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17、真実判明、そしてそれは解釈違いです
しおりを挟む試験が無事に終了した数日後、私はリリーに誘われて真夜中に屋根の上にいた。
いつもなら、お茶やとっておいたお菓子を手に屋根までやってくるのだけれど、今夜のリリーは何だか神妙で、そんなふうな夜の秘密のピクニック気分ではないみたいだ。
今夜だけでなく、ここ数日のリリーは様子がおかしい。何かを考え込むような仕草をしたり、いろんなことを紙に書いて確認していたり。試験のときに瓦礫をぶつけられた名残りでまだ気分が悪いのかと思ってそっとしていたのだけれど、どうもそういうわけではないみたいだ。
「大事な話がある」と言って呼び出されたから、きっと何か気づいたことがあったのだろう。
「それでリリー、話ってなぁに?」
屋根の上に来て少し経ってもリリーが話し始めないから、私はそう水を向けてみた。これが昼間の食堂なら人目をはばかってタイミングをはからなければ話せないことだけれど、今この場所なら気にするものは何もない。
とは思うものの、リリーはずっと言いにくそうにしているから、きっと問題なのはその話の内容なのだろう。
「すごい驚く話で、どう話したもんかと悩んでたんだ。それで、自分の中でまとまるまで数日必要で、かなり悩んで、ひと通り筋が通る説明ができるかなってようやくなったんだけど」
「そんなに難しい話なんだ……」
「うん。というか、前世の記憶が戻ったんだ。『マジラカ』に関する、かなり重要な記憶がな」
「えっ」
リリーからの思わぬ告白に、油断しきっていた私は驚いてしまった。そして、本来自分がこの世界で何を頑張ろうとしていたかという、大事なことを思い出した。試験という大きなイベントを終えてほっとしていたけれど、私がなすべきことはオルクスくんの破滅を回避することだ。そのために、リリーの記憶はかなり重要になってくる。
「占い師の言うように、激しい衝撃によって記憶が戻ったんだ。で、自分が『マジラカ』新章のメインライターだったことを思い出した。あの作品、世界観や攻略キャラはいいのにいろいろぶっ飛びすぎって言われてて、メインライターを原案者のひとりって扱いにして実質的には退いてもらって、テコ入れして軌道修正していくことになってたんだよ」
「そう、だったんだ……」
リリーは順序立てて説明してくれているのだほうけれど、私はわりと衝撃を受けてしまって飲み込むのに時間がかかっていた。
確かに一風変わったゲームではあったとはいえ、私にとって『マジラカ』は最高のゲームで、オルクスくん√をきちんと配信してくれさえいれば、文句なんてなかったのだ。
それなのに、制作会社としてさテコ入れしなければいけないものだったなんて……いわゆる売れ線作品ではなかったのだなと思い知らされて、ファンとしては複雑な気持ちになる。
「軌道修正って言ってもストーリーの大筋を変えるわけではなく、変えるのは……ヒロインの予定だったんだ。シャニアをリストラして、別のヒロインを据えて新章に突入するってことで進められてた」
「それは……いつも敵対するオルクスくんをシャニアが攻略することにストーリー上、違和感があったから?」
「それもあるけど、シャニアはユーザーからの人気がいまいちだったんだよ。乙女ゲームの主人公(ヒロイン)がユーザーに好かれてないって、一大事だろ? でも、あまりに行動がトンチキで感情の機微に疎いせいか、“サイコパスヒロイン”って呼ばれてたんだ」
「そういえば『マジラカ』は、二次創作でも夢主が多いジャンルだったね……」
夢主というのは二次創作におけるオリジナルの主人公のことで、公式には存在しないキャラクターを生み出して登場人物たちと仲良くさせたり恋愛させたりするもののことだ。主に女性に人気の作品の二次創作で見られる。
元々の作品に女性キャラが出てこない場合や設定が薄い場合に作られることが多い。スポーツ漫画だったらマネージャー、冒険ファンタジーなら主人公たちを支える紅一点の仲間といった設定でねじ込まれることが多い、まあ夢の詰まった二次創作の手法だ。
『マジラカ』はシャニアというキャラの濃い主人公がいたにもかかわらず、二次創作で夢主作品が多く生み出されたジャンルだった。つまり攻略キャラとの恋愛や友情を夢想するときに、シャニアがお相手じゃないほうがいいと思われていたということだ。簡単に言うと、不人気だったということだろう。
私はシャニアのトンチキさも含めて楽しんでいたから、そういった夢主が出てくる二次創作を手にすることはなかったけれど。
「自分がこの世界に転生して、間近で接してなおさら思ったけど、シャニアはおかしいもんな。無邪気通り越して狂気。あれは……周りのキャラを幸せにするために存在してるやつじゃない。だからこそ、あいつじゃオルクスを幸せにできないってことで、リストラされることになってた」
「リストラされるヒロイン……すごく新しい響きだね」
可愛い造形で可愛い声までついて、それこそ主人公(ヒロイン)に生まれついてきた人なのに、リストラされてしまうのか……と私は何とも言えない気持ちになった。
