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第三話 不思議な使用人と悪い鳥2
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朝食の席にクレーフェ侯爵は下りてこず、執事のハインツから授業は昼からだと告げられた。
それまでの時間は自室でゆっくりしていてもいいし、屋敷の中を自由に歩き回ってもいいと言われ、ミュリエルは迷わず後者を選んだ。
授業を受ける前には予習が必要だと思ったからだ。夢見がちではあっても、ミュリエルは存外真面目なのだ。
予習しようと決めて張り切って朝食を済ませると、さっそく魔術に関する本を探しに出かけた。
だが、張り切りすぎてハインツから図書室(ライブラリ)の場所を聞くのを忘れてしまっていた。だから、間取りを覚えがてら邸内を歩き回ることになった。
「きっとここね……!」
しばらく歩いて、図書室と思われる部屋を何ヶ所か確認して回って、何度めかの正直のつもりで勢い込んでミュリエルはドアを開けた。そして肩を落とす。
パッと見て、その部屋は図書室でないとわかる。
そんなに広くないし、本棚も何もない部屋なのだ。家具すらほとんど置かれていない。あるのは、支柱によって宙に吊るされた鳥籠だけだ。
「小鳥がいたのね。可愛いわ」
籠の中にいるのは、庭なんかで見かける雀よりひと回り大きい、鮮やかな黄緑色の小鳥だ。くりくりとした黒目が賢そうで可愛くて、ミュリエルは吸い寄せられるように近づいていった。
「おまえ、誰だ?」
「え?」
ミュリエルを視界にとらえると、小鳥はそんなことをしゃべった。鳥が言葉を発したこととその言葉遣いの悪さに、ミュリエルは少しの間、呆然とした。
「いきなり人にそんな物言いをしてはだめよ。正しくは『あなたはどなたですか?』と言うの。わたくしはミュリエルよ。あなたのお名前は?」
ミュリエルは小鳥相手に説教をした。だが、小鳥は罪のない顔で見つめてくるばかりだ。
「フィリ。フィリちゃん」
「フィリちゃんというのね。賢い子ね」
「フィリちゃん、賢い。かわいい」
「そうね」
思いがけず愛らしいものに出会って、ミュリエルは感激した。可愛い上に、意思の疎通ができるのだ。話す鳥がいるとは知っていたが実物を見るのは初めてで、ついワクワクしてしまう。
キラキラした目で見つめてくるミュリエルを、フィリもジッと見ていた。愛らしい顔をしていても、友好的な視線ではない。ミュリエルは気づいていないが、どうやら品定めをしているらしい。
「おまえ、迷子か?」
しばらく黙っていたフィリは、可愛らしい声でそう尋ねた。言葉遣いのなってなさに驚きつつも、小鳥だから仕方ないのかとミュリエルは苦笑した。
「そう、迷子になってしまって」
「ポンコツだな! ポンコツ高慢ちき!」
「なっ……!」
正直に答えると暴言を吐かれ、ミュリエルは顔を真っ赤にした。フィリはその言葉の響きが気に入ったらしく、キャッキャと笑いながら「ポンコツ高慢ちき」と繰り返した。
たかが小鳥に言われただけとわかっていても、何度も言われると腹が立ってくる。
「もう! そんなに悪いことばかり言ってはいけないのよ! あなたみたいな悪い子、もう知らないんだから!」
我慢ならなくなったミュリエルは、いーっと歯を見せるはしたない顔をフィリに見せてから部屋を飛び出した。
それまでの時間は自室でゆっくりしていてもいいし、屋敷の中を自由に歩き回ってもいいと言われ、ミュリエルは迷わず後者を選んだ。
授業を受ける前には予習が必要だと思ったからだ。夢見がちではあっても、ミュリエルは存外真面目なのだ。
予習しようと決めて張り切って朝食を済ませると、さっそく魔術に関する本を探しに出かけた。
だが、張り切りすぎてハインツから図書室(ライブラリ)の場所を聞くのを忘れてしまっていた。だから、間取りを覚えがてら邸内を歩き回ることになった。
「きっとここね……!」
しばらく歩いて、図書室と思われる部屋を何ヶ所か確認して回って、何度めかの正直のつもりで勢い込んでミュリエルはドアを開けた。そして肩を落とす。
パッと見て、その部屋は図書室でないとわかる。
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「小鳥がいたのね。可愛いわ」
籠の中にいるのは、庭なんかで見かける雀よりひと回り大きい、鮮やかな黄緑色の小鳥だ。くりくりとした黒目が賢そうで可愛くて、ミュリエルは吸い寄せられるように近づいていった。
「おまえ、誰だ?」
「え?」
ミュリエルを視界にとらえると、小鳥はそんなことをしゃべった。鳥が言葉を発したこととその言葉遣いの悪さに、ミュリエルは少しの間、呆然とした。
「いきなり人にそんな物言いをしてはだめよ。正しくは『あなたはどなたですか?』と言うの。わたくしはミュリエルよ。あなたのお名前は?」
ミュリエルは小鳥相手に説教をした。だが、小鳥は罪のない顔で見つめてくるばかりだ。
「フィリ。フィリちゃん」
「フィリちゃんというのね。賢い子ね」
「フィリちゃん、賢い。かわいい」
「そうね」
思いがけず愛らしいものに出会って、ミュリエルは感激した。可愛い上に、意思の疎通ができるのだ。話す鳥がいるとは知っていたが実物を見るのは初めてで、ついワクワクしてしまう。
キラキラした目で見つめてくるミュリエルを、フィリもジッと見ていた。愛らしい顔をしていても、友好的な視線ではない。ミュリエルは気づいていないが、どうやら品定めをしているらしい。
「おまえ、迷子か?」
しばらく黙っていたフィリは、可愛らしい声でそう尋ねた。言葉遣いのなってなさに驚きつつも、小鳥だから仕方ないのかとミュリエルは苦笑した。
「そう、迷子になってしまって」
「ポンコツだな! ポンコツ高慢ちき!」
「なっ……!」
正直に答えると暴言を吐かれ、ミュリエルは顔を真っ赤にした。フィリはその言葉の響きが気に入ったらしく、キャッキャと笑いながら「ポンコツ高慢ちき」と繰り返した。
たかが小鳥に言われただけとわかっていても、何度も言われると腹が立ってくる。
「もう! そんなに悪いことばかり言ってはいけないのよ! あなたみたいな悪い子、もう知らないんだから!」
我慢ならなくなったミュリエルは、いーっと歯を見せるはしたない顔をフィリに見せてから部屋を飛び出した。
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