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第10話 毒キノコ
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「……まず、状況を整理してみましょうか……」
ジルさんが、やや疲れたようにそう口にした。
「……ごめんなさい、こんなことになったのは、ハンターとしての私の責任です。二人だけでも逃げてもらおうと思ったんですけど……」
ユナがうなだれて、力なくそう話した。
「いえ、それを言うなら、巻き込んでしまった私の責任の方が大きいでしょう。元はと言えば、ホシクズダケを取りに行こうと言い出したのが発端なのですから」
ジルさんも元気がない。
「……いえ、ジルさんの責任ということはないです。俺もユナも、お金で雇われているわけですから……それに、まだ大した損害は出ていない。ランタン一個と、ダガーナイフ一本ぐらいだ」
「……逃げちゃった馬の代金はどうするの?」
「あ……どうしよう……」
素で困ったそぶりを見せた俺に、一呼吸置いて、ユナもジルさんも笑った。
「レンタルの馬は、まあお金で解決できるでしょう。保険もあったと思いますし、大したことはない。私がなんとかします」
「……いえ、ジルさん。それだけじゃなく、帰りの足が無くなったというのはちょっと痛いです。歩いて帰れない距離ではないですが、竜がいなくなったタイミングで逃げようとしても、追いつかれる可能性が高くなる」
「……なるほど。タクヤさんは冷静ですね……」
褒められたが、それを喜んでいる暇はない。
「……ユナ、竜って夜はどうしているんだ?」
「普通、巣穴で寝てるわ」
「……今回の場合、巣穴がこの洞窟って訳か……ジルさん、他に出口ってないですか?」
「ええ……この洞窟、ずっと奥まで続いていて、その全容は未だに分かっていないのですが、少なくとも別の出口の存在は確認されていません」
「……ということは、案の一つとして、寝ている竜の脇をこっそりと通り抜ける?」
「無理! 竜は耳も鼻もいいから、絶対に気付かれるわ!」
「……だよな。となれば、昼間、竜が餌を求めて外に出ているときに抜け出して、そのまま逃げるしかないか……」
「……かなり、危険な賭になるわね。ある程度空を飛べるようになっている真竜に対して、こっちは遮る物が何もない台地を、馬なしで走って逃げる訳だから。上空から見つかったらそれで終わり、ね……」
「……あの竜、翼に怪我をしていて、それが治りかけているように見えました。そして完全に治ったならば、この洞窟を捨てて、別の場所に移動するとは考えられませんか?」
ジルさんが、医者らしい視点でそう提案する。
「……確かに、竜がここに留まっている意味、ないですね……でも、それだと長期戦になるかも」
ユナも思案顔だ。
「……その場合、水や食料、大丈夫かな……」
「ここは鍾乳洞なので、ちょっと奥に行けば綺麗な水がいくらでも手に入ります。あと、小魚が泳いでいるので、食料とすることもできるでしょう。いざとなれば、コウモリも食べられます」
「コ、コウモリ? 私は魚でいいです……」
本気で拒否するユナを見て、俺もジルさんも、ちょっと笑った。
「あと、奥にホシクズダケもたくさん生えているはずです。見た目はちょっと悪いですが、味はなかなかですよ」
「……なるほど。水と食料があって、気温もそれほど低くないから、寝泊まりは出来そうだ……数日なら持ちこたえられるか……」
「……その間、お風呂にも入れないのね……」
「この奥に、小さな泉がありますから、そこで水浴びなら出来ますよ」
ジルさんのその言葉を聞いて、ユナはちょっと目を輝かせた。
「泉!? 水浴び!? ……あ、でも、ジルさんはともかく、タクは覗きそうだからちょっと躊躇するわね……」
「そんなことしないって!」
ムキになる俺に、ユナもジルさんも笑う。
さっきまでの生死の境をくぐり抜けた緊張感は、ややほぐれてきたようだ。
「……少し休んだら、もうちょっと奥に行ってみましょう。本道と合流しますが、そこまでの道はやや細くなっていますから、竜が来る心配もありません」
