろそろ行こうか。今日は絶好の採集日和だからね」
「はい!」
気合いを入れ、ふたりは連れ立って屋敷を出て行く。
メルヒオルが一歩先を歩き、ミュリエルはその後ろ姿を眺めた。ローブに覆われた背中はすらりとしている。いつも獣頭にばかり意識がいってしまうが、こうして見るとメルヒオルはスタイルがいいのがわかる。手脚が長く、かといってひょろっとしているわけではなく、肩幅も広い。
戦闘魔術に特化したミュリエルの父は同じ長身でもがっしりとした身体つきをしていて、その後ろ姿が頼もしいと思っていたが、それとは全く違うメルヒオルの背中も同じように頼もしく見えるのが不思議だった。
「さあ、これから薄暗いところに行くから、灯りを調達しようか」
「は、はい!」
ふいに森の手前で足を止めメルヒオルが振り返ったため、ミュリエルはあわてた。そして、ボーッとしていてはいけないと気を引き締める。
「光の魔術で明るくするのは簡単だけど、もし魔術が使えない状況下にあるときに光が必要になったときのための方法を教えておくね」
言いながら、メルヒオルは足元から小石をふたつ拾い上げ、それらを打ち合わせた。それから、その石を角灯に放り込んだ。
するの、放り込まれた石が淡く光り始める。
「……わあ!」
何が起きるのかと見守っていたミュリエルは、思わず感嘆の声をもらす。
「この石は光虫石といって、強い衝撃を与えると発光するんだ」
「普通の石と、見た目は変わりませんね」
「しっかり見てごらん。光虫石はよく見ると少しキラキラしているから」
「……本当だ」
メルヒオルはよくある石ころと光虫石の両方を拾い、ミュリエルに比べさせた。どちらも灰色の石だが、よくよく見比べると光虫石のほうはキラキラとしたものが混じっている。日に透かしてみると、まるで小さな石の中に夜空が閉じ込められているようだ。
「これでまたひとつ知識が身につきました。あの、やってみてもいいですか?」
「いいよ。指を傷つけないよう、気をつけて」
「はい」
許可を得てから、ミュリエルは石と光虫石を打ちつけてみた。少しして光虫石のほうはぼんやりと色が変わり、やがて手のひらの上で光りだす。
「きれいですね」
ミュリエルが感激して見上げると、メルヒオルは困ったような微笑みを返してきた。
「ミュリエルが外で灯りに困る事態になってほしくないと、しみじみ思ったよ。君のきれいな指が傷つかないか、私は気が気じゃなかった……」
甘やかすようなことを言われ、その不意打ちにミュリエルの頬は染まった。蝶よ花よと育てられてはいるが、殿方にそうして甘やかされるのにはまだ免疫がない。
(……って、相手は先生じゃないの。何を恥ずかしがっているの!)
そう自分でつっこみ、照れを吹き飛ばした。
「き、きれいって……先生はわたくしが何もできないとおっしゃりたいのね!」
「ち、違うよ。私はたはだ心配で……」
「もう、メルヒ先生は過保護なんだから」
すねてみせると、メルヒオルはうろたえた。それを見て申し訳なく思いつつも、ミュリエルは引っ込みがつかなかった。
「灯りを調達したことだし、採集に向かおうか。今日採集するものは、日陰の湿ったところにあるんだ」
気を取り直したメルヒオルは、落ち葉をザクザク踏みしめて木々の間を進んでいった。進んでいくと足元に射し込む木漏れ日がどんどん小さくなっていき、やがてあまり日の射さない、薄暗い場所にたどり着いた。
「お目当てのものは、木の根もとの近くに多くあるよ」
「……カビですか?」
「たしかにカビから作られる薬もあるけど、私が作る薬の材料ではないね。今日集めるのは、これ」
メルヒオルはしゃがみこむと、懐から取り出した金属のコテのようなもので木の根もと付近の土を掘り返していく。それから指先でつまみあげるように地面を持ち上げると、うっすら緑色になった部分ガペロンとはがれた。
「これは苔(こけ)。今日はこの苔を集めてもらいます。なるべくわさわさと茂っていて、元気がよさそうなものを選んでね」
「わかりました」
コテを渡され、ミュリエルもメルヒオルにならってしゃがみこんだ。
地面のそこらじゅうに苔が生えているが、よく見てみると茶色くなっていたり、縮れていたりするものがあった。だから、そういったものは避けて、緑色が鮮やかでしゃきっとしているものを選んではがしていく。
最初のうちはコテを使う感覚がわからずぷちぷちと苔をちぎってしまっていたが、慣れてくるとメルヒオルがやってみせたようにペロンとまるまるはがせるようになった。それが楽しくなって、黙々とはがし続けた。
「この苔は、何の薬になるんですか?」
はがした苔がバケツいっぱいになった頃、ふとミュリエルは疑問に思った。
今日採集するものは、メルヒオルが黄金の魔術師の称号を賜る理由となった薬の材料と聞かされている。
王家に認められるほどの薬というのだから、一体どんな素晴らしい効能があるのだろうと期待したのだが、メルヒオルはなぜか手を止めてそっぽを向いていた。
0
お気に入りに追加
128
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ男に拐われ孕まセックスされるビッチ女の話
イセヤ レキ
恋愛
※こちらは18禁の作品です※
箸休め作品です。
表題の通り、基本的にストーリーなし、エロしかありません。
全編に渡り淫語だらけです、綺麗なエロをご希望の方はUターンして下さい。
地雷要素多めです、ご注意下さい。
快楽堕ちエンドの為、ハピエンで括ってます。
※性的虐待の匂わせ描写あります。
※清廉潔白な人物は皆無です。
汚喘ぎ/♡喘ぎ/監禁/凌辱/アナル/クンニ/放尿/飲尿/クリピアス/ビッチ/ローター/緊縛/手錠/快楽堕ち
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?
112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。
目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。
助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる