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ずっと一緒に
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姉と義兄、それから私の三人で食事をしたその夜。姉は嬉しそうな、義兄は複雑な#表情__かお__で私の話を黙って聞いていてくれた。
これまでお付き合いしてきた人に対する“好き”とは全く違う“好き”を持て余していること、それから自分自身が下の子で末っ子気質?なせいか気が強くて可愛げのない性格だから、いつか彼にもそこを見抜かれて、そのうち離れてしまうんじゃないか、ってこと。気付いたらそんなことまで話していた。
「そっかぁ。まさか今度の彼のことでそこまで悩んでいたなんて……。でも奏って、昔からいつでも元気いっぱいで、何に対してもポジティブだったよね。辛いことがあっても弱音も吐かないし。それがイコール“気が強い”になるのかどうかは別として」
「んー、俺も気が強いっていうより、普通に元気でポジティブなんだと思ってたけど。……律とはまた違った感じで」
「ちょっと瑛士くん、どういう意味よ」
お姉ちゃんだって明るくてほんわかしていたし、決して元気がないわけじゃなかった。けれど長女らしいというのか、ハメを外すほどのパワフルさはなかったような気がする。ついでに言えば隠し事があまり上手な方ではなく、何かを我慢している時も、その表情から丸わかりでもあった。だからお兄ちゃんに長い間片思いしているのも家族にも当然バレバレだったのだ。
「これまで何をするときも自信満々だった奏がここまで不安になるっていうのが信じられないけど、奏にとってはそれだけ本気の恋ってことなんだなぁ。まぁそこまで本気にさせた進藤さんも凄い人だな、って思うけど。だって誰と付き合っている時も、いつも飄々としてたよねぇ」
私って、お姉ちゃんから見て、そんな風に見えてたんだ。それなりに自信のない時だってちゃんとあったんだけど。
「ふん。あいつ、どっか腹黒いような気がしないでもないんだけどな」
「腹黒い?ああ、そういえば彼、確か瑛士くんと同い年なんだっけ?しかもどことなく雰囲気が瑛士くんと似てるよね。気のせいかな」
お姉ちゃんが考え込むと、お兄ちゃんは露骨に嫌そうな顔をした。
「そうかぁ?全然似てないだろ。うわ、もしかしたらそんなあいつと将来義理の兄弟になっちゃうかもしれないのか~!ていうか、ちょっと待て。俺は腹黒くなんかないぞ。用意周到ではあると思うけど、そこは俺が教師だからであって」
「違うよ、進藤さんは腹黒くないんじゃないかなぁ。お兄ちゃんの方がよっぽど腹黒いと思うよ。でも義理の兄弟って……。まだそこまで考えるような付き合いじゃないよ」
「だから腹黒くないっつの」
そりゃそうなったらいいな、とは思ってるけど。
お兄ちゃんは私たちのお付き合いに賛成なのか反対なのか、イマイチ分からない反応だ。とはいえお姉ちゃんの言うように、お兄ちゃんと宥希さんが似てるかどうか、っていうのはちょっとピンとこないなぁ。
「うふふ。奏、可愛い。しっかり者の奏が本気の恋をすると、こんなに頼りなくなっちゃうんだ~!なんかギュッてしたくなるよ ~」
目がキラキラしてますよ、お姉ちゃん。
「私、お姉ちゃんみたく可愛くないし………」
「何、律みたいなのがいいって?」
「それはどういう意味かな、瑛士くん。……あのね。奏には奏の可愛さがあるんだから、もっと自信持っていいよ。私こそ小さい時からずっと奏みたいになりたかったんだよ?いつだって奏の方がハキハキしていて甘え上手で要領が良くて。そこが奏の可愛いところなんじゃない!私はずっとそれが羨ましいと思ってたよ」
勢い込んで言うお姉ちゃんに驚いた。お姉ちゃんも私にそんな気持ちを持ってたんだ。私こそ、ふんわり女の子らしくて、どんな大人からも“優しいのね、妹の為に我慢できていい子ね”って言われるお姉ちゃんが羨ましかったのに。
子供の頃は、自分の傍らでそう言われて褒められるお姉ちゃんを見ていてもなお、欲しいものは欲しい、と言ってしまう自分が恨めしかったりもしたのに。
お互いに無いものねだりだったってことなのかな。