ジルさんの言葉に従い、十分休息を取ってから、俺達は洞窟の奥へと進んだ。
「……わあ、きれい……」
五分ほど歩き、広間となっているその空間に出て、ユナは声を上げた。
壁面と天上が、緑色の蛍光を発している。
夜空一面に明るい星屑がちりばめられているような光景だった。
「……ホシクズダケの群生地です。良かった、以前と変わらず……いえ、それ以上に増えている」
「……なるほど、なぜホシクズダケっていうのか、分かるような気がします……」
俺も思わず見入ってしまった。
「じゃあ、早速取りましょう!」
と、ユナが光るキノコの一つに手を伸ばしたが……。
「ダメです、それは違う! 猛毒の『ニセホシクズダケ』です!」
と、ジルさんが止めた。
猛毒、と聞いて、思わず手を引っ込めるユナ。
「……意外に思うかもしれませんが、赤っぽく、いかにも毒々しい傘の表面をしているのがホシクズダケで、地味な方が毒キノコのニセホシクズダケです。両方とも、傘の裏側が光るのですが、ニセの方は光がかなり弱いので、それでも違いがわかります」
「……そうなんですね……本当に、傘の色だけ見たら逆のように思える……猛毒って、食べるとどうなるんですか?」
ちょっと興味がある。
「このキノコ、少し触れたぐらいなら大丈夫ですが、口の中に入れてしばらく咀嚼し続けると、口の中が焼けたように爛れて、激しい痛みをともなった炎症を起こします。飲み込んだりしようものなら、胃の内部が焼けただれ、もがき苦しんだあげく、最悪の場合、命を落とします」
その恐ろしい症状に、聞いただけでぞっとした。
ユナも、ちょっと顔を引きつらせている。
「……これって、竜にも有効ですか?」
「竜? いや、竜はキノコなんか食べないでしょう」
「いえ、さっきのダガーみたいに、口の中に放り込めないかなと思って……」
俺の、ほんの思いつきの提案だったが、ジルさんはしばらく何か考えて、ニセの方のホシクズダケを採取し、持っていた小さな三角の瓶みたいなものに入れていた。
「……それは……」
「これは、ここの水を研究用に持って帰ろうと思っていたのですが、今のタクヤさんの話を聞いて、ちょっと思いついたことがあるのです……水と、ニセホシクズダケと、消化酵素としてほんの少し唾液を入れて……ちょうどいい、小さいが結晶もある」
と、ジルさんは、壁についていた、米粒ほどの青い水晶のような物を、ナイフを使って取り出した。
「これが、魔鉱石の結晶です。ごく小さいので売り物にはなりませんが……これもこの瓶の中に入れます……これで、竜に一矢報いることができるかもしれない」
「……やっぱり、口の中に入れるのですか?」
「すぐに吐き出されて終わりだとは思いますが……もし飲み込んでくれたならば、ひょっとしたら通用するかもしれない」
「魔鉱石を入れるのは、どうしてですか?」
ユナも興味津々だ。
「……この魔鉱石、あらゆる反応を促進する、触媒なんです。酸はより強力になるし、塩素は漂白力が数段強くなる。この炎症を起こす毒キノコの成分も、より作用が強くなるはずです」
「なるほど……さすがお医者様だ……」
俺は素直に感心した。
「……まあ、このぐらいの努力はしないと。なんとしても、三人で無事にこの洞窟を抜けて、村にホシクズダケを届けましょう!」
ジルさんが、力強く宣言する。
その言葉の裏には、自分達の帰りを、そして病気の特効薬であるこのキノコを待ちわびる、アイシスさんへの強い思いが潜んでいるのだろう、と、俺は嬉しく思った。
そこで、俺は密かに、『究極縁結能力者』の能力を発動した。
今、彼とアイシスさんを繋ぐ『運命の糸』が、どのぐらいはっきり見えるかを知りたかったのだ。
「……えっ?」
俺は、目を疑った。
ジルさんから発せられるオーラが、より鮮明に見える。
そしてそれらから伸びる糸が、一本のくっきりと見える赤い光となり……美しいカーブを描いて、奥に続く複数の穴の一つにつながっていたのだ。
目をこすり、もう一度よく見てみる。
……俺の能力が高まったのか、それともジルさんの思いが閾値を突破したのか。
