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17、パーティーのはじまり

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 憂鬱な気持ちで迎えた当日。
 やっぱりというか何と言うか、学院に向かう馬車の中は微妙な空気だった。
 屋敷を出発したのは昨日だったけれど、馬に無理をさせないために一泊して、学院に向けて出発したのは今朝のこと。
 昨日のうちはまだ良かったのだ。……アンドレがアンドレアだったから。
 屋敷を出発したときはご令嬢といった様子の、品の良い娘らしい装いをしていたのに、一夜明けるとまた男装姿に戻っていた。本人曰く「落ち着かない」のだとか。
 普段のお仕着せ姿も素敵なのだけれど、パーティー仕様の紳士姿もなかなか良いもので、すらりとしたアンドレによく似合っている。
 それが、マティウスの気に障るらしい。

「アンドレア、何でそんな格好しているんだ?   ドレスを着ていればいいだろ」
「私が何を着ようとマティウスには関係ないね。それに、これはカティとお揃いなんだ」

 胸に差した造花の青いバラを指差して不敵にアンドレは笑う。それと同じものがわたしの髪にも飾られていて、おまけにドレスもバラと同じ色味なのだ。隣を歩けば、わたしたちが二人でひとセットなのがよく伝わるだろう。元々はアンドレも同じデザインのドレスを着て、一対の少女人形のように振舞おうと夫人と盛り上がっていたのだけれど、気が変わったらしい。

「お揃いにするなら私にも声をかけろ!」
「マティウスがお揃いにしたって可愛くないからダメだ」
「誰がドレスを着ると言った⁉︎    アンドレアは本当に腹が立つな!   ちゃっかりカティの横に座ってるし」
「女の子同士隣に座るほうが自然だろ?」
「そんなところだけ自分を女の子だって言うのか!」

 休暇中だから仕方がないけれど、アンドレはマティウスに対して気安く話すようになっている。その結果、こうして道中は喧嘩ばかりなのだ。
 エッフェンブルグ家にやってくる馬車の中では、話し相手がいればなぁなんて思っていたけれど、これならひとりのほうがまだマシだ。
 会場に着く前にこんなに揉めているのに、着いたらどうなってしまうのだろうという不安しかなくて、今から胃が痛くてたまらない。




「王都の魔術学院なだけあって、大きいのね」

 学院内に到着して馬車を降りると、学舎の大きさにアンドレが驚いていた。
 無理もない。学院すべての建物が視界に入る中央玄関に立てば、その荘厳さに圧倒されるものだ。わたしも入学したときはまずどこへ向かえばいいかわからず混乱したのを今でも覚えている。

「ホールも大きくて、シャンデリアが素敵なんですよ」

 呆然としているアンドレをそう言って促し、わたしたちは会場である大ホールへと歩き出した。
 ホール内ではもう有志による楽隊が楽器のセッティングを終えていて、軽く演奏を始めていた。人もまばらに入ってきていて、各々談笑を楽しんでいる。

「あ、あの子たちオシャレね」

 アンドレは早速、会場内の女の子たちのファッション観察を始めた。マティウスもぼんやりとではあるが周りを見回している。見知った顔でも探しているのだろうか。
 一緒になってわたしも周囲を観察してみると、しきりにこちらをチラチラ見てくる人物を見つけた。わたしが見ていることに気がつくと、こちらへと歩み寄って来た。

「誰かと思ったらカタリーネか」
「ああ、クルト。今年も来てたんだ」

 わたしのことをジッと見ていたのは同級生のクルト・アンダースだった。特に親しいわけではないけれど、アンダースが誰とでも隔たなく交流するからわりと話をする仲だ。そのせいか向こうはわたしを友達だと思っている節があって、ペアを作る授業のときは声をかけられることがよくあった。

「馬子にも衣装、だな。よく似合ってるよ」
「ありがとう。でも、動きにくいからあんまり好きじゃない」
「あはは、お前らしいな。でも、何か見ない間に健康的になって……本当、たまにはこういう格好もいいもんだな」
「……あんまり見ないで」

 クルトは、柄にもなく綺麗な服装をしているわたしをからかうかのようにしげしげと眺め回す。普段ミセス・ブルーメ以外の人からあまり構われないため、こう言った会話は苦手で困ってしまった。
 蚊帳の外なのが嫌だったのか、わたしたちのやりとりをそばで見ていたマティウスが咳払いをした。

