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ヤマネコさんは眠れない2
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「えっと、マオ……やっぱり俺、ハンモックで寝ようか?」
ベッドの上、小さな身体に密着されて緊張しながら、リンクスは言った。
嵐を恐れたマオが、「リンクス、一緒寝て」と言い出したのだ。あまりのことに「おお。いいよ」などと答えてしまったが、いざマオがベッドに潜り込んできたら、混乱してしまった。
「だめ! 意味ない! ……そばにいて」
「お、おお……」
背中にギュッと抱きつかれ、リンクスは固まった。抱きついてきたマオの身体が思いのほか柔らかくて、驚いたのだ。
それに、この距離にいるとマオがいい匂いなのがよくわかってしまう。鼻がいい獣人だから、日頃から知っていたつもりだ。だが、こんなにも密着されて感じる匂いは、日頃嗅いでいるものとは比べものにならない。
年頃の女の子特有の、甘い良い香りだ。
こんなに小さな、華奢で壊れそうな女の子に変な気を起こすなんて、俺はあのロリコンエルフの同類か――混乱したリンクスは、そんなことを考えて冷静になろうとした。
だがその直後、いやいやいや、これでも十七歳だから! 全然余裕でありだから!と、別の自分がツッコミを入れる。
リンクスも若い男で、おまけに匂いや肉の柔らかさなど五感に訴えるものに弱い獣人だ。
人に近い姿で、人のような文明の中に身を置いているものの、やはり獣のような本能も抱えて生きている。
だから、こんなふうに無防備に抱きついてくる存在は、その本能を刺激してきて困る。普段は庇護対象としか見ていないのに、こんなときに妙に冷静な自分が、マオのことを“アリ”な存在なのだと思い出させてくるのも参ってしまう。
しがみついてくるマオは、呼吸や気配から、まだ眠っていないのがわかる。それがさらにリンクスの中の本能を刺激してくるから、いっそのこと眠ってくれと思ってしまう。
「きゃっ……」
一瞬外が明るくなるほどの稲光が走り、そのすぐあとにバリバリと空が割れるような雷鳴が轟いた。それに反応してマオが小さく悲鳴を上げ、リンクスにしがみつく腕にさらに力を込める。
薄い布地を隔てて柔らかな肌の感触を感じてしまい、リンクスはギリギリのところで理性を保っていた。敏感な尻尾に触れられてしまっているというのも、非常にまずい。
「ご、ごめん、ギュッとして……」
リンクスが身じろぎしたのを、迷惑がられたと思ったらしい。マオはおずおずと腕を解き、リンクスから少し距離を取ろうとした。
その手を掴んで、リンクスはマオの身体を引き寄せる。そして、自分の腕の中にすっぽりと包み込んでしまった。
「怖いんだろ。なら、ここにいろ」
「……うん。ありがと」
湧き上がってくる邪な感情をぐっと抑えて、リンクスはマオを抱きしめた。
こんなに小さくてか弱い女の子が、嵐に怯えて震えているのだ。慰めること以外に余計なことを考えるような男には、なりたくなかった。
「雷が、嵐が苦手なのか? 落ち着かなくなるから、俺も気持ちはわかるけどさ」
少しでも恐怖を軽くしてやろうと、髪を撫でながら言う。黒くて真っ直ぐなマオの髪は、何とも言えず心地よい手ざわりだった。さすが、時々ハチミツで手入れしているだけのことはあるなどと考えてしまうと、無意識のうちに香りを嗅いでしまいそうになる。
「苦手とちょっと違う。……思い出すの、いや」
「嵐の日に、嫌な思い出があるんだな?」
「……こういう天気の日に、おとさんとおかさん、死んだの」
マオは、絞り出すような声で言った。それは、雨と風の音にかき消されてしまいそうなほど、か細い声だった。
それでも、リンクスの耳には届いた。聞き逃すことなど、できなかった。
「……そうか。そりゃ、思い出しちまうな。嫌だよな」
「うん」
「じゃあ、こんな天気になるたびに、ずっと苦しかったんだな」
「……うん」
軽はずみな慰めの言葉など口にできなくて、リンクスはただマオの背中を撫でてやることしかできなかった。
すぐそばに、自分以外の命があることが救いにならないだろうか――そのくらいのことしか考えられない。抱きしめて、自分の鼓動を聞かせてやることくらいしかできない。
「俺は、生きてるから。雨の日も晴れの日も、マオと一緒にいるから」
その言葉がわずかでも救いになったのか、マオはリンクスにギュウッとしがみついた。それから子猫が甘えるみたいに、胸元に頭をグリグリと押し付けてきた。
そんな仕草が、リンクスの心臓の横をキュッと鷲掴みにする。この小さくて弱い存在を、絶対に守らなくてはという気持ちにさせられる。
「俺の腕の中は安全だから、安心して寝ろ」
「うん」
何ものにもマオの眠りは妨げさせない――そう決意を込めて言えば、マオは安心したようにそのうちに寝息をたて始めた。
灯りを落とした部屋の中、耳をすませば荒れ狂う外の音に混じって、穏やかで温かい寝息が聞こえる。
その音を聞きながら、その日リンクスはとてもよく眠れ……なかった。
