上 下
9 / 40

ヤマネコさん、聖女と歩く1

しおりを挟む
 雨のあとの、青空が美しいある日のこと。
 リンクスはマオにカゴを背負わせ、その姿に笑いを噛み殺していた。
 もともとは、自分が森へ採集へ行くときのカゴの予備だ。だから、マオにとってはやたらめったら大きい。肩に通す紐の長さを調節してやったものの、やはりカゴ自体の大きさはどうにもならない。
 後ろから見ると、きっとカゴが歩いているように見えるだろう。それを想像して、リンクスは笑いそうになって腹にぐっと力を込めた。笑ったら、確実にマオにすねられる。だから我慢だ。

「これで、しこたまキノコ採れるね」
「たくさん、な」

 カゴの大きさに、マオはかなりご機嫌だ。よほどキノコを採るのが楽しみなようだ。
 キノコ狩りに行くぞと言ったら、マオは朝からニコニコしていた。
 やっぱり、出かけたいと思っていたらしい。
 小屋のすぐそばで畑仕事をするのは許しているが、遠くへは行かせていなかった。
 レブラが日々巡回しているから危険はさほどないとわかっていても、マオをひとりで出かけさせる気にはなれなかった。
 というわけで、今日は一緒にキノコ狩りに行くことにしたのだ。何度か一緒に森を歩く経験をさせれば、少しの距離ならばひとりで歩かせても平気になるだろうという考えだ。

「雨のあとはキノコがニョキニョキ生えるからな。たくさん採って、貯蔵庫に貯めとこう」
「そうなんだ。何で? キノコ、雨好き?」

 雨のあとはキノコ日和だというのは、森に暮らす者にとっては常識だ。しかし、マオにとってはそうではないらしく、不思議そうにしている。

「あー、たぶん、そんな感じ。雨で元気になるんだろ」
「そっかあ。ニョキニョキ……」
「生まれ育った世界でもキノコは食べてたんだろ? 不思議そうにするけど、その食ってたキノコはどうやって手に入れてたんだ?」

 そういえば、拾ってからずっと、マオの個人的なことにはあまり触れたことがなかった。
 何となく、聞いてはいけない気がしていたのだ。
 女神に無理やり連れてこられた、親はいない――これだけで十分、マオが難しい立場であり、恵まれた境遇でないのはわかる。
 リンクス自身が親なしだから、それはよくわかってやれた。

「キノコ、店で売ってるのしか知らない。キノコ以外も……食べ物、店で買うのが普通だった」

 意外なほどあっさりと、マオは答えてくれた。自分の話ではなくキノコの話だから平気だったのか、特に何も思っていない様子だ。
 そのことにリンクスは安堵する。

「なるほどなあ。じゃああれか。キノコを森に採りに行って市場に売る人がいるんだな。あと、狩りに行って肉を獲ってきて売るやつも」
「ううん。キノコも肉も、育てる人がいる」
「肉は、家畜か。それはわかる。でも、キノコを育てるって何だ?」
「んー……木に、キノコの種植える、ニョキニョキ生える……?」
「マオもよくわかんないんだな」

 リンクスは、マオの世界がここよりも各々の役割が分担され効率化されているのだなということを、何となく理解した。
 そうなると、きっとここでの生活は不便だろう。店で買えば何でも揃う生活をしていた子が、いきなり狩りと採集とちょっとの農耕の生活に放り込まれたら、戸惑うしかなかったのではなかろうか。
 
「マオは、どっこいしてて偉いな。馴染むの早かったし。それでも、困ってることはあるんじゃないのか?」

 カゴの持ち手をギュッと握っててくてく歩くマオの姿に、リンクスは心臓の横を握られたような心地になる。この小さな姿は、異界に放り込まれても動じず生きている姿は、健気と呼ぶにふさわしいだろう。健気なものを見ると、リンクスの心はどうしようもなく揺さぶられるのだ。

「リンクス、拾ってくれた。だから、運いい。平気」

 強がるわけではなく、さらりとマオは言った。本当に、何もしていないしくよくよもしていないらしい。
 だが、少し考えてそっと、背後に視線をやった。

「でも……外に出てふと見ると、あれ、いるの嫌」

 鼻の頭に皺を寄せて言うからまさかと思ったら、数歩後ろの木の陰から、森林調査官のレブラがこちらを見ていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… 6月8日、HOTランキング1位にランクインしました。たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

私の名前を呼ぶ貴方

豆狸
恋愛
婚約解消を申し出たら、セパラシオン様は最後に私の名前を呼んで別れを告げてくださるでしょうか。

処理中です...