魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~

エール

文字の大きさ
上 下
27 / 42

剣の言葉

しおりを挟む
 カラエフの工房は、実際に昔、砦の一部として使用されていた建物を使っているという話だった。
 そこで働いている中で、実際の職人は七、八人程度。
 数千万ウェンを超える値がつく貴重な武具も取り扱っているため、警備を厳重にしているという。

 そんな職人達をまとめているのが、六十歳手前ぐらいの強面の男性、カラエフだ。
 体格的にはライナスよりも二回りほど小さいが(それでもミクよりは大柄)、骨格ががっしりしていて、筋肉質であることが作業服の上からでも分かった。

 クリューガブランド魔水晶を使った武器や防具の中でも、最上位に近い品をいくつも作成しているベテランの職人だ。
 そんな彼だが、ミクが連れてきた、体つきこそ大きいが、一見すると優男のライナスを見て

「……気に入らねえな……」

 と呟いたのだ。

「そんな……ライ君はいい人よ!」

 ミクがそう反論するが、彼は戸惑うライナスを、胡散臭そうに眺めるだけだった。
 工房内は広く、真っ赤に燃える炉と金床が複数存在しており、彼の弟子達が刀剣や板金を鍛錬している。

 若い女性が、しかも男連れで来ることが珍しく、しかも親方に嫌みを言われている光景が面白いのか、数人がニヤニヤしながらその光景をチラ見していた。

「……若いの、何が目的だ?」

 カラエフは、ライナスを睨み付けるように凄んだ。

「その……ここにくれば、武器や防具を直接売ってくれると聞きましたので……」

「ふうん……それでミクと二人仲良く、冒険ごっこをしようってことか……やっぱり気に入らねえ」

「そんな……ごっごじゃないよ。それに、アクト兄さんには直接売ってくれているじゃない!」

 ミクがまた反論する。

「あいつは根性があるからな、特別だ」

「ライ君だって、凄いのよ! ……多分だけど」

 ミクは、彼が戦う姿を直接見たことがない。そのため、若干弱気だ。
 その様子に、カラエフの弟子達から失笑が漏れる。

「ミク、アクト兄さんっていうのは?」

 どこかで聞いたことがあるような名前に、ライナスが興味を示した。

「ああ、言ってなかったね……ちょっと説明が長くなるから後回し。ただ、小さいときからの幼なじみで、実の兄ではないってことだけ言っておくね……今はそれよりも、ライ君が凄いってこと、証明しないと!」

 なぜかミクがムキになっていた。

「ふん……なら、根性見せてみるか? あそこに架けてある剣を鞘から引き抜けたら、認めてやってもいい」

 カラエフが指さしたその先には、石造りの壁際に、天井の丈夫そうな梁から三本の鎖で斜めに吊された、大剣の鞘があった。
 その先は、地面に付いているように感じられる。
 鍔と柄が見えることから、実際に剣が収められていることが分かる。
 鞘の幅は、今まで彼が使用していたツーハンデッドソードのそれの、軽く三倍はある。

「剣を抜いたら認めてもらえる……なんかそういう伝説ありましたね……」

「そうだな、そんなようなもんだ。だが、その剣は前に抜いた奴もいる。重いだけで、特別な細工がされているわけじゃねえ。根性さえあれば抜けるだろう」

 彼の物言いに、また弟子達から笑いが漏れた。

「……抜くだけでいいんですよね?」

「ああ、その通りだ。簡単だろう?」

 何かある、と思いながらも、確かに試験自体はシンプルで、挑発された以上、後に引くことはできない。
 ライナスはその大剣の側まで行って、柄を両手に持ち、斜め上に引っ張ってみた。
 ……思いっきり力を入れたが、わずかに左右に揺れるだけで、ピクリとも動かない。

「どうした? 根性見せるんだろう? ミクが見ているぞ!」

 嘲笑とも、冷やかしとも取れるカラエフの言葉。
 弟子達の冷ややかな視線も感じられるが、ライナスはそれに反応できないほど、とんでもなく重い剣を引き抜くことだけに集中した。

「……うおおおおぉぅ!」

 吠えるように大声を出し、彼はさらに両腕に力を込める。
 ……ほんの少し、大剣が動いたように感じられた。
 そこで気を緩めず、少しずつ、力を緩めず、斜め上にゆっくりと引き抜いていく。

