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第四章
3 sideローレンツ
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「……何!?」
馬車に揺られながらぼんやりと今後について考えていると、突然首から下げたペンダントが震えた。サーヤに与えたものと対になる魔術具を、実はこっそり身につけていたのだ。
これが震えたということは、彼女の身に何かあったということである。急ぎ地図を取り出し、ペンダントをかざした。
「邸ではなく、繁華街に進んでくれ!」
地図が指し示す場所を確認し、ローレンツは叫んだ。地図も魔術具で、このペンダントをかざすと対のペンダントの在り処が光るように術式を仕込んでいるのだ。
地図が示すペンダントの位置は動いてはいない。つまり、何かあってその場から動けなくなっているのかと思っていたが、馬車で雑多な路地にたどり着いたときに、そうではないとわかる。
「……先生!」
いわゆる飲み屋街と呼ばれる場所が、日頃の賑わいとは異なる騒がしさになっていた。その人混みの中から飛び出してきた若い女性が、ローレンツにしがみつく。
「ターニャ! どうしたんだ?」
「サーヤが! サーヤが拐われちゃったの!」
「何⁉」
「今、憲兵を呼びに行ってるけど、目の前で消えちゃって……」
「大丈夫、落ち着くんだ」
取り乱すターニャの話を聞いて、内心ローレンツも動転しているが、平静を装った。動揺したところで事態が好転するわけではない。それならば、何とか頭を回転させて今後の動きについて考えなければいけない。
「目の前で消えたということは、魔術か何かを使ったのだな……雇われたやつらか」
「それで、サーヤのペンダントから魔術の気配がするって言って、投げ捨てていったの」
「……なるほどな」
ターニャから手渡されたのは、ローレンツがサーヤにあげた大きなリングに革の紐を通しただけの簡素なペンダントだ。防犯のために持たせていたものだが、ある程度魔術の心得がある者には見抜かれてしまうものだったらしい。
こうしてここにあるということは、追跡できないということだ。
「遠くへ逃げる算段があるのなら、追跡を恐れる必要はない。我々が追いつくまでにさらに逃げればいいからな。ということは、このペンダントを捨てて追跡をかわしたかったということは、一時的に逃げ込む先が近くにあるのだろう」
自分に言い聞かせるように言ってから、ローレンツは頭の中を整理した。本当は今すぐにでも走り出して闇雲に探し回りたいが、そんなことをしてもサーヤを取り戻せないことは理解している。
「……近くにいるのならば、気配を追わせることくらいならできるだろう」
怒りでどうにかなりそうなのをどうにか鎮めて、彼女を取り戻す手立てを考えた。馬車に積んでいた荷物の中から、馴染みの魔術具を取り出す。
「伝書蜂? これで何をするんですか?」
「サーヤの元まで飛んでもらう。指定した住所まで手紙を届ける道具だが、もともとは〝場所〟ではなく〝人〟に手紙を届けていたものだから……よし、追えそうだ」
ターニャに説明をしながら、ローレンツは伝書蜂に仕込んでいた術式を発動させる。何かあったときにサーヤを探せるようにと、彼女の微量の魔力を追うように設定してあったのだ。本来なら、迷子になったときにでも使おうと思っていたのだが、まさかこんな形で活躍する日が来るとは。
「私は蜂を追う。ターニャはここに残って、憲兵たちが来たら事情を説明できるようにしていてくれ」
「わかりました」
役目を与えたことで、ターニャは落ち着きを取り戻していた。それを見届けて、ローレンツも走り出す。
蜂は時折止まりながら、それでも何とか飛んでいく。止まるのはおそらく、サーヤの魔力が途切れる地点があるからだろう。
相手は魔術で一気に移動したのではなく、何ヶ所かに用意していた移動術式を使って、点から点へと動いているようだ。つまり、長距離移動の術も持たないチャチな連中ということである。
(魔術師相手なら手こずるかと思ったが、このぶんなら魔術を少しかじっているくらいの悪党たちというところか……)
相手の戦力がいかほどかと想定しながら、だからといって安心できないなと思う。ローレンツは自分の魔術の程度を知っているし、武力も大して秀でているわけではない自覚がある。何より、奪還する側が圧倒的に不利だ。そして、サーヤを取り戻しても安全を確保しながら退避するという難易度の高い課題が残されている。
ひとりで乗り込むなんて無謀だ、無茶だと理解しているのに、ローレンツの歩みは止まらなかった。
蜂が進んでいくのは、港近くの倉庫群だ。なるほどここなら隠れるのにはうってつけだなと思いつつ、きな臭いにおいも強くなってくるのを感じた。
(悪党どもがサーヤをどこかへ売り払うために拐ったのかと思ったが、違うな。半端な魔術を使えるやつらを雇った、金持ちか貴族がいる)
蜂がひとつの倉庫の前で止まったのを見て、ローレンツは手近な倉庫をひとつ爆破させた。
高度な魔術とは、精密で繊細な制御ができてこそである。ローレンツは、どうやらその才がないらしい。そのせいで、攻撃に転じたときの手加減が下手くそだ。
だが今は、繊細さなど必要ない。
ひとつ、ふたつと、無作為に倉庫を爆破させていく。すると、音につられて倉庫から男たちが現れた。ただならぬことが起きているのは伝わったらしい。
(逃げ切れると踏んでいるなら、サーヤのそばに見張りを一人二人残しているくらいか)