「考えてみたら小さい頃から、私、お姉ちゃんに我儘言っていっぱい我慢させてきたんだよね。本当、ごめん」
「……謝らなくてもいいってば。そんなつもりで言ったんじゃないよ。………奏が喜んでくれたらそれだけで、“これで良かったんだ、私は『優しいお姉ちゃん』なんだ”って優越感に浸っていられたの。それに、子供の頃の反動で、今になって夏目のお家でいっぱい我儘言わせて貰ってるから、いいんだもん」
「まだまだそうでもないけどな。律はもっと色々言ってもいいくらいだ。せめて俺にはもっと我儘になれよ」
「もう充分だよぅ」
お姉ちゃんを見るお兄ちゃんの優しい目に、こっちまで顔が赤くなる。
「やれやれ、ご馳走さま。………うん。まだ自分に自信はないけど、もっと好きになって貰えるように頑張るよ」
「私はそのままの奏が好きよ。私にとっても自慢の妹だし、憧れなんだからね!」
「えぇ、もー、恥ずかしいなぁ」
私から見たらそんな言葉を素面でポンポン言えちゃう今のお姉ちゃんの方が、ずっと可愛らしいと思う。きっと家でもお兄ちゃんに素直に“好き”って事あるごとに伝えているんだろうな。お兄ちゃんも、そんなお姉ちゃんだから好きになったんじゃないかな。
我儘すぎず、素直に可愛く。気が強い私にはそれって結構難しい。だけど。
私はお姉ちゃんみたいになれなくてもいいのかな?私らしく、好きな人にずっと好きでいてもらえる努力を続けていられたら、それだけでいいのかな。
「ーーーふうん、姉妹っていいな。姉弟なんて何も相談できないぞ。昔から威圧的でさ、力では叶わないクセに何でああ強気になれるのかな」
「そ、そうなの………?」
とうとう彼の実家にお呼ばれすることになった翌年の二月のある日。私は彼の車の中で、これから彼の家族に引き合わされる恐怖と闘っていた。
相変わらず彼の水曜日のレッスンは続いていて、デートだってもう何度も重ねていたけれど。
「あ、そうそう。奏とは結婚を前提に付き合ってるってことで紹介してもいいかな」
「んー、そうですねぇ。……ーーーーえぇっ、な、なんでそんな大事なこと、今言うんですかぁっ?!」
思わずハンドルを握る彼の腕を掴むところだったじゃない。
「うん?いや、俺は大分前から考えてたんだけどね。今のうちに外堀は思い付く限り埋めておこうって。そんなワケでうちの親に顔見せが済んだら今日のうちに指輪を買いに行くよ。それから、来週か再来週あたりで奏のご両親の都合を聞いておいて。………何、嫌なの?付き合って早々バカじゃないの、って思ってるだろ」
口をあんぐり開けて聞いていた私は、最後のところで急に尻すぼみになった弱気な彼に思わず吹き出してしまった。
「あははははは!そんな急に弱気にならなくても。宥希さんらしくないですよー?」
「そりゃ弱気にもなるよ。で、どう?すぐに結納しようだとか入籍させてくれなんて言わないからさ、約束だけでもしてくれるかな。………それともやっぱりこんなの、強引すぎて引く?」
あぁもう、ちゃんと前を見て運転して。……って信号は赤か。
でもねぇ、どう考えてもプロポーズらしくないシチュエーションなんだけど。だって、プロポーズって、女子の夢ですよ?それが運転中の車の中って……ねぇ。まさかですよね。
「えっと、大丈夫です。……約束、します」
確かに手際の良さとか疑問はあるけど、とりあえず素直に、意地を張らずに。“私なんかでいいんですか?”なんて卑屈にならないで、少しの自信を味方に付けて。
真っ直ぐに彼の方を見て答えたら、とびきりの笑顔で「よっしゃ!」なんて言ってるから、私の笑いも止まらないよ。ていうか、この人やっぱりお兄ちゃんに似てるのかも?だってほら、自身がこうと決意したら結構強引なところとか。
「そういえば奏、雰囲気変わった?気のせいかな、前よりもっと柔らかくなったような……?」
「そんなことないですよー」
気のせい気のせい。
「褒めてるんだから謙遜しなくても。……まぁ、どんな奏もどうせ好きになっちゃうんだけどね。てな訳で後で改めてプロポーズするから覚悟しといて」
あ、やっぱりさっきのはプロポーズじゃなかったのね。宥希さんたらまさか本番で安心して私の了承を得る為に先に打診しておいたとか言わないよね?
