魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~

エール

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剣の言葉

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 カラエフの工房は、実際に昔、砦の一部として使用されていた建物を使っているという話だった。
 そこで働いている中で、実際の職人は七、八人程度。
 数千万ウェンを超える値がつく貴重な武具も取り扱っているため、警備を厳重にしているという。

 そんな職人達をまとめているのが、六十歳手前ぐらいの強面の男性、カラエフだ。
 体格的にはライナスよりも二回りほど小さいが(それでもミクよりは大柄)、骨格ががっしりしていて、筋肉質であることが作業服の上からでも分かった。

 クリューガブランド魔水晶を使った武器や防具の中でも、最上位に近い品をいくつも作成しているベテランの職人だ。
 そんな彼だが、ミクが連れてきた、体つきこそ大きいが、一見すると優男のライナスを見て

「……気に入らねえな……」

 と呟いたのだ。

「そんな……ライ君はいい人よ!」

 ミクがそう反論するが、彼は戸惑うライナスを、胡散臭そうに眺めるだけだった。
 工房内は広く、真っ赤に燃える炉と金床が複数存在しており、彼の弟子達が刀剣や板金を鍛錬している。

 若い女性が、しかも男連れで来ることが珍しく、しかも親方に嫌みを言われている光景が面白いのか、数人がニヤニヤしながらその光景をチラ見していた。

「……若いの、何が目的だ?」

 カラエフは、ライナスを睨み付けるように凄んだ。

「その……ここにくれば、武器や防具を直接売ってくれると聞きましたので……」

「ふうん……それでミクと二人仲良く、冒険ごっこをしようってことか……やっぱり気に入らねえ」

「そんな……ごっごじゃないよ。それに、アクト兄さんには直接売ってくれているじゃない!」

 ミクがまた反論する。

「あいつは根性があるからな、特別だ」

「ライ君だって、凄いのよ! ……多分だけど」

 ミクは、彼が戦う姿を直接見たことがない。そのため、若干弱気だ。
 その様子に、カラエフの弟子達から失笑が漏れる。

「ミク、アクト兄さんっていうのは?」

 どこかで聞いたことがあるような名前に、ライナスが興味を示した。

「ああ、言ってなかったね……ちょっと説明が長くなるから後回し。ただ、小さいときからの幼なじみで、実の兄ではないってことだけ言っておくね……今はそれよりも、ライ君が凄いってこと、証明しないと!」

 なぜかミクがムキになっていた。

「ふん……なら、根性見せてみるか? あそこに架けてある剣を鞘から引き抜けたら、認めてやってもいい」

 カラエフが指さしたその先には、石造りの壁際に、天井の丈夫そうな梁から三本の鎖で斜めに吊された、大剣の鞘があった。
 その先は、地面に付いているように感じられる。
 鍔と柄が見えることから、実際に剣が収められていることが分かる。
 鞘の幅は、今まで彼が使用していたツーハンデッドソードのそれの、軽く三倍はある。

「剣を抜いたら認めてもらえる……なんかそういう伝説ありましたね……」

「そうだな、そんなようなもんだ。だが、その剣は前に抜いた奴もいる。重いだけで、特別な細工がされているわけじゃねえ。根性さえあれば抜けるだろう」

 彼の物言いに、また弟子達から笑いが漏れた。

「……抜くだけでいいんですよね?」

「ああ、その通りだ。簡単だろう?」

 何かある、と思いながらも、確かに試験自体はシンプルで、挑発された以上、後に引くことはできない。
 ライナスはその大剣の側まで行って、柄を両手に持ち、斜め上に引っ張ってみた。
 ……思いっきり力を入れたが、わずかに左右に揺れるだけで、ピクリとも動かない。

「どうした? 根性見せるんだろう? ミクが見ているぞ!」

 嘲笑とも、冷やかしとも取れるカラエフの言葉。
 弟子達の冷ややかな視線も感じられるが、ライナスはそれに反応できないほど、とんでもなく重い剣を引き抜くことだけに集中した。

「……うおおおおぉぅ!」

 吠えるように大声を出し、彼はさらに両腕に力を込める。
 ……ほんの少し、大剣が動いたように感じられた。
 そこで気を緩めず、少しずつ、力を緩めず、斜め上にゆっくりと引き抜いていく。

「おおおっ!」

 どよめきが、工房内に広まった。
 大剣ゆえに長さもあり、先の方ほど抜くのが大変だったのだが、なんとか全て引き抜いた。
 しかし、そこまでが限界で、すぐに鞘に先端を差し直し、勢いが付かぬよう、ゆっくりと戻していった。

「……むちゃくちゃ重たい剣ですね……僕の力では、あれが限界でした……一応、刀身は全部見えたと思うのですが……」

 ライナスが、汗だくになりながらそう言葉にすると、工房内に拍手が沸き起こった。
 カラエフを除く、その工房にいた者達が、全員立ち上がって、ライナスのことを賞賛していたのだ。