確かに王道ヒロインではないし、そのせいで好感度があがったときに発生するイベントも胸キュンよりも笑いのほうが強い印象だったけれど、私は彼女が嫌いではなかったのだ。
とはいえ、それが制作会社の意向なら仕方がないし、脚本家はいってみれば世界観を作り出す創造主たる存在なのだから、その神がシャニアを無理というなら仕方がない。
「……てか、リリーって脚本家(神)だったんだ」
「そんな大層なものじゃないけど……オルクスをどうにか救うために存在してるのは間違いない。自分は、シャニアとオルクスがくっつくのがどうしても納得いかなくて、新ヒロインを登場させるって意見を強く推した立場の人間だからな」
驚きと尊敬と少しのからかいまじりに言った私の言葉に、リリーはどこまでも真剣だった。
きっと、前世でシナリオライターだったときからオルクスくんのことを考えていてくれたし、こうして転生した今は友人として彼の幸せを願ってくれている。だから記憶が戻った今、より強くそう思うようになったのだろう。
「悪として書かれていたから仕方がないが、シャニアはオルクスを何回も倒したんだ。だから、自分はシャニアを“オルクスのヒロイン”と認めるわけにはいかなかった! あんなサイコパス女、他の攻略キャラにくれてやる!」
怒りに震えるリリーは、まるで公式と解釈違いを起こした強火オタクみたいになっている。でも、そういう気持ちは私もオタクとして理解できるから、下手になだめることもできない。
「まあ、新ヒロインでもなんでも、オルクスくんが幸せになれる道が用意されてるんならよかった。リリーが思い出してくれたのなら、これからは安心だね」
私はとりあえず、今の自分の気持ちを伝えることにした。リリーの気持ちは荒ぶっているのだろうけれど、それを聞かせてもらえた私はほっとしている。この前の試験といい、√を外れたシャニアのはっちゃけっぷりといい、どうなっているのかわからず不安でいっぱいだったのが、リリーが創造主であることがわかって安心できた。
でも、そんなふうにほっとしている私を、リリーがジト目で見ていた。
「……これから伝えることがさ、一番悩ましいことなんだよ。正直、これをどう伝えるかで数日悩んだといっても過言じゃない。そのくらい、衝撃受けることだと思う」
「え……何それコワ」
深い溜め息とともにそんな不穏なことを言われ、私はまた身構えることになった。シャニアがリストラされて話以上に衝撃的なことって、一体何なのだろう。
「コレットは勘がいいから話の途中で気づくかなって思ったんだけど……新ヒロインって、誰だと思う?」
「あ、そういえば……」
指摘されて今やっと気がついたけれど、シャニアがヒロインでないということは、別の誰かがオルクスくんのためのヒロインということだ。私はオルクスくんを幸せにしたいから、それが誰なのか知って、全力でくっつける手伝いをしなくてはならない。
「で、誰なの? 私たちがすでに知り合ってる子?」
可愛い造形と約束されし勝利の声帯を備えたキャラなんていたっけと思いながら尋ねると、呆れた顔のリリーがおもむろに人差し指を私に突きつけてきた。
「……コレットだよッ!」
漫画だったら“ズビシィ”みたいな効果音が背景についていそうなほど、鋭く私を指差すリリー。
その仕草が意味するところがすぐに理解できなくて、私はものすごく混乱した。
「え……え……? 私……? 私がヒロイン……?」
「そう。新ヒロインの名前はコレット・プロセル。材木問屋が実家の、商家のお嬢さんだけど庶民派ヒロイン。魔法が苦手でもめげないドジっ子ヒロインだよ!」
「わ、私のことだッ!」
頭が理解すると今度は心がそれを拒絶して、私はどうしようもなくなってあわあわした。だって、ヒロインって、オルクスくんとくっつくってことだ。友情エンドもあるかもしれないけれど、基本は恋愛エンドを目指すのが乙女ゲームの主たる目的なのだから、つまり新ヒロインはオルクスくんと恋愛するということになる。
「いやいやいやいやいやっ、おかしいおかしいおかしいおかしい! 無理無理、無理寄りの無理!」
「素直に喜ばないだろうとは思ったけど、そんなにか」
「いや、だって、普通に考えても無理じゃん? すべてのオタクが推しとくっつきたがってると思わないでよね! 近くで見たい=付き合いたい、ではないの! むしろ私はオルクスくんの部屋の壁になって二十四時間すべてを見守りたいの! そういうオタクも少なくないの! 夢要素は否定しないけど、自分が推しのお相手とか解釈違いも甚だしくて、怒りとよくわからん感情で頭ハゲ散らかしそうッ!」
「お、おう……」
私が勢いよくまくしたてると、リリーはドン引きした顔でそれを受け止めた。実際に、体を少し話で物理的距離まで取られた。
でも、こればかりは仕方がないのだ。
推しと恋愛対象は違う。私の場合は。
「あーもー!」
オルクスくんを幸せにしたいという気持ちと、自分がヒロインなのは解釈違いだと気持ちがせめぎ合って、私はどこかに走り出したい気分になっていた。
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