柔らかで温かでふくふくと呼吸をするものを腕に抱いて、リンクスは修行のような一夜を過ごしたのだった。
ベッドの上、小さな身体に密着されて緊張しながら、リンクスは言った。
嵐を恐れたマオが、「リンクス、一緒寝て」と言い出したのだ。あまりのことに「おお。いいよ」などと答えてしまったが、いざマオがベッドに潜り込んできたら、混乱してしまった。
「だめ! 意味ない! ……そばにいて」
「お、おお……」
背中にギュッと抱きつかれ、リンクスは固まった。抱きついてきたマオの身体が思いのほか柔らかくて、驚いたのだ。
それに、この距離にいるとマオがいい匂いなのがよくわかってしまう。鼻がいい獣人だから、日頃から知っていたつもりだ。だが、こんなにも密着されて感じる匂いは、日頃嗅いでいるものとは比べものにならない。
年頃の女の子特有の、甘い良い香りだ。
こんなに小さな、華奢で壊れそうな女の子に変な気を起こすなんて、俺はあのロリコンエルフの同類か――混乱したリンクスは、そんなことを考えて冷静になろうとした。
だがその直後、いやいやいや、これでも十七歳だから! 全然余裕でありだから!と、別の自分がツッコミを入れる。
リンクスも若い男で、おまけに匂いや肉の柔らかさなど五感に訴えるものに弱い獣人だ。
人に近い姿で、人のような文明の中に身を置いているものの、やはり獣のような本能も抱えて生きている。
だから、こんなふうに無防備に抱きついてくる存在は、その本能を刺激してきて困る。普段は庇護対象としか見ていないのに、こんなときに妙に冷静な自分が、マオのことを“アリ”な存在なのだと思い出させてくるのも参ってしまう。
しがみついてくるマオは、呼吸や気配から、まだ眠っていないのがわかる。それがさらにリンクスの中の本能を刺激してくるから、いっそのこと眠ってくれと思ってしまう。
「きゃっ……」
一瞬外が明るくなるほどの稲光が走り、そのすぐあとにバリバリと空が割れるような雷鳴が轟いた。それに反応してマオが小さく悲鳴を上げ、リンクスにしがみつく腕にさらに力を込める。
薄い布地を隔てて柔らかな肌の感触を感じてしまい、リンクスはギリギリのところで理性を保っていた。敏感な尻尾に触れられてしまっているというのも、非常にまずい。
「ご、ごめん、ギュッとして……」
リンクスが身じろぎしたのを、迷惑がられたと思ったらしい。マオはおずおずと腕を解き、リンクスから少し距離を取ろうとした。
その手を掴んで、リンクスはマオの身体を引き寄せる。そして、自分の腕の中にすっぽりと包み込んでしまった。
「怖いんだろ。なら、ここにいろ」
「……うん。ありがと」
湧き上がってくる邪な感情をぐっと抑えて、リンクスはマオを抱きしめた。
こんなに小さくてか弱い女の子が、嵐に怯えて震えているのだ。慰めること以外に余計なことを考えるような男には、なりたくなかった。
「雷が、嵐が苦手なのか? 落ち着かなくなるから、俺も気持ちはわかるけどさ」
少しでも恐怖を軽くしてやろうと、髪を撫でながら言う。黒くて真っ直ぐなマオの髪は、何とも言えず心地よい手ざわりだった。さすが、時々ハチミツで手入れしているだけのことはあるなどと考えてしまうと、無意識のうちに香りを嗅いでしまいそうになる。
「苦手とちょっと違う。……思い出すの、いや」
「嵐の日に、嫌な思い出があるんだな?」
「……こういう天気の日に、おとさんとおかさん、死んだの」
マオは、絞り出すような声で言った。それは、雨と風の音にかき消されてしまいそうなほど、か細い声だった。
それでも、リンクスの耳には届いた。聞き逃すことなど、できなかった。
「……そうか。そりゃ、思い出しちまうな。嫌だよな」
「うん」
「じゃあ、こんな天気になるたびに、ずっと苦しかったんだな」
「……うん」
軽はずみな慰めの言葉など口にできなくて、リンクスはただマオの背中を撫でてやることしかできなかった。
すぐそばに、自分以外の命があることが救いにならないだろうか――そのくらいのことしか考えられない。抱きしめて、自分の鼓動を聞かせてやることくらいしかできない。
「俺は、生きてるから。雨の日も晴れの日も、マオと一緒にいるから」
その言葉がわずかでも救いになったのか、マオはリンクスにギュウッとしがみついた。それから子猫が甘えるみたいに、胸元に頭をグリグリと押し付けてきた。
そんな仕草が、リンクスの心臓の横をキュッと鷲掴みにする。この小さくて弱い存在を、絶対に守らなくてはという気持ちにさせられる。
「俺の腕の中は安全だから、安心して寝ろ」
「うん」
何ものにもマオの眠りは妨げさせない――そう決意を込めて言えば、マオは安心したようにそのうちに寝息をたて始めた。
灯りを落とした部屋の中、耳をすませば荒れ狂う外の音に混じって、穏やかで温かい寝息が聞こえる。
その音を聞きながら、その日リンクスはとてもよく眠れ……なかった。
柔らかで温かでふくふくと呼吸をするものを腕に抱いて、リンクスは修行のような一夜を過ごしたのだった。
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