今までは、『最高の結婚相手』の居る方角に真っ直ぐ延びるだけだった光の糸。
それが、まるで命があるかのように、運命の相手に出会うための道を指し示していたのだ。
ジルさんが、やや疲れたようにそう口にした。
「……ごめんなさい、こんなことになったのは、ハンターとしての私の責任です。二人だけでも逃げてもらおうと思ったんですけど……」
ユナがうなだれて、力なくそう話した。
「いえ、それを言うなら、巻き込んでしまった私の責任の方が大きいでしょう。元はと言えば、ホシクズダケを取りに行こうと言い出したのが発端なのですから」
ジルさんも元気がない。
「……いえ、ジルさんの責任ということはないです。俺もユナも、お金で雇われているわけですから……それに、まだ大した損害は出ていない。ランタン一個と、ダガーナイフ一本ぐらいだ」
「……逃げちゃった馬の代金はどうするの?」
「あ……どうしよう……」
素で困ったそぶりを見せた俺に、一呼吸置いて、ユナもジルさんも笑った。
「レンタルの馬は、まあお金で解決できるでしょう。保険もあったと思いますし、大したことはない。私がなんとかします」
「……いえ、ジルさん。それだけじゃなく、帰りの足が無くなったというのはちょっと痛いです。歩いて帰れない距離ではないですが、竜がいなくなったタイミングで逃げようとしても、追いつかれる可能性が高くなる」
「……なるほど。タクヤさんは冷静ですね……」
褒められたが、それを喜んでいる暇はない。
「……ユナ、竜って夜はどうしているんだ?」
「普通、巣穴で寝てるわ」
「……今回の場合、巣穴がこの洞窟って訳か……ジルさん、他に出口ってないですか?」
「ええ……この洞窟、ずっと奥まで続いていて、その全容は未だに分かっていないのですが、少なくとも別の出口の存在は確認されていません」
「……ということは、案の一つとして、寝ている竜の脇をこっそりと通り抜ける?」
「無理! 竜は耳も鼻もいいから、絶対に気付かれるわ!」
「……だよな。となれば、昼間、竜が餌を求めて外に出ているときに抜け出して、そのまま逃げるしかないか……」
「……かなり、危険な賭になるわね。ある程度空を飛べるようになっている真竜に対して、こっちは遮る物が何もない台地を、馬なしで走って逃げる訳だから。上空から見つかったらそれで終わり、ね……」
「……あの竜、翼に怪我をしていて、それが治りかけているように見えました。そして完全に治ったならば、この洞窟を捨てて、別の場所に移動するとは考えられませんか?」
ジルさんが、医者らしい視点でそう提案する。
「……確かに、竜がここに留まっている意味、ないですね……でも、それだと長期戦になるかも」
ユナも思案顔だ。
「……その場合、水や食料、大丈夫かな……」
「ここは鍾乳洞なので、ちょっと奥に行けば綺麗な水がいくらでも手に入ります。あと、小魚が泳いでいるので、食料とすることもできるでしょう。いざとなれば、コウモリも食べられます」
「コ、コウモリ? 私は魚でいいです……」
本気で拒否するユナを見て、俺もジルさんも、ちょっと笑った。
「あと、奥にホシクズダケもたくさん生えているはずです。見た目はちょっと悪いですが、味はなかなかですよ」
「……なるほど。水と食料があって、気温もそれほど低くないから、寝泊まりは出来そうだ……数日なら持ちこたえられるか……」
「……その間、お風呂にも入れないのね……」
「この奥に、小さな泉がありますから、そこで水浴びなら出来ますよ」
ジルさんのその言葉を聞いて、ユナはちょっと目を輝かせた。
「泉!? 水浴び!? ……あ、でも、ジルさんはともかく、タクは覗きそうだからちょっと躊躇するわね……」
「そんなことしないって!」
ムキになる俺に、ユナもジルさんも笑う。
さっきまでの生死の境をくぐり抜けた緊張感は、ややほぐれてきたようだ。
「……少し休んだら、もうちょっと奥に行ってみましょう。本道と合流しますが、そこまでの道はやや細くなっていますから、竜が来る心配もありません」
ジルさんの言葉に従い、十分休息を取ってから、俺達は洞窟の奥へと進んだ。
「……わあ、きれい……」
