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聖女、トラブルを運ぶ4
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ご立腹なマオを、レブラはキラキラした目で見ている。
ずっと努めて無表情を保ってきた森林調査官が、だ。
それを傍で見ていて、リンクスは言い知れぬ不安を感じた。
「お嬢さん……いや、マオさん。君は、十七歳なんだね?」
恭しくかしずくような姿勢で、レブラはマオに問いかけた。怒っているマオは、面倒くさそうに彼のほうを見る。
「そうだけど?」
「……素晴らしい! 人間の中に、成長が、老化が、ゆっくりな者がいるかもしれないということだね!」
マオの言葉がレブラの中の何かのスイッチを押したようだ。彼は一層テンションを上げ、嬉しそうにしている。
「おいレブラ。一体何が素晴らしいってんだ? 気持ち悪いこと考えてるんじゃねえだろうな?」
心なしかマオとの距離を詰めようとしているように見えて、リンクスは思わず言った。何となく、レブラの喜び方が気持ち悪い。というより、マオの歳がわかって喜んでいるのか、怒っている姿に喜んでいるのか、はたまたその両方なのかわからないのが気持ち悪いのだ。
「気持ち悪いことだなんてとんでもない! 私は、常々人間の花嫁が欲しいと思っていたから、彼女はうってつけなんじゃないかと思って喜んでいたんだ! 人間はすぐ老いて死んでしまう、そして私を置いていく。でも、マオさんは十七歳でこの若さなら、もしかしたら長く一緒にいられるかと思って」
「やっぱ気持ち悪いじゃねーか!」
恍惚としたレブラの言葉を聞いて、リンクスはすぐさまマオを彼から引き離した。幼い見た目が気に入って嫁に来てほしいと考えるだなんて、リンクスの常識からすればまともではない。エルフにとっては、どうなのかわからないが。
「もう、何なんだよ。帰れ帰れ。俺は店の支度で忙しいんだからよ」
「私も、森林の巡回がまだだった。とりあえず、マオさんがここに滞在することについては目をつぶろう。というより、問題はないはずだ。ただ、その服装では目立ってしまうだろうから、今度何か持ってくるよ」
「服を持ってきてもらえるのはありがたいけど不安しかねーわ」
「大丈夫。婚礼衣装ではなくて別のものだから」
「不安を煽るなっ」
もうこれ以上変態じみたエルフの目にマオを晒しておきたくなくて、リンクスはシッシッと虫でも追い払うかのようにレブラを小屋から追い出した。
出ていく間際、レブラはマオを見てとろけるような笑顔を浮かべた。リンクスが何事かと思ってマオを見ると、彼女はゴミを見るような目でレブラを見ていた。
「そういえばあいつ、リスに噛まれたとかウサギに蹴られたとかを嬉しそうに話す奴だったな……そういうことか」
レブラが小動物の苛烈さに喜びを見出すフェチなのだと納得して、リンクスは溜め息をついた。マオの流れるような今朝の悪態を聞いたら、きっと彼は涙を流して喜ぶに違いない。困ったドMだ、変態だ。
「ねえ、リンクス。お腹空いた」
いつの間にか腰の縄を解いたマオが、リンクスの服の裾を引っ張って言った。話をしたいとき、目線を自分のほうに向けたいとき、マオはこの仕草をする。そうされると、リンクスはどうしようもなく庇護欲をくすぐられてしまうのだ。
「わかったわかった。食事にしような。今日はキノコたっぷりスープとマスの包み焼きと、山菜オムレツな。甘いもんとして蜜がけナッツも作ったぞ」
「やったー!」
今日も今のところお客はゼロだ。たぶん、待っていても来ないだろう。
それでも、リンクスの心は満たされていた。それは、目の前に食いっぷりのいいマオがいてくれるから。
本当はたくさんの人間に自分が作った料理を食べてほしいが、今のところはマオが食べてくれるからいい。
マオも安心した顔でたくさん食べているから、彼女にとってもこの生活はいいものなのだろう。
だから、レブラに引き離されなくて、マオが連れて行かれなくてよかったなと思う。
後日、レブラは約束通りマオの服を持って小屋を訪れた。
ふんわり袖のブラウスに胸下の編み上げリボンで調節できる胴衣、スカートとその上に重ねるフリルエプロンという、村娘の格好として申し分ない服装を。
もともと着ていた制服というものが動きにくかったと言って、マオはそれを喜んで着た。変なものを持ってこられると思っていたから予想外だとも言っていた。
……実際は、猫耳の髪飾りも尻尾も、やたら布地がスケスケの服も短すぎるスカートも、リンクスがこっそり処分しただけだ。
