バー・ドーリー

吉野楢雄

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バー・ドーリー

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「隆夫はどうしたの?」
「バーボン飲んでまたトイレに行った」
「よっぽどバーボン好きなんだな」
「かっこいいと思ってるんだろう」
バー・ドーリーで僕たち三人はテーブルを囲んで飲んでいた。
金曜の夜、いつもの通り。
「千香呼ぼうか?」
「そうして」
雅也が携帯を取り出した。千香がすぐにやってきた。
「何飲む?」
「ファジーネーブル」
バーテンダーがすぐに運んできた。
「乾杯!」
僕と雅也はギネスを飲んでいた。アイルランドの黒ビール。お気に入りだった。
話すことは大学の講義のこと、音楽や映画のこと、小説のことが中心で、付属の看護短大の千香も楽しそうに聞いていた。
隆夫がトイレから戻ってきた。
さっそくワイルドターキーを注文しようとするのを思いとどまらせて、僕たちと同じギネスを注文させた。
「隆夫君バーボン飲んでかっこつけてるのね」
「俺はかっこつけてるんじゃなくてかっこいいんだ」
ギネスが運ばれてきて僕たちはあらためて乾杯した。
男三人女一人。
隆夫や雅也が千香をどう思っているのかは訊いたことがない。
隆夫が会長、雅也が会計、僕が副会長のテニスサークルの一員だった。
「そうそう商法の…先生が司法試験委員に選ばれたんだって」
「あのひと大家だからな」
「刑法の…先生はそろそろ退官だな」
「俺はゼミでさんざんお世話になった」
他愛のない会話をしてその夜はお開きになった。

千香はしばらくしてよその大学の学生と付き合い始めた。
「まずかったかな」
「仕方ないだろう」
「もったいないことしたな」
「それもそうだ」
雅也と話しながらギネスを飲んだ。
隆夫は相変わらずバーボンを飲んでトイレにこもっている。
「女の子呼ぼうか?」
「千香じゃない子ならいらない」
「それもそうだな」
雅也は携帯をポケットにしまった。
隆夫はしばらくして戻ってきてまたターキーを注文したが、今日は僕たちも止めなかった。
僕たち自身もバーボンを飲みたい気分だった。
「…。スコッチでも飲もうか?」と雅也。
「そうだな」
オールドパーを二つ注文してからバイクの話をした。
「SRの調子はどうだ?」
「最近は始動も慣れてきた」
「おしゃれバイクだからな」
雅也は笑って応えた。
「俺、原付買ったんだ」と隆夫。
「通学用に自転車じゃつらくてさ」
「女の子乗せられないだろ?」
「今のところ需要がなくて」
隆夫は笑い、ターキーを煽ってまた笑った。
「千香のこともショックでさ」
「お前が狙っているのかと思っていたよ」
「俺にはもったいないさ」
気分が上がらず今夜は早々に切り上げた。

その週末、雅也と峠にツーリングに出かけた。
僕のバイクは雅也と同じ400㏄だが多気筒なので雅也より少し速い。
しばらく後に山頂に到着した雅也は
「このバイク遅いよ」
「かっこつけるからだ」
「それもう勘弁してくれ」
オレンジジュースで乾杯して京都の街を眺めた。
空は青く澄み渡り、羊雲がゆっくり西の空へと流れていた。
「そろそろ帰るか」
「ああ」
今度は雅也の後をつけてゆっくりと帰宅した。

隆夫が原付で事故を起こし、集中治療室に運ばれた。
「隆夫!」
「隆夫、死ぬな!」
隆夫は一月後、無事退院してドーリーに顔を出した。
「俺、酒弱くなってさ」
そう言って隆夫は白ビールを飲んだ。
「まあ大したことにならなくてよかったよ」
そうして三人で乾杯した。

卒業間際の二月に千香がひょっこり現れた。
「男なんてもうこりごりよ」
「まあそういうな」
そうして四人で乾杯した。

卒業後、隆夫は弁護士に、雅也は学者に、僕は作家になった。
千香は隆夫と結婚して主婦をしている。
僕は新作を出すたび三人に送っている。
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