五分ほど歩き、広間となっているその空間に出て、ユナは声を上げた。
壁面と天上が、緑色の蛍光を発している。
夜空一面に明るい星屑がちりばめられているような光景だった。
「……ホシクズダケの群生地です。良かった、以前と変わらず……いえ、それ以上に増えている」
「……なるほど、なぜホシクズダケっていうのか、分かるような気がします……」
俺も思わず見入ってしまった。
「じゃあ、早速取りましょう!」
と、ユナが光るキノコの一つに手を伸ばしたが……。
「ダメです、それは違う! 猛毒の『ニセホシクズダケ』です!」
と、ジルさんが止めた。
猛毒、と聞いて、思わず手を引っ込めるユナ。
「……意外に思うかもしれませんが、赤っぽく、いかにも毒々しい傘の表面をしているのがホシクズダケで、地味な方が毒キノコのニセホシクズダケです。両方とも、傘の裏側が光るのですが、ニセの方は光がかなり弱いので、それでも違いがわかります」
「……そうなんですね……本当に、傘の色だけ見たら逆のように思える……猛毒って、食べるとどうなるんですか?」
ちょっと興味がある。
「このキノコ、少し触れたぐらいなら大丈夫ですが、口の中に入れてしばらく咀嚼し続けると、口の中が焼けたように爛れて、激しい痛みをともなった炎症を起こします。飲み込んだりしようものなら、胃の内部が焼けただれ、もがき苦しんだあげく、最悪の場合、命を落とします」
その恐ろしい症状に、聞いただけでぞっとした。
ユナも、ちょっと顔を引きつらせている。
「……これって、竜にも有効ですか?」
「竜? いや、竜はキノコなんか食べないでしょう」
「いえ、さっきのダガーみたいに、口の中に放り込めないかなと思って……」
俺の、ほんの思いつきの提案だったが、ジルさんはしばらく何か考えて、ニセの方のホシクズダケを採取し、持っていた小さな三角の瓶みたいなものに入れていた。
「……それは……」
「これは、ここの水を研究用に持って帰ろうと思っていたのですが、今のタクヤさんの話を聞いて、ちょっと思いついたことがあるのです……水と、ニセホシクズダケと、消化酵素としてほんの少し唾液を入れて……ちょうどいい、小さいが結晶もある」
と、ジルさんは、壁についていた、米粒ほどの青い水晶のような物を、ナイフを使って取り出した。
「これが、魔鉱石の結晶です。ごく小さいので売り物にはなりませんが……これもこの瓶の中に入れます……これで、竜に一矢報いることができるかもしれない」
「……やっぱり、口の中に入れるのですか?」
「すぐに吐き出されて終わりだとは思いますが……もし飲み込んでくれたならば、ひょっとしたら通用するかもしれない」
「魔鉱石を入れるのは、どうしてですか?」
ユナも興味津々だ。
「……この魔鉱石、あらゆる反応を促進する、触媒なんです。酸はより強力になるし、塩素は漂白力が数段強くなる。この炎症を起こす毒キノコの成分も、より作用が強くなるはずです」
「なるほど……さすがお医者様だ……」
俺は素直に感心した。
「……まあ、このぐらいの努力はしないと。なんとしても、三人で無事にこの洞窟を抜けて、村にホシクズダケを届けましょう!」
ジルさんが、力強く宣言する。
その言葉の裏には、自分達の帰りを、そして病気の特効薬であるこのキノコを待ちわびる、アイシスさんへの強い思いが潜んでいるのだろう、と、俺は嬉しく思った。
そこで、俺は密かに、『究極縁結能力者』の能力を発動した。
今、彼とアイシスさんを繋ぐ『運命の糸』が、どのぐらいはっきり見えるかを知りたかったのだ。
「……えっ?」
俺は、目を疑った。
ジルさんから発せられるオーラが、より鮮明に見える。
そしてそれらから伸びる糸が、一本のくっきりと見える赤い光となり……美しいカーブを描いて、奥に続く複数の穴の一つにつながっていたのだ。
目をこすり、もう一度よく見てみる。
……俺の能力が高まったのか、それともジルさんの思いが閾値を突破したのか。
今までは、『最高の結婚相手』の居る方角に真っ直ぐ延びるだけだった光の糸。
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