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第一章
4 sideローレンツ
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「泣くほど恋しかった故郷だろうに……」
初めて会った日も、それからの日々の中でも、サーヤは時々泣きながら眠っていた。夢を見るのか、寝言で誰かを呼んでいたこともある。
おそらく、家族はなくとも帰りたい場所はあったのだと思う。あまり自分のことは話したがらないが、養護施設や学校はそれなりに楽しかったようだった。
「故郷を恋しく思うのとここに残りたいと思うのは、両立するんじゃねぇのか。そんなうじうじするより、ロニーは今後のあの子の住む家とか仕事を見つけてやらないといけないんじゃねぇのかよ。あんたはあの子の先生なんだから」
いつまでもうじうじしているローレンツを見て、トッドは呆れた顔をしていた。王弟相手にこんな軽口を叩いてくるのは彼くらいのものだが、対等に付き合ってくれるありがたい存在だ。
大事なことを指摘され、ローレンツの目に光が戻った。
「そうだな。大事なことだ……仕事はあてがあるとして、問題は家だ。職場に通いやすく、生活に必要な店も揃って治安がいいところがいいな」
「本人と一緒に探したらどうだ? ロニーはどうもずれてるところがあるから、また変なもん選んで泣かせるんじゃないのか? 〝お化けヒマワリ〟のこと、俺は忘れてないからな」
「なっ……あれは……」
サーヤの住む家について真剣に考え始めたところで、トッドがニヤニヤしながら言った。
〝お化けヒマワリ〟というのは、ローレンツが魔術師たちと協力して作り出したとんでもなく大きな黄色い花だ。サーヤが「私がいた世界では、私の背より大きなヒマワリっていう黄色い花があって、それがたくさん咲いているところを歩くのが好きだったの」と故郷を懐かしむように言ったから、ローレンツたちは張り切ったのである。
サーヤが描いた絵をもとに似た花を探し出し、それを魔術で大きくさせられないかと考え、「先生の背より大きいのもあった」だとか「太陽を追って花が向きを変えるんだよ」という情報を盛り込んで研究を続けた結果、生み出されてしまったのが〝お化けヒマワリ〟だった。
「『怖いー! 無理ー!』って泣いて、あのときは本当に可哀想だったよ。サーヤちゃんも、ロニーも」
「……もう言うなよ」
その当時のことを思い出したらしく、トッドは楽しそうに笑っている。
魔術師たちが彼らの技術をすべて込めた結果、大人の背より大きな動き回る不気味な黄色い花が生み出され、それが群生する様を見てサーヤはびっくりして泣いてしまったのだ。作る最中に、誰もが何度も〝これでいいのだろうか〟とは考えたのだ。だが、異世界の植物だから自分たちの常識とは違うかもしれないと突き進んだ結果、サーヤを泣かせる代物が出来上がってしまったというわけである。
「確かに、要望を聞くのは大事だな。私が思う〝いい家〟と彼女が思うものは違う可能性があるし」
「一緒に選びに行くのが無難だろ。何なら、ロニーが一緒に暮らしたらいいじゃねぇか」
真剣に考えるローレンツに、トッドはニヤッとして言った。何を考えているのかわからないが、おそらくローレンツの過保護ぶりを笑いたいのだろう。
「何を馬鹿なことを言っているんだ……彼女はもう二十歳の立派な女性なんだぞ。友人を呼んだり、その、いろいろあるときに同居人なんていたら困るだろう」
こんなときに、彼女がこの世界に残ることを決めた理由を思い出してしまった。彼女は、「離れたくない人がいるの」と言った。そのときは、ターニャなどの友人や親しくしている間柄の人たちかと思ったが、実際はそうではないことくらいわかっている。
正直に言えば、真っ先によぎったのは彼女に好きな人がいることだったのだから。
だが、ローレンツはその考えをすぐに追いやったのだった。彼女にはっきり打ち明けられていない以上、いろいろ考えてしまうのは無粋だと。保護者を自称しているとはいえ、踏み込んでいいことと悪いことがあると自戒している。
「神殿の連中は、サーヤちゃんがこちらに残ることで神秘性が失われるなんて思ってるんだろうが、これからどんどんきれいになるんだろうなぁ。あの子は渡り人じゃなかったとしても、何か特別な雰囲気がある子だ」
「ああ……そうだな」
サーヤのこれからの成長に思いを馳せているのか、トッドは何だかしんみりしていた。ローレンツも、年々美しくなる彼女のことを思った。
無邪気で無防備で甘えん坊で、サーヤは放っておけない雰囲気をしている。控えめでありながら、一度相手の懐に入って信頼すると、とことん甘えて頼ってくるのだ。それが可愛くて、みんな彼女の世話をしてしまう。
そのくせ、どこか触れがたい部分も持っているため、それが彼女が儚げに見える理由なのだと感じさせる。
黒髪に黒い目の、象牙色の美しい肌をした少女。
派手な色味は何も持っていないのに、その組み合わせはこの世界にないもので、それもあって彼女を神秘の存在に見せている。
今年の夏、お化けヒマワリ畑を一緒に歩いたとき、彼女の美しさにローレンツはハッとなった。同時に、自分にだけ信頼して笑いかけてくる彼女があまりにも可愛くて、手放すその日まで絶対に守り抜こうと決めたのだ。
この世界に彼女がいる間は、自分こそが彼女の保護者なのだから。
「神殿は興味をなくしているが、やっぱり渡り人っていうのはこの世界の人間にとって特別だからな。娶りたい、所有したいと思う金持ちなんかがたくさんいるんだ。そういう意味でも、ロニーが一緒に住んでやるべきなんじゃないのか」
トッドが声を落として、心配そうに言った。彼にとってもサーヤは可愛い存在だから、きな臭い話が聞こえてきて心配になっているのだろう。
「住処についても、防犯についても、いろいろ検討中だ。自由を認めつつ保護するというのは、難しいものだな」
ローレンツの頭の中は、サーヤに関する心配事でいっぱいだ。
彼女がこちらの世界に残るというのなら、今後も保護者であり続けるつもりだからだ。
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