「おおおっ!」

 どよめきが、工房内に広まった。
 大剣ゆえに長さもあり、先の方ほど抜くのが大変だったのだが、なんとか全て引き抜いた。
 しかし、そこまでが限界で、すぐに鞘に先端を差し直し、勢いが付かぬよう、ゆっくりと戻していった。

「……むちゃくちゃ重たい剣ですね……僕の力では、あれが限界でした……一応、刀身は全部見えたと思うのですが……」

 ライナスが、汗だくになりながらそう言葉にすると、工房内に拍手が沸き起こった。
 カラエフを除く、その工房にいた者達が、全員立ち上がって、ライナスのことを賞賛していたのだ。

「どう? ライ君、凄いでしょう!」

 ミクも得意顔で、我が事のようにカラエフに自慢した。

「ああ、正直驚いた。こいつを一人で抜いたのは、おまえが二人目だ……前の奴は、身長がニメール近くあって、筋肉の化け物みたいな奴だった……そいつも、おまえと同じく、汗だくになってようやく、という感じで抜いて、そのときは剣を取り落としちまって、元に戻すのが大変だったんだがな……もう十五年も前の話だ」

「そんなに前? じゃあ、アクト兄さんじゃないんだ?」

「ああ、アクトも挑戦したが、無理だった。まああいつは魔道剣士で、おまえ……ライナスっていったか……よりは小柄だからな。元々、力で戦うタイプじゃねえ……まあ、そんなことはどうでもいい。約束だ、仕方ねえ。武器と防具、売ってやるよ」

 カラエフは、さっきまでとは違って、やや機嫌良さげにそう言った。

「やったー! ライ君、カラエフさん、認めてくれたよ……ライ君?」

 しかし、二人の言葉は、ライナスには半分も届いていなかった。
 彼は、今さっき戻したばかりの大剣の柄を、じっと見つめていたのだ。

「……剣が……何か求めている……」

 ライナスはそう呟くと、再びその柄を両手で掴んだ。

「……ライ君、もういいんだよ?」

「いや……剣が、言っているような気がするんだ……『モット、ヨコセ……』って……」

 明らかに、ライナスの様子がおかしい。
 目の焦点も、合っていないように見えた。
 ミクも、カラエフも、そして工房の全ての者が、異様な彼の行動を、固唾を飲んで見守っている。

 やがて、彼が握る大剣の柄が、わずかにオレンジ色に輝いたように見えた。
 次の瞬間、甲高い金属の擦れる音と共に、その大剣は軽々と引き抜かれた。
 その幅広な刀身は、柄と同じく、まるで熱せられた黄金のように、わずかにオレンジ色に輝いている。

 そしてさっきまで、汗を流しながら必死に引き抜いたそれを、ライナスは軽々と胸の前に掲げ、じっと見つめていた。
 カラエフを含む、全員があっけに取られた。

「……軽い……まるで羽のようだ……」

 ライナスはそう言うと、軽く振り下ろし、地面の寸前で止めた。
 途端に、建物全体が軋むように大きく縦揺れを起こし、ライナスを除く全員が慌てふためいた。

「馬鹿野郎、お前には軽く感じられるかもしれねえが、そいつの重さは変わっていねえんだ。さっさと鞘に戻しやがれっ!」

「あ、はいっ、すみませんっ!」

 カラエフの叱責で我に返ったライナスが、慌てて剣を鞘に戻した。
 刹那、彼はめまいを覚えて、片足を床に付いた。

「……無茶しやがって……大丈夫か?」

 カラエフがライナスを気遣う。

「はい……その、体力的には大丈夫ですし、ケガもしていないと思うんですけど、ちょっとめまいがして……あと、なんていうか……徹夜明けみたいな、変な疲労感があります……」