その服が届けられたとマオに知らせるだけでレブラの目的が叶ってしまうと思い、絶対に目に触れさせまいとリンクスは決めたのだった。
ずっと努めて無表情を保ってきた森林調査官が、だ。
それを傍で見ていて、リンクスは言い知れぬ不安を感じた。
「お嬢さん……いや、マオさん。君は、十七歳なんだね?」
恭しくかしずくような姿勢で、レブラはマオに問いかけた。怒っているマオは、面倒くさそうに彼のほうを見る。
「そうだけど?」
「……素晴らしい! 人間の中に、成長が、老化が、ゆっくりな者がいるかもしれないということだね!」
マオの言葉がレブラの中の何かのスイッチを押したようだ。彼は一層テンションを上げ、嬉しそうにしている。
「おいレブラ。一体何が素晴らしいってんだ? 気持ち悪いこと考えてるんじゃねえだろうな?」
心なしかマオとの距離を詰めようとしているように見えて、リンクスは思わず言った。何となく、レブラの喜び方が気持ち悪い。というより、マオの歳がわかって喜んでいるのか、怒っている姿に喜んでいるのか、はたまたその両方なのかわからないのが気持ち悪いのだ。
「気持ち悪いことだなんてとんでもない! 私は、常々人間の花嫁が欲しいと思っていたから、彼女はうってつけなんじゃないかと思って喜んでいたんだ! 人間はすぐ老いて死んでしまう、そして私を置いていく。でも、マオさんは十七歳でこの若さなら、もしかしたら長く一緒にいられるかと思って」
「やっぱ気持ち悪いじゃねーか!」
恍惚としたレブラの言葉を聞いて、リンクスはすぐさまマオを彼から引き離した。幼い見た目が気に入って嫁に来てほしいと考えるだなんて、リンクスの常識からすればまともではない。エルフにとっては、どうなのかわからないが。
「もう、何なんだよ。帰れ帰れ。俺は店の支度で忙しいんだからよ」
「私も、森林の巡回がまだだった。とりあえず、マオさんがここに滞在することについては目をつぶろう。というより、問題はないはずだ。ただ、その服装では目立ってしまうだろうから、今度何か持ってくるよ」
「服を持ってきてもらえるのはありがたいけど不安しかねーわ」
「大丈夫。婚礼衣装ではなくて別のものだから」
「不安を煽るなっ」
もうこれ以上変態じみたエルフの目にマオを晒しておきたくなくて、リンクスはシッシッと虫でも追い払うかのようにレブラを小屋から追い出した。
出ていく間際、レブラはマオを見てとろけるような笑顔を浮かべた。リンクスが何事かと思ってマオを見ると、彼女はゴミを見るような目でレブラを見ていた。
「そういえばあいつ、リスに噛まれたとかウサギに蹴られたとかを嬉しそうに話す奴だったな……そういうことか」
レブラが小動物の苛烈さに喜びを見出すフェチなのだと納得して、リンクスは溜め息をついた。マオの流れるような今朝の悪態を聞いたら、きっと彼は涙を流して喜ぶに違いない。困ったドMだ、変態だ。
「ねえ、リンクス。お腹空いた」
いつの間にか腰の縄を解いたマオが、リンクスの服の裾を引っ張って言った。話をしたいとき、目線を自分のほうに向けたいとき、マオはこの仕草をする。そうされると、リンクスはどうしようもなく庇護欲をくすぐられてしまうのだ。
「わかったわかった。食事にしような。今日はキノコたっぷりスープとマスの包み焼きと、山菜オムレツな。甘いもんとして蜜がけナッツも作ったぞ」
「やったー!」
今日も今のところお客はゼロだ。たぶん、待っていても来ないだろう。
それでも、リンクスの心は満たされていた。それは、目の前に食いっぷりのいいマオがいてくれるから。
本当はたくさんの人間に自分が作った料理を食べてほしいが、今のところはマオが食べてくれるからいい。
マオも安心した顔でたくさん食べているから、彼女にとってもこの生活はいいものなのだろう。
だから、レブラに引き離されなくて、マオが連れて行かれなくてよかったなと思う。
後日、レブラは約束通りマオの服を持って小屋を訪れた。
ふんわり袖のブラウスに胸下の編み上げリボンで調節できる胴衣、スカートとその上に重ねるフリルエプロンという、村娘の格好として申し分ない服装を。
もともと着ていた制服というものが動きにくかったと言って、マオはそれを喜んで着た。変なものを持ってこられると思っていたから予想外だとも言っていた。
……実際は、猫耳の髪飾りも尻尾も、やたら布地がスケスケの服も短すぎるスカートも、リンクスがこっそり処分しただけだ。
その服が届けられたとマオに知らせるだけでレブラの目的が叶ってしまうと思い、絶対に目に触れさせまいとリンクスは決めたのだった。
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