……何だかおかしな感じだなぁ。普通、プロポーズってこんなんなの?
仕事のこととか、どちらの家に入るのか、とか。そもそもいきなり結婚とか、考えることは一気に盛り沢山になっちゃったけど。私を見つけてくれた、やさしい音を奏でるこの人と、できればずっと。
ある時はお互いを追いかけて、追いついて。そうして振り向いたら手を繋いで同じテンポで歩いていこうね。どこまでも一緒に。
ふたりで弾いた、あの日のカノンのように。
「さてと、俺の部屋でプロポーズのやり直しといきますか」
「てっきりさっきのがそうなのかな、ってちょっとだけ思ってましたけど」
「あんなのがプロポーズだと思ってたの?心外だな」
宥希さんのご両親とお姉さん夫婦に思いの外大歓迎されてぐったりとした私を乗せて、車は彼のマンションへ向かっている。
……のだけれど、私は心の中で密かに抵抗していることを口に出せずにいた。プロポーズのやり直しは嬉しい。でもね、今日はレッスンのない日とはいえまさかお泊まりってことはないですよね?なんて言うのはまだ今の段階では自意識過剰かな。
だって、最近の彼の行動パターンで分かってしまうのだ。私が翌日お休み、という日に彼のマンションに連れて行かれたら、暫くの間少しも離して貰えないってこと。
警戒心丸出しでシートベルトを握りしめ、極力彼と目が合わないようにソワソワとしていた私をちらりと見ては、彼が時々笑っていたのはわかっていた。
「大丈夫、今日は帰してあげるからね」
宥希さん、エスパー?!
いや、触れられるのは嫌いじゃないし、気持ちがいいから全面的にダメとは言わない。むしろその温もりに安心しきって寝落ちてしまうほどだけれど。問題は、どこでストップをかけるかってこと。
密かな抵抗も虚しくマンションに着いてしまい、仕方なく彼について部屋に向かう。
「そんなにびくびくしなくても。奏が可愛いのが悪いんだけどな」
「だから可愛くなんてないですって……」
「無自覚なのは奏だから仕方ないか。奏は可愛いよ。出会った時から俺にとって一番可愛いお姫様だよ」
「やめて下さい、恥ずかしいです」
そっと私にに触れる手のひらは、正式に付き合い始めてからも、変わらずやさしい。
「“恥ずかしい”って言いながらどうして泣きそうになってるのか分からないけど、何度だって言うよ。だからその顔、他の誰にも見せないで。………こんな俺だけど、ずっと一緒にいて下さい。まだ付き合いが浅いって思ってるかもしれないけど、俺は君と結婚したい。奏となら幸せな家族になれるってことしか想像できないから」
リビングのローテーブルには、彼の実家を出て宣言通りすぐに連れて行かれた宝石店で買ったばかりの、プラチナの約束の印。強気な言葉とは裏腹に私の左手を取ったきり、彼の瞳は揺れていた。
「さっき“約束します”って答えたくせに申し訳ないんですけど、今はまだピンとこないというか考えられないっていうのが正直な気持ちです。これからの仕事のこととか、自分に自信がないこととか、迷う原因は色々あって。もちろん結婚できるなら宥希さんとがいい、って思ってはいるんです。でもどうしても私の気持ちが追いつかなくて………」
私の言葉をじっと聞いていた彼が、ふぅ、とため息をつく。
「そうだよね。うん、いくらなんでも早いかな、って気はしてたんだ。だからね、大げさに“婚約した”と気負わなくてもいいんだ。ただ奏を約束で縛りたいだけなんだよ。まだこれから二人の間には色々なことがあって、そのうちに何が起こるかは分からない。もしもの時はこの指輪を外してくれていいから、今だけは……」
言葉が途切れて少しだけ不安になる。僅かに止まった時間は、俯くばかりだったちょっと臆病な私の目を上げさせた。
「今だけは、俺だけの奏でいて欲しい。これから色々乗り越えて、それでもまだ二人で一緒にいることができたら、“今がその時だ”っていう時がきたら結婚しよう。絶対に急かしたりしないって誓うよ。だから約束、してくれるかな」
「そこまで言って下さるなら………はい。私もふたりでいられる為の努力をします。時々可愛げのないことも言うかもしれませんが、それでも良ければ」
そう言うと、テーブルの上で待たせていた約束の印は、ようやく左の手に収まると思われた。けれど取られていた左手はふいに右手に取って替わり、ちょっと面食らってしまう。
え、“急かさない”って、そういうこと?
