上 下
36 / 64
第2章 幼少期~現在と過去編~

28 市場とウルタリア侯爵領の発展

しおりを挟む
「「わぁ!!」」

 ティファニアとティリアは嬉しそうに声を上げた。
 目の前にはウルタリア侯爵邸から馬車で20分ほどの広場で、週に1回開かれる朝の市場が広がっていた。そこは人でにぎわっており、ほとんど外出をしたことがない二人はその人の多さにわくわくが止まらない。

「ティー、リア、手を離さないようにね。はぐれたら大変だ」
「「うん!!」」

 二人は元気な返事をすると、ティファニアはアリッサと、ティリアはラティスと手を繋いだ。安全面を考慮した結果、この組み合わせが一番いいということになったのだ。もちろん人に紛れて護衛も数人いるので、よっぽどのことがない限り、二人の子供たちに何かある、ということはないだろう。
 4人の姿はまるで一つの家族のようだった。

「ねぇ、アリッサ、あそこに小物屋さんがあるよ!! 行ってみよう!!」
「お嬢様、走ると転んでしまいますよ!」

 ティファニアははしゃぎながらアリッサの手を引くと、アクセサリーが売られている露店に足を運んだ。
 ウルタリア侯爵領が海に近いからだろう。そこには、サンゴや貝で作られたアクセサリーがたくさん並んでいた。薄いピンクの小さな貝殻で作られたイヤリングや、サンゴを連ねて作ったネックレス。他にも、紐を編んで作ったブレスレットやアックレットが置かれている。

「わぁ、これ可愛い」

 ティファニアは貝のピアスを手に取ると、嬉しそうに声を上げた。それは濃いピンクの巻貝でできたもので、色素が薄いティファニアによく似合いそうだった。
 ティファニアは外に出るときには、首にある『まじない』の紋様を隠すために襟が高い服を着ることが多い。今日も紺のワンピースの下に来ているブラウスは襟の高いものだ。そのため、あまり首周りにつける装飾品は持っていない。その代わりに、ティファニアはピアスを好む。屋敷に来た頃はそれこそラティスから貰った紫の宝石のピアスしかなかったが、アリッサから貰った後、ティファニアがその緑のピアスを気に入ってつけていたので、対抗意識を燃やしたラティスがたくさんプレゼントしたのだ。それ以来、ティファニアのお気に入りアクセサリーはピアスなのだ。

「ええ、これは色が鮮やかですのでお嬢様の綺麗な肌にとても映えると思いますわ」

 アリッサがティファニアの耳に当てて、合わせていると、露店の主らしき妙齢の女性がほかの似たようなアクセサリーを持って勧めてきた。

「あら、可愛らしいお嬢様ねぇ! そちらのピアス、とてもお似合ってるわよ! ほかにもこんなブレスレットがあるけど、どうかしら??」

 ティファニアが手に取った貝に似たような色のアクセサリーをぐいぐいと勧められ、ティファニアは一瞬たじろいでしまう。

「うーん、ティーにはこれが似合うかな」

 すると、やっと追いついてきたらしいラティスとティリアが後ろから覗き込んできた。その手にはなぜか味付けされた香しい串肉が握られている。
 ラティスはティファニアが選んだのと同じピアスを手に取ると、先ほどアリッサがしたように、ティファニアの耳にあてて合わせている。そして、うんうん、ティーはこれが似合うな、と満足そうに言うと、すぐにお金を出して払ってしまった。