「失礼。カティ、この方はどなただ?   紹介してくれないか」
「えっと、この人は」
「すみません。名乗るのが遅れました。クルト・アンダースです。エッフェンブルグ先輩、ですよね?」
「そうだが。カティ、この方は一体カティの何なんだ?」
「同級」
「友達です!   俺たち、すごく仲が良いんですよ」
「ふぅん……そうか」

 会話に割り込まれたのが癪に触ったのか、わたしからの紹介を待たずクルトはマティウスに自ら名乗った。その上、わたしに口を挟ませないようにするから、マティウスの機嫌がみるみるうちに悪くなるのがわかる。
 な、何でこんなに火花バチバチなの?   全く、意味がわからない。

「カタリーネ、エッフェンブルグ家でバイトしてるとは聞いてたけど、大丈夫なの?」

 マティウスの目を避けるようにして、クルトがそっと耳打ちしてきた。

「何が?」
「いや、だってエッフェンブルグ先輩ってさ、同級生殴って休暇前に停学食らったりとかあんま評判良くないじゃん?   そんな人の世話係のバイトとか……危なくないかなって。わざわざ執事がスカウトに来たっていうのもさ、おかしいだろ。お前、ひどいこととか変なこととかされてない?」
「そんな……」

 どうやら心配してくれているらしいけれど、その言い方が何だか無性に腹が立つ。心配してくれていたとしても、何も本人を前に言わなくてもいいじゃないかと思う。まぁわたしも、怪しい仕事だと思ったし話や噂を聞いた段階ではマティウスをケダモノのように思っていたけれど。
 この声が漏れ聞こえていないか気になってマティウスのほうを見ると、何を考えているのかわからない無表情でこちらを見ていた。
 でも、この表情はおそらく不機嫌な顔だ。人前ではにこやかにするよう教育された人間がこういう顔をするのは、抑えきれないものを感じているからだろう。

「カティのご友人とやら。私のことを色々と噂で知っている様子だけれど、私の元で働くことでカティが女性として恥ずかしい思いをすることはないとお伝えしておくよ。私の名誉ではなく、カティの名誉のためにね。どうかくだらない噂に惑わされないでくれ」

 全て聞いていたらしいマティウスは、そう言ってクルトをやり込めた。その姿は凛々しく、主人としての役目を果たしてくれたと言えるだろう。……添い寝や子守唄が必要な人には、とても見えない。

「……は、はい。すみません」

 気まずい空気に耐えられなかったのか、クルトは引きつった笑みを浮かべ去っていった。

「あの、マティウスさま……すみませんでした」

 クルトが逃げ去ったあと、わたしは彼の非礼を詫びた。彼がわたしの知り合いだったばかりにマティウスの失礼な態度を取ったのだから、わたしのも非があるはずだ。でも、マティウスはさっきまでの鋭い表情を引っ込めて穏やかに笑った。

「邪魔な虫を追い払ってやっただけだ。カティにあんな表情をさせる奴は私が追い払ってやるからな」
「は、はい」

 一体どんな顔をしていたかわからないけれど、マティウスはどうやらわたしのためにやる気を出してくれたらしい。
 あ、しまったと思ったときにはもう遅くて、マティウスがまた例の熱のこもった視線を向けてくる。こういう空気にならないように気をつけていたのに……完全に気を抜いていた。

「マティウスさま、せっかくパーティーに参加するんですから、女の子をダンスに誘ってあげてくださいね。マティウスさまと踊りたいという女の子はきっとたくさんいますから!」
「……カティ以外とは踊らない」

 急いで空気を変えようと話題を振ったけれど、マティウスは露骨にヘソを曲げてしまった。凛々しさは引っ込んで、またいつもの子供っぽい拗ね顔だ。こういうときこそ、大人の対応力が欲しいのに。

「じゃあ会場の女の子たちの人気は私がもらっていってしまうからね」

 空気を読んでくれたアンドレが、格好良くポーズを決めてそう言った。確かに男装姿のアンドレは早くも女の子たちの視線を集めていて、さぞ人気者になるだろう。
 アンドレのおかげで少し空気が変わったけれど、マティウスはまだ面白くない顔をしている。
 視界の端でそれをとらえて、わたしはそっとため息を吐いた。


 ……恋なんて幻想なのに。
 少なくともわたしはそう思っている。母を見てわたしは思ったのだ。
 道を踏み外すきっかけになるのだから、わたしは恋なんてしないって。
 だから、マティウスはわたしを好きでいるべきではない。マティウスなら、この少し子供っぽいところさえ直してしまえば恋の相手は選り取り見取りのはずだ。

 恋はしたい者同士、できる者同士すればいい。
 割れた器を満たそうと水を注ぎ続けることほど馬鹿らしいことはないのだから。
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