「本当は左手に嵌めちゃおうかと思ったんだけど。今も嵌め直そうかと思ってたりするけど」
「ふふ、ありがとうございます。ずっと大事にします。これをいつか左手に嵌められる日を信じて、私も色々努力していきますね」
「俺の方こそ、ありがとう。でも、そのうち隙を見て左手に嵌め直すからね」
くすくすとお互いに笑いながら、抱きしめられた腕の中、目を閉じた私は未来の夢を見たような気がした。
彼と私の間に小さな子供を挟んで、グランドピアノに向かう昼下がり。一本の指でたどたどしく弾くカノンの主旋律に合わせて、私たちが上と下で伴奏を付ける。小さい子供だから、何度も同じフレーズばかりを繰り返して弾くのも楽しくて。私たちは、そんな子供の頭越しに顔を見合わせて、微笑みながら見つめ合う。
それはきっと遠くない未来のこと。
泣きたいくらいにやさしくて、暖かく幸せな風景。私はそこに向かって前を向き、一歩ずつ歩いていく。
あなたと手を繋いで。
これまでお付き合いしてきた人に対する“好き”とは全く違う“好き”を持て余していること、それから自分自身が下の子で末っ子気質?なせいか気が強くて可愛げのない性格だから、いつか彼にもそこを見抜かれて、そのうち離れてしまうんじゃないか、ってこと。気付いたらそんなことまで話していた。
「そっかぁ。まさか今度の彼のことでそこまで悩んでいたなんて……。でも奏って、昔からいつでも元気いっぱいで、何に対してもポジティブだったよね。辛いことがあっても弱音も吐かないし。それがイコール“気が強い”になるのかどうかは別として」
「んー、俺も気が強いっていうより、普通に元気でポジティブなんだと思ってたけど。……律とはまた違った感じで」
「ちょっと瑛士くん、どういう意味よ」
お姉ちゃんだって明るくてほんわかしていたし、決して元気がないわけじゃなかった。けれど長女らしいというのか、ハメを外すほどのパワフルさはなかったような気がする。ついでに言えば隠し事があまり上手な方ではなく、何かを我慢している時も、その表情から丸わかりでもあった。だからお兄ちゃんに長い間片思いしているのも家族にも当然バレバレだったのだ。
「これまで何をするときも自信満々だった奏がここまで不安になるっていうのが信じられないけど、奏にとってはそれだけ本気の恋ってことなんだなぁ。まぁそこまで本気にさせた進藤さんも凄い人だな、って思うけど。だって誰と付き合っている時も、いつも飄々としてたよねぇ」
私って、お姉ちゃんから見て、そんな風に見えてたんだ。それなりに自信のない時だってちゃんとあったんだけど。
「ふん。あいつ、どっか腹黒いような気がしないでもないんだけどな」
「腹黒い?ああ、そういえば彼、確か瑛士くんと同い年なんだっけ?しかもどことなく雰囲気が瑛士くんと似てるよね。気のせいかな」
お姉ちゃんが考え込むと、お兄ちゃんは露骨に嫌そうな顔をした。
「そうかぁ?全然似てないだろ。うわ、もしかしたらそんなあいつと将来義理の兄弟になっちゃうかもしれないのか~!ていうか、ちょっと待て。俺は腹黒くなんかないぞ。用意周到ではあると思うけど、そこは俺が教師だからであって」
「違うよ、進藤さんは腹黒くないんじゃないかなぁ。お兄ちゃんの方がよっぽど腹黒いと思うよ。でも義理の兄弟って……。まだそこまで考えるような付き合いじゃないよ」
「だから腹黒くないっつの」