「あっ、お父様! まだ決めてなかったのに!」
「ティーに似合うんだから、買わないと損だろう? それにとっても可愛かったよ」

 ラティスが蕩けるように微笑むと、ティリアも続けて、お姉さま、似合ってました、と嬉しそうに言った。そして、ラティスは商品を受け取ると、その笑みのままで、店主の女性にありがとう、とお礼を言った。
 すると、店主の女性はラティスの笑みに当てられてしまったのか、ぽぉっと頬を上気させ、うっとりとラティスを見あげた。
 それを見たティファニアは、ばっとラティスと女性の間に立つと、女性にお礼を言って、早く行こうとラティスの串肉を持っていない方の手を引いた。少しだけ、少しだけだが、そんなラティスの姿を見られたくないな、と思ってしまったのだ。
 少し強引にぐいぐいと手を引くと、ティファニアはぱたり、と足を止めた。そして、俯いて、一瞬顔を歪める。ああ、やってしまった、と。自分が嫌になって、唇をかみそうになると、ぐいっと体が持ち上げられた。横に目をやると、ラティスの二つの紫の瞳と目が合う。
 なぜか、ラティスは先ほどとは比べ物にならないくらい甘い笑みを浮かべていた。道を歩く女性方が餌食になっているのは、きっとティファニアの気のせいではないだろう。

「ティー、別に構わないんだよ」

 ラティスは俯きそうになっているティファニアとまっすぐ目を合わせていった。

「私は逆に嬉しかったからね」

 パチンとウィンクをすると、ラティスは食べるかい? とティファニアに串肉を差し出した。それを食べながら、ティファニアはお肉と一緒に嬉しさも噛みしめていた。
 ティファニアは人にあまり好まれない感情はほとんど表に出さない。しかし、先ほど、嫉妬してしまったのだ。あの女性に。子供らしく、お父様がとられた気がして。
 そんな感情を表に出してしまったことをティファニアは後悔したが、しかし、ラティスにはそれを見せてくれたことがとても嬉しかったのだ。その嫉妬した理由も踏まえて。

「お父様、ありがとう。……このお肉、おいしいね」
「ああ、そうだろう? 私がここに来た時によく買うんだよ。ティーたちにずっと食べさせてあげたいと思っていたんだ」
「そうなんだ。すっごくおいしい」
「それはよかった。さあ、じゃあ、次のところに行こうか」
「うん!!」

 ティファニアはラティスに下してもらうと、もう一度アリッサと手をつなぎなおして、市場を見て回った。
 市場では食材や香辛料、先ほどのようにアクセサリーや小物、生活用品など様々なものが売られていた。初めて見るティファニアとティリアはその一つ一つに驚き、喜びながら見て回った。
 ティファニアの当初の目的のみんなへのプレゼントは見つからなかったが、また来ればいいとラティスは言った。どこのお店も賑わっていて、ティファニアたちは飽きることなくたくさんの店を回った。




「おお、お嬢ちゃんたち、見ない顔だねぇ。旦那の子供かい?」

 お昼になり、朝の市場もそろそろ終わりになる頃、ティファニアたちがラティス行きつけの食事処に足を運ぶと店主に声をかけられた。どうやら、そこは常連客ばかりが集まるお店のようで、初めて来たティファニアとティリア、そしてアリッサは少しばかり目立っていた。
 ラティスは王都から来た商人と偽って、顔見知りらしく、店主にいつもの、と頼んでいた。

「そう、です。えーっと、王都から来ました」

 ティファニアが少し遠慮がちに笑うと、店主は豪快に笑った。

「わっはっはっはっは。旦那にこんなに大きな子供がいたとはなぁ! そりゃあ、言い寄られても断るわけだ! こんなに別嬪なお嬢ちゃんがいるってことは、奥さんも美人さんなんだろう?」

 なあ、旦那? と店主が問いかけると、当たり前だ、とラティスは不敵に笑った。

「おお、羨ましいぜ!! それより、お嬢ちゃんたち、ウルタリア領はどうだい? 活気があっていいところだろう?」
「はい! 市場も賑わってて、楽しかったです!」
「そうだろう? 1年ちょっと前から領主様が出してくれた新しい決まりのおかげでな、随分と過ごしやすくなったからな。そのお陰で他の領地からもたくさん人が来てくれているんだよ」

