上 下
10 / 72

第10話 毒キノコ

しおりを挟む
「……まず、状況を整理してみましょうか……」

 ジルさんが、やや疲れたようにそう口にした。

「……ごめんなさい、こんなことになったのは、ハンターとしての私の責任です。二人だけでも逃げてもらおうと思ったんですけど……」

 ユナがうなだれて、力なくそう話した。

「いえ、それを言うなら、巻き込んでしまった私の責任の方が大きいでしょう。元はと言えば、ホシクズダケを取りに行こうと言い出したのが発端なのですから」

 ジルさんも元気がない。

「……いえ、ジルさんの責任ということはないです。俺もユナも、お金で雇われているわけですから……それに、まだ大した損害は出ていない。ランタン一個と、ダガーナイフ一本ぐらいだ」

「……逃げちゃった馬の代金はどうするの?」

「あ……どうしよう……」

 素で困ったそぶりを見せた俺に、一呼吸置いて、ユナもジルさんも笑った。

「レンタルの馬は、まあお金で解決できるでしょう。保険もあったと思いますし、大したことはない。私がなんとかします」

「……いえ、ジルさん。それだけじゃなく、帰りの足が無くなったというのはちょっと痛いです。歩いて帰れない距離ではないですが、竜がいなくなったタイミングで逃げようとしても、追いつかれる可能性が高くなる」

「……なるほど。タクヤさんは冷静ですね……」

 褒められたが、それを喜んでいる暇はない。

「……ユナ、竜って夜はどうしているんだ?」

「普通、巣穴で寝てるわ」

「……今回の場合、巣穴がこの洞窟って訳か……ジルさん、他に出口ってないですか?」

「ええ……この洞窟、ずっと奥まで続いていて、その全容は未だに分かっていないのですが、少なくとも別の出口の存在は確認されていません」

「……ということは、案の一つとして、寝ている竜の脇をこっそりと通り抜ける?」

「無理! 竜は耳も鼻もいいから、絶対に気付かれるわ!」

「……だよな。となれば、昼間、竜が餌を求めて外に出ているときに抜け出して、そのまま逃げるしかないか……」

「……かなり、危険な賭になるわね。ある程度空を飛べるようになっている真竜に対して、こっちは遮る物が何もない台地を、馬なしで走って逃げる訳だから。上空から見つかったらそれで終わり、ね……」

「……あの竜、翼に怪我をしていて、それが治りかけているように見えました。そして完全に治ったならば、この洞窟を捨てて、別の場所に移動するとは考えられませんか?」

 ジルさんが、医者らしい視点でそう提案する。

「……確かに、竜がここに留まっている意味、ないですね……でも、それだと長期戦になるかも」

 ユナも思案顔だ。

「……その場合、水や食料、大丈夫かな……」

「ここは鍾乳洞なので、ちょっと奥に行けば綺麗な水がいくらでも手に入ります。あと、小魚が泳いでいるので、食料とすることもできるでしょう。いざとなれば、コウモリも食べられます」

「コ、コウモリ? 私は魚でいいです……」

 本気で拒否するユナを見て、俺もジルさんも、ちょっと笑った。

「あと、奥にホシクズダケもたくさん生えているはずです。見た目はちょっと悪いですが、味はなかなかですよ」

「……なるほど。水と食料があって、気温もそれほど低くないから、寝泊まりは出来そうだ……数日なら持ちこたえられるか……」

「……その間、お風呂にも入れないのね……」

「この奥に、小さな泉がありますから、そこで水浴びなら出来ますよ」

 ジルさんのその言葉を聞いて、ユナはちょっと目を輝かせた。

「泉!? 水浴び!? ……あ、でも、ジルさんはともかく、タクは覗きそうだからちょっと躊躇ちゅうちょするわね……」

「そんなことしないって!」

 ムキになる俺に、ユナもジルさんも笑う。
 さっきまでの生死の境をくぐり抜けた緊張感は、ややほぐれてきたようだ。

「……少し休んだら、もうちょっと奥に行ってみましょう。本道と合流しますが、そこまでの道はやや細くなっていますから、竜が来る心配もありません」

 ジルさんの言葉に従い、十分休息を取ってから、俺達は洞窟の奥へと進んだ。

「……わあ、きれい……」

 五分ほど歩き、広間となっているその空間に出て、ユナは声を上げた。
 壁面と天上が、緑色の蛍光を発している。
 夜空一面に明るい星屑がちりばめられているような光景だった。

「……ホシクズダケの群生地です。良かった、以前と変わらず……いえ、それ以上に増えている」

「……なるほど、なぜホシクズダケっていうのか、分かるような気がします……」

 俺も思わず見入ってしまった。

「じゃあ、早速取りましょう!」

 と、ユナが光るキノコの一つに手を伸ばしたが……。

「ダメです、それは違う! 猛毒の『ニセホシクズダケ』です!」

 と、ジルさんが止めた。
 猛毒、と聞いて、思わず手を引っ込めるユナ。

「……意外に思うかもしれませんが、赤っぽく、いかにも毒々しい傘の表面をしているのがホシクズダケで、地味な方が毒キノコのニセホシクズダケです。両方とも、傘の裏側が光るのですが、ニセの方は光がかなり弱いので、それでも違いがわかります」

