上 下
6 / 39

第三話 不思議な使用人と悪い鳥2

しおりを挟む
 朝食の席にクレーフェ侯爵は下りてこず、執事のハインツから授業は昼からだと告げられた。
 それまでの時間は自室でゆっくりしていてもいいし、屋敷の中を自由に歩き回ってもいいと言われ、ミュリエルは迷わず後者を選んだ。
 授業を受ける前には予習が必要だと思ったからだ。夢見がちではあっても、ミュリエルは存外真面目なのだ。
 予習しようと決めて張り切って朝食を済ませると、さっそく魔術に関する本を探しに出かけた。
 だが、張り切りすぎてハインツから図書室(ライブラリ)の場所を聞くのを忘れてしまっていた。だから、間取りを覚えがてら邸内を歩き回ることになった。

「きっとここね……!」

 しばらく歩いて、図書室と思われる部屋を何ヶ所か確認して回って、何度めかの正直のつもりで勢い込んでミュリエルはドアを開けた。そして肩を落とす。
 パッと見て、その部屋は図書室でないとわかる。
 そんなに広くないし、本棚も何もない部屋なのだ。家具すらほとんど置かれていない。あるのは、支柱によって宙に吊るされた鳥籠だけだ。

「小鳥がいたのね。可愛いわ」

 籠の中にいるのは、庭なんかで見かける雀よりひと回り大きい、鮮やかな黄緑色の小鳥だ。くりくりとした黒目が賢そうで可愛くて、ミュリエルは吸い寄せられるように近づいていった。

「おまえ、誰だ?」
「え?」

 ミュリエルを視界にとらえると、小鳥はそんなことをしゃべった。鳥が言葉を発したこととその言葉遣いの悪さに、ミュリエルは少しの間、呆然とした。

「いきなり人にそんな物言いをしてはだめよ。正しくは『あなたはどなたですか?』と言うの。わたくしはミュリエルよ。あなたのお名前は?」

 ミュリエルは小鳥相手に説教をした。だが、小鳥は罪のない顔で見つめてくるばかりだ。

「フィリ。フィリちゃん」
「フィリちゃんというのね。賢い子ね」
「フィリちゃん、賢い。かわいい」
「そうね」

 思いがけず愛らしいものに出会って、ミュリエルは感激した。可愛い上に、意思の疎通ができるのだ。話す鳥がいるとは知っていたが実物を見るのは初めてで、ついワクワクしてしまう。
 キラキラした目で見つめてくるミュリエルを、フィリもジッと見ていた。愛らしい顔をしていても、友好的な視線ではない。ミュリエルは気づいていないが、どうやら品定めをしているらしい。

「おまえ、迷子か?」

 しばらく黙っていたフィリは、可愛らしい声でそう尋ねた。言葉遣いのなってなさに驚きつつも、小鳥だから仕方ないのかとミュリエルは苦笑した。

「そう、迷子になってしまって」
「ポンコツだな! ポンコツ高慢ちき!」
「なっ……!」

 正直に答えると暴言を吐かれ、ミュリエルは顔を真っ赤にした。フィリはその言葉の響きが気に入ったらしく、キャッキャと笑いながら「ポンコツ高慢ちき」と繰り返した。
 たかが小鳥に言われただけとわかっていても、何度も言われると腹が立ってくる。

「もう! そんなに悪いことばかり言ってはいけないのよ! あなたみたいな悪い子、もう知らないんだから!」

 我慢ならなくなったミュリエルは、いーっと歯を見せるはしたない顔をフィリに見せてから部屋を飛び出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

元妻からの手紙

きんのたまご
恋愛
家族との幸せな日常を過ごす私にある日別れた元妻から一通の手紙が届く。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」

婚約者の断罪

玉響
恋愛
ミリアリア・ビバーナム伯爵令嬢には、最愛の人がいる。婚約者である、バイロン・ゼフィランサス侯爵令息だ。 見目麗しく、令嬢たちからの人気も高いバイロンはとても優しく、ミリアリアは幸せな日々を送っていた。 しかし、バイロンが別の令嬢と密会しているとの噂を耳にする。 親友のセシリア・モナルダ伯爵夫人に相談すると、気の強いセシリアは浮気現場を抑えて、懲らしめようと画策を始めるが………。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

離縁の脅威、恐怖の日々

月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。 ※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。 ※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。

処理中です...