 お陰様でうちも大繁盛だ、と店主は嬉しそうに言った。

「そうなんですか。じゃあ、他に、良くなったことはありますか?」
「うーん、そうだな…。やっぱり、治安が良くなったな。警備隊が良く働いてくれて、犯罪が減ったのが嬉しいね。それによ、スラムの連中が減ったからか、そういう意味でも犯罪は減ったな。あとは、あれだ、学校だな。あのお陰で子供たちが賢くなってよ、今は俺に代わって息子がこの店の勘定をしてるんだ! まあ、小さいお嬢ちゃんにこんなことを言ってもわかんないだろうがな!」

 店主は、その、小さいお嬢ちゃんが実はそのための政策を考案しただなんて思いよるはずがなく、また、豪快にわっはっはと笑った。

「いえ、この領のことが分かってよかったです。ありがとうございます」
「いやぁ、構わんよ。まあ、俺たちは何もしてないんだがな。でも、このウルタリア領がどういう風に変わったかってくらいだったらいくらでも話せるぜ!」

 これも全部、領主様のお陰さぁ! と店主は誇らしげに笑った。
 それにティファニアも嬉しそうに頷く。そして、少し遠慮がちに聞いた。

「あの、えーっと、変わって、よかったです、か?」

 すると、店主はティファニアの頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。

「当たり前だぁ! この領地に住んでいる奴ら、みんながそう思ってるぜ!」

 そう言って、店主は嬉しそうに笑った。
 ティファニアはその笑顔だけで、今までの努力が少しだけ報われた気がした。

 そのあと運ばれてきたラティスおすすめの料理は美味しかった。それは、ウルタリア侯爵領伝統の川魚の料理であった。ティファニアはその料理に舌鼓を打つと、満足して屋敷に帰ったのだった。



*

ティリアのターンにしたいのに、どうしてもラティスのターンになっちゃう……

夏中は2日に1回のペースで投稿したい(願望
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢が死んだ後

ぐう
恋愛
王立学園で殺人事件が起きた。 被害者は公爵令嬢 加害者は男爵令嬢 男爵令嬢は王立学園で多くの高位貴族令息を侍らせていたと言う。 公爵令嬢は婚約者の第二王子に常に邪険にされていた。 殺害理由はなんなのか? 視察に訪れていた第一王子の目の前で事件は起きた。第一王子が事件を調査する目的は? *一話に流血・残虐な表現が有ります。話はわかる様になっていますのでお嫌いな方は二話からお読み下さい。

執着王子の唯一最愛~私を蹴落とそうとするヒロインは王子の異常性を知らない~

犬の下僕
恋愛
公爵令嬢であり第1王子の婚約者でもあるヒロインのジャンヌは学園主催の夜会で突如、婚約者の弟である第二王子に糾弾される。「兄上との婚約を破棄してもらおう」と言われたジャンヌはどうするのか…

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

全ては望んだ結末の為に

皐月乃 彩月
恋愛
ループする世界で、何度も何度も悲惨な目に遭う悪役令嬢。 愛しの婚約者や仲の良かった弟や友人達に裏切られ、彼女は絶望して壊れてしまった。 何故、自分がこんな目に遇わなければならないのか。 「貴方が私を殺し続けるなら、私も貴方を殺し続ける事にするわ」 壊れてしまったが故に、悪役令嬢はヒロインを殺し続ける事にした。 全ては望んだ結末を迎える為に── ※主人公が闇落ち?してます。 ※カクヨムやなろうでも連載しています作:皐月乃 彩月 

ここは乙女ゲームの世界でわたくしは悪役令嬢。卒業式で断罪される予定だけど……何故わたくしがヒロインを待たなきゃいけないの?

ラララキヲ
恋愛
 乙女ゲームを始めたヒロイン。その悪役令嬢の立場のわたくし。  学園に入学してからの3年間、ヒロインとわたくしの婚約者の第一王子は愛を育んで卒業式の日にわたくしを断罪する。  でも、ねぇ……?  何故それをわたくしが待たなきゃいけないの? ※細かい描写は一切無いけど一応『R15』指定に。 ◇テンプレ乙女ゲームモノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。

処理中です...