「どう? ライ君、凄いでしょう!」

 ミクも得意顔で、我が事のようにカラエフに自慢した。

「ああ、正直驚いた。こいつを一人で抜いたのは、おまえが二人目だ……前の奴は、身長がニメール近くあって、筋肉の化け物みたいな奴だった……そいつも、おまえと同じく、汗だくになってようやく、という感じで抜いて、そのときは剣を取り落としちまって、元に戻すのが大変だったんだがな……もう十五年も前の話だ」

「そんなに前? じゃあ、アクト兄さんじゃないんだ?」

「ああ、アクトも挑戦したが、無理だった。まああいつは魔道剣士で、おまえ……ライナスっていったか……よりは小柄だからな。元々、力で戦うタイプじゃねえ……まあ、そんなことはどうでもいい。約束だ、仕方ねえ。武器と防具、売ってやるよ」

 カラエフは、さっきまでとは違って、やや機嫌良さげにそう言った。

「やったー! ライ君、カラエフさん、認めてくれたよ……ライ君?」

 しかし、二人の言葉は、ライナスには半分も届いていなかった。
 彼は、今さっき戻したばかりの大剣の柄を、じっと見つめていたのだ。

「……剣が……何か求めている……」

 ライナスはそう呟くと、再びその柄を両手で掴んだ。

「……ライ君、もういいんだよ?」

「いや……剣が、言っているような気がするんだ……『モット、ヨコセ……』って……」

 明らかに、ライナスの様子がおかしい。
 目の焦点も、合っていないように見えた。
 ミクも、カラエフも、そして工房の全ての者が、異様な彼の行動を、固唾を飲んで見守っている。

 やがて、彼が握る大剣の柄が、わずかにオレンジ色に輝いたように見えた。
 次の瞬間、甲高い金属の擦れる音と共に、その大剣は軽々と引き抜かれた。
 その幅広な刀身は、柄と同じく、まるで熱せられた黄金のように、わずかにオレンジ色に輝いている。

 そしてさっきまで、汗を流しながら必死に引き抜いたそれを、ライナスは軽々と胸の前に掲げ、じっと見つめていた。
 カラエフを含む、全員があっけに取られた。

「……軽い……まるで羽のようだ……」

 ライナスはそう言うと、軽く振り下ろし、地面の寸前で止めた。
 途端に、建物全体が軋むように大きく縦揺れを起こし、ライナスを除く全員が慌てふためいた。

「馬鹿野郎、お前には軽く感じられるかもしれねえが、そいつの重さは変わっていねえんだ。さっさと鞘に戻しやがれっ!」

「あ、はいっ、すみませんっ!」

 カラエフの叱責で我に返ったライナスが、慌てて剣を鞘に戻した。
 刹那、彼はめまいを覚えて、片足を床に付いた。

「……無茶しやがって……大丈夫か?」

 カラエフがライナスを気遣う。

「はい……その、体力的には大丈夫ですし、ケガもしていないと思うんですけど、ちょっとめまいがして……あと、なんていうか……徹夜明けみたいな、変な疲労感があります……」

「ふむ……」

 カラエフは一言、そう唸ると、視線をミクに向けた。

「ミク、こいつは何者だ?」

「何者って……ただ、姉さんが認めた人だとしか……」

「メルが認めた? ……それは、戦力っていう意味でか?」

「うん、そういう意味で」

 ミクの言葉を聞いて、カラエフは一度思案顔になった。
 そして今度はライナスに向き直った。

「お前、メルの『敵』について、聞いているか?」

「はい、聞いています」

「とんでもなくヤバい奴だぞ……それを知って、協力する気か?」

「はい、そのつもりです」

「そいつは、どうしてだ? 何が義理でもあるのか」

「……そうですね、詳しくは言えませんが、恩はあります。それに、僕は『騎士』になることを目指しています」

「……なるほど、騎士道ってやつか……それにしても、その剣を、一時的とはいえ使いこなせるやつが、俺の生きている間に見られるとは思わなかったぞ……いや、あまり口にして調子に乗せてもいけねえな……それに、さっきのことは、誰にも言うな……あの『敵』同様、相当ヤバいことだ……お前らも、今見たことは口外するんじゃねえぞ! バラしたら、お前ら自身の命があやうくなるぞ!」

 カラエフが工房内の弟子達を脅す。
 今見たことが信じられず唖然としていた彼らだったが、カラエフの口調があまりに真剣で、その表情も若干青ざめているように見えたので、全員、怯えながら了承の返事をするしかなかった。

「……ライ君、大丈夫?」

「ああ……もう、めまいはほとんどなくなった……疲労感はあるけど……えっと、それで、剣と防具、売ってもらえるっていう話でしたよね?」

「ああ、約束だったからな……あと、ちょくちょく寄るといい。掘り出し物があるかもしれねえからな」

 その言葉を耳にしたミクは、

(まだカラエフさん、動揺しているみたいだけど、少なくともライ君のこと、気に入ったみたい……)

 と解釈した。
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