慌てふためき様子を見に行く男たちの死角を縫うように移動して、ローレンツは目的の倉庫に飛び込んだ。
馬車に揺られながらぼんやりと今後について考えていると、突然首から下げたペンダントが震えた。サーヤに与えたものと対になる魔術具を、実はこっそり身につけていたのだ。
これが震えたということは、彼女の身に何かあったということである。急ぎ地図を取り出し、ペンダントをかざした。
「邸ではなく、繁華街に進んでくれ!」
地図が指し示す場所を確認し、ローレンツは叫んだ。地図も魔術具で、このペンダントをかざすと対のペンダントの在り処が光るように術式を仕込んでいるのだ。
地図が示すペンダントの位置は動いてはいない。つまり、何かあってその場から動けなくなっているのかと思っていたが、馬車で雑多な路地にたどり着いたときに、そうではないとわかる。
「……先生!」
いわゆる飲み屋街と呼ばれる場所が、日頃の賑わいとは異なる騒がしさになっていた。その人混みの中から飛び出してきた若い女性が、ローレンツにしがみつく。
「ターニャ! どうしたんだ?」
「サーヤが! サーヤが拐われちゃったの!」
「何⁉」
「今、憲兵を呼びに行ってるけど、目の前で消えちゃって……」
「大丈夫、落ち着くんだ」
取り乱すターニャの話を聞いて、内心ローレンツも動転しているが、平静を装った。動揺したところで事態が好転するわけではない。それならば、何とか頭を回転させて今後の動きについて考えなければいけない。
「目の前で消えたということは、魔術か何かを使ったのだな……雇われたやつらか」
「それで、サーヤのペンダントから魔術の気配がするって言って、投げ捨てていったの」
「……なるほどな」
ターニャから手渡されたのは、ローレンツがサーヤにあげた大きなリングに革の紐を通しただけの簡素なペンダントだ。防犯のために持たせていたものだが、ある程度魔術の心得がある者には見抜かれてしまうものだったらしい。
こうしてここにあるということは、追跡できないということだ。
「遠くへ逃げる算段があるのなら、追跡を恐れる必要はない。我々が追いつくまでにさらに逃げればいいからな。ということは、このペンダントを捨てて追跡をかわしたかったということは、一時的に逃げ込む先が近くにあるのだろう」
自分に言い聞かせるように言ってから、ローレンツは頭の中を整理した。本当は今すぐにでも走り出して闇雲に探し回りたいが、そんなことをしてもサーヤを取り戻せないことは理解している。
「……近くにいるのならば、気配を追わせることくらいならできるだろう」
怒りでどうにかなりそうなのをどうにか鎮めて、彼女を取り戻す手立てを考えた。馬車に積んでいた荷物の中から、馴染みの魔術具を取り出す。
「伝書蜂? これで何をするんですか?」
「サーヤの元まで飛んでもらう。指定した住所まで手紙を届ける道具だが、もともとは〝場所〟ではなく〝人〟に手紙を届けていたものだから……よし、追えそうだ」
ターニャに説明をしながら、ローレンツは伝書蜂に仕込んでいた術式を発動させる。何かあったときにサーヤを探せるようにと、彼女の微量の魔力を追うように設定してあったのだ。本来なら、迷子になったときにでも使おうと思っていたのだが、まさかこんな形で活躍する日が来るとは。
「私は蜂を追う。ターニャはここに残って、憲兵たちが来たら事情を説明できるようにしていてくれ」
「わかりました」
役目を与えたことで、ターニャは落ち着きを取り戻していた。それを見届けて、ローレンツも走り出す。
蜂は時折止まりながら、それでも何とか飛んでいく。止まるのはおそらく、サーヤの魔力が途切れる地点があるからだろう。
相手は魔術で一気に移動したのではなく、何ヶ所かに用意していた移動術式を使って、点から点へと動いているようだ。つまり、長距離移動の術も持たないチャチな連中ということである。
(魔術師相手なら手こずるかと思ったが、このぶんなら魔術を少しかじっているくらいの悪党たちというところか……)
相手の戦力がいかほどかと想定しながら、だからといって安心できないなと思う。ローレンツは自分の魔術の程度を知っているし、武力も大して秀でているわけではない自覚がある。何より、奪還する側が圧倒的に不利だ。そして、サーヤを取り戻しても安全を確保しながら退避するという難易度の高い課題が残されている。
ひとりで乗り込むなんて無謀だ、無茶だと理解しているのに、ローレンツの歩みは止まらなかった。
蜂が進んでいくのは、港近くの倉庫群だ。なるほどここなら隠れるのにはうってつけだなと思いつつ、きな臭いにおいも強くなってくるのを感じた。
(悪党どもがサーヤをどこかへ売り払うために拐ったのかと思ったが、違うな。半端な魔術を使えるやつらを雇った、金持ちか貴族がいる)
蜂がひとつの倉庫の前で止まったのを見て、ローレンツは手近な倉庫をひとつ爆破させた。
高度な魔術とは、精密で繊細な制御ができてこそである。ローレンツは、どうやらその才がないらしい。そのせいで、攻撃に転じたときの手加減が下手くそだ。
だが今は、繊細さなど必要ない。
ひとつ、ふたつと、無作為に倉庫を爆破させていく。すると、音につられて倉庫から男たちが現れた。ただならぬことが起きているのは伝わったらしい。
(逃げ切れると踏んでいるなら、サーヤのそばに見張りを一人二人残しているくらいか)
慌てふためき様子を見に行く男たちの死角を縫うように移動して、ローレンツは目的の倉庫に飛び込んだ。
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