「ふむ……」

 カラエフは一言、そう唸ると、視線をミクに向けた。

「ミク、こいつは何者だ?」

「何者って……ただ、姉さんが認めた人だとしか……」

「メルが認めた? ……それは、戦力っていう意味でか?」

「うん、そういう意味で」

 ミクの言葉を聞いて、カラエフは一度思案顔になった。
 そして今度はライナスに向き直った。

「お前、メルの『敵』について、聞いているか?」

「はい、聞いています」

「とんでもなくヤバい奴だぞ……それを知って、協力する気か?」

「はい、そのつもりです」

「そいつは、どうしてだ? 何が義理でもあるのか」

「……そうですね、詳しくは言えませんが、恩はあります。それに、僕は『騎士』になることを目指しています」

「……なるほど、騎士道ってやつか……それにしても、その剣を、一時的とはいえ使いこなせるやつが、俺の生きている間に見られるとは思わなかったぞ……いや、あまり口にして調子に乗せてもいけねえな……それに、さっきのことは、誰にも言うな……あの『敵』同様、相当ヤバいことだ……お前らも、今見たことは口外するんじゃねえぞ! バラしたら、お前ら自身の命があやうくなるぞ!」

 カラエフが工房内の弟子達を脅す。
 今見たことが信じられず唖然としていた彼らだったが、カラエフの口調があまりに真剣で、その表情も若干青ざめているように見えたので、全員、怯えながら了承の返事をするしかなかった。

「……ライ君、大丈夫?」

「ああ……もう、めまいはほとんどなくなった……疲労感はあるけど……えっと、それで、剣と防具、売ってもらえるっていう話でしたよね?」

「ああ、約束だったからな……あと、ちょくちょく寄るといい。掘り出し物があるかもしれねえからな」

 その言葉を耳にしたミクは、

(まだカラエフさん、動揺しているみたいだけど、少なくともライ君のこと、気に入ったみたい……)

 と解釈した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

強制フラグは、いりません! ~今いる世界が、誰かの二次小説の中だなんて思うかよ! JKと禁断の恋愛するなら、自力でやらせてもらうからっ!~

ハル*
ファンタジー
高校教師の俺。 いつもと同じように過ごしていたはずなのに、ある日を境にちょっとずつ何かが変わっていく。 テスト準備期間のある放課後。行き慣れた部室に向かった俺の目の前に、ぐっすり眠っているマネージャーのあの娘。 そのシチュエーションの最中、頭ん中で変な音と共に、俺の日常を変えていく声が聞こえた。 『強制フラグを、立てますか?』 その言葉自体を知らないわけじゃない。 だがしかし、そのフラグって、何に対してなんだ? 聞いたことがない声。聞こえてくる場所も、ハッキリしない。 混乱する俺に、さっきの声が繰り返された。 しかも、ちょっとだけ違うセリフで。 『強制フラグを立てますよ? いいですね?』 その変化は、目の前の彼女の名前を呼んだ瞬間に訪れた。 「今日って、そんなに疲れるようなことあったか?」 今まで感じたことがない違和感に、さっさと目の前のことを終わらせようとした俺。 結論づけた瞬間、俺の体が勝手に動いた。 『強制フラグを立てました』 その声と、ほぼ同時に。 高校教師の俺が、自分の気持ちに反する行動を勝手に決めつけられながら、 女子高生と禁断の恋愛? しかも、勝手に決めつけているのが、どこぞの誰かが書いている某アプリの二次小説の作者って……。 いやいや。俺、そんなセリフ言わないし! 甘い言葉だなんて、吐いたことないのに、勝手に言わせないでくれって! 俺のイメージが崩れる一方なんだけど! ……でも、この娘、いい子なんだよな。 っていうか、この娘を嫌うようなやつなんて、いるのか? 「ごめんなさい。……センセイは、先生なのに。好きに…なっちゃ、だめなのに」 このセリフは、彼女の本心か? それともこれも俺と彼女の恋愛フラグが立たせられているせい? 誰かの二次小説の中で振り回される高校教師と女子高生の恋愛物語が、今、はじまる。

女神様の使い、5歳からやってます

めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。 「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」 女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに? 優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕! 基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。 戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

家族もチート!?な貴族に転生しました。

夢見
ファンタジー
月神 詩は神の手違いで死んでしまった… そのお詫びにチート付きで異世界に転生することになった。 詩は異世界何を思い、何をするのかそれは誰にも分からない。 ※※※※※※※※※ チート過ぎる転生貴族の改訂版です。 内容がものすごく変わっている部分と変わっていない部分が入り交じっております ※※※※※※※※※

処理中です...