「……そうなんですね……本当に、傘の色だけ見たら逆のように思える……猛毒って、食べるとどうなるんですか?」

 ちょっと興味がある。

「このキノコ、少し触れたぐらいなら大丈夫ですが、口の中に入れてしばらく咀嚼し続けると、口の中が焼けたようにただれて、激しい痛みをともなった炎症を起こします。飲み込んだりしようものなら、胃の内部が焼けただれ、もがき苦しんだあげく、最悪の場合、命を落とします」

 その恐ろしい症状に、聞いただけでぞっとした。
 ユナも、ちょっと顔を引きつらせている。

「……これって、竜にも有効ですか?」

「竜? いや、竜はキノコなんか食べないでしょう」

「いえ、さっきのダガーみたいに、口の中に放り込めないかなと思って……」

 俺の、ほんの思いつきの提案だったが、ジルさんはしばらく何か考えて、ニセの方のホシクズダケを採取し、持っていた小さな三角の瓶みたいなものに入れていた。

「……それは……」

「これは、ここの水を研究用に持って帰ろうと思っていたのですが、今のタクヤさんの話を聞いて、ちょっと思いついたことがあるのです……水と、ニセホシクズダケと、消化酵素としてほんの少し唾液を入れて……ちょうどいい、小さいが結晶もある」

 と、ジルさんは、壁についていた、米粒ほどの青い水晶のような物を、ナイフを使って取り出した。

「これが、魔鉱石の結晶です。ごく小さいので売り物にはなりませんが……これもこの瓶の中に入れます……これで、竜に一矢報いることができるかもしれない」

「……やっぱり、口の中に入れるのですか?」

「すぐに吐き出されて終わりだとは思いますが……もし飲み込んでくれたならば、ひょっとしたら通用するかもしれない」

「魔鉱石を入れるのは、どうしてですか?」

 ユナも興味津々だ。

「……この魔鉱石、あらゆる反応を促進する、触媒なんです。酸はより強力になるし、塩素は漂白力が数段強くなる。この炎症を起こす毒キノコの成分も、より作用が強くなるはずです」

「なるほど……さすがお医者様だ……」

 俺は素直に感心した。

「……まあ、このぐらいの努力はしないと。なんとしても、三人で無事にこの洞窟を抜けて、村にホシクズダケを届けましょう!」

 ジルさんが、力強く宣言する。

 その言葉の裏には、自分達の帰りを、そして病気の特効薬であるこのキノコを待ちわびる、アイシスさんへの強い思いが潜んでいるのだろう、と、俺は嬉しく思った。

 そこで、俺は密かに、『究極縁結能力者アルティメイト・キュービッド』の能力を発動した。

 今、彼とアイシスさんを繋ぐ『運命の糸』が、どのぐらいはっきり見えるかを知りたかったのだ。

「……えっ?」

 俺は、目を疑った。
 ジルさんから発せられるオーラが、より鮮明に見える。

 そしてそれらから伸びる糸が、一本のくっきりと見える赤い光となり……美しいカーブを描いて、奥に続く複数の穴の一つにつながっていたのだ。

 目をこすり、もう一度よく見てみる。

 ……俺の能力が高まったのか、それともジルさんの思いが閾値を突破したのか。
 今までは、『最高の結婚相手』の居る方角に真っ直ぐ延びるだけだった光の糸。
 それが、まるで命があるかのように、運命の相手に出会うためのルートを指し示していたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

悪役令嬢の私は死にました

つくも茄子
ファンタジー
公爵家の娘である私は死にました。 何故か休学中で婚約者が浮気をし、「真実の愛」と宣い、浮気相手の男爵令嬢を私が虐めたと馬鹿げた事の言い放ち、学園祭の真っ最中に婚約破棄を発表したそうです。残念ながら私はその時、ちょうど息を引き取ったのですけれど……。その後の展開?さぁ、亡くなった私は知りません。 世間では悲劇の令嬢として死んだ公爵令嬢は「大聖女フラン」として数百年を生きる。 長生きの先輩、ゴールド枢機卿との出会い。 公爵令嬢だった頃の友人との再会。 いつの間にか家族は国を立ち上げ、公爵一家から国王一家へ。 可愛い姪っ子が私の二の舞になった挙句に同じように聖女の道を歩み始めるし、姪っ子は王女なのに聖女でいいの?と思っていたら次々と厄介事が……。 海千山千の枢機卿団に勇者召喚。 第二の人生も波瀾万丈に包まれていた。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

【完結】ちびっこ錬金術師は愛される

あろえ
ファンタジー
「もう大丈夫だから。もう、大丈夫だから……」 生死を彷徨い続けた子供のジルは、献身的に看病してくれた姉エリスと、エリクサーを譲ってくれた錬金術師アーニャのおかげで、苦しめられた呪いから解放される。 三年にわたって寝込み続けたジルは、その間に蘇った前世の記憶を夢だと勘違いした。朧げな記憶には、不器用な父親と料理を作った思い出しかないものの、料理と錬金術の作業が似ていることから、恩を返すために錬金術師を目指す。 しかし、錬金術ギルドで試験を受けていると、エリクサーにまつわる不思議な疑問が浮かび上がってきて……。 これは、『ありがとう』を形にしようと思うジルが、錬金術師アーニャにリードされ、無邪気な心でアイテムを作り始めるハートフルストーリー!

処理中です...