そりゃそうなったらいいな、とは思ってるけど。
お兄ちゃんは私たちのお付き合いに賛成なのか反対なのか、イマイチ分からない反応だ。とはいえお姉ちゃんの言うように、お兄ちゃんと宥希さんが似てるかどうか、っていうのはちょっとピンとこないなぁ。
「うふふ。奏、可愛い。しっかり者の奏が本気の恋をすると、こんなに頼りなくなっちゃうんだ~!なんかギュッてしたくなるよ ~」
目がキラキラしてますよ、お姉ちゃん。
「私、お姉ちゃんみたく可愛くないし………」
「何、律みたいなのがいいって?」
「それはどういう意味かな、瑛士くん。……あのね。奏には奏の可愛さがあるんだから、もっと自信持っていいよ。私こそ小さい時からずっと奏みたいになりたかったんだよ?いつだって奏の方がハキハキしていて甘え上手で要領が良くて。そこが奏の可愛いところなんじゃない!私はずっとそれが羨ましいと思ってたよ」
勢い込んで言うお姉ちゃんに驚いた。お姉ちゃんも私にそんな気持ちを持ってたんだ。私こそ、ふんわり女の子らしくて、どんな大人からも“優しいのね、妹の為に我慢できていい子ね”って言われるお姉ちゃんが羨ましかったのに。
子供の頃は、自分の傍らでそう言われて褒められるお姉ちゃんを見ていてもなお、欲しいものは欲しい、と言ってしまう自分が恨めしかったりもしたのに。
お互いに無いものねだりだったってことなのかな。
「考えてみたら小さい頃から、私、お姉ちゃんに我儘言っていっぱい我慢させてきたんだよね。本当、ごめん」
「……謝らなくてもいいってば。そんなつもりで言ったんじゃないよ。………奏が喜んでくれたらそれだけで、“これで良かったんだ、私は『優しいお姉ちゃん』なんだ”って優越感に浸っていられたの。それに、子供の頃の反動で、今になって夏目のお家でいっぱい我儘言わせて貰ってるから、いいんだもん」
「まだまだそうでもないけどな。律はもっと色々言ってもいいくらいだ。せめて俺にはもっと我儘になれよ」
「もう充分だよぅ」
お姉ちゃんを見るお兄ちゃんの優しい目に、こっちまで顔が赤くなる。
「やれやれ、ご馳走さま。………うん。まだ自分に自信はないけど、もっと好きになって貰えるように頑張るよ」
「私はそのままの奏が好きよ。私にとっても自慢の妹だし、憧れなんだからね!」
「えぇ、もー、恥ずかしいなぁ」
私から見たらそんな言葉を素面でポンポン言えちゃう今のお姉ちゃんの方が、ずっと可愛らしいと思う。きっと家でもお兄ちゃんに素直に“好き”って事あるごとに伝えているんだろうな。お兄ちゃんも、そんなお姉ちゃんだから好きになったんじゃないかな。
我儘すぎず、素直に可愛く。気が強い私にはそれって結構難しい。だけど。
私はお姉ちゃんみたいになれなくてもいいのかな?私らしく、好きな人にずっと好きでいてもらえる努力を続けていられたら、それだけでいいのかな。
「ーーーふうん、姉妹っていいな。姉弟なんて何も相談できないぞ。昔から威圧的でさ、力では叶わないクセに何でああ強気になれるのかな」
「そ、そうなの………?」
とうとう彼の実家にお呼ばれすることになった翌年の二月のある日。私は彼の車の中で、これから彼の家族に引き合わされる恐怖と闘っていた。
相変わらず彼の水曜日のレッスンは続いていて、デートだってもう何度も重ねていたけれど。
「あ、そうそう。奏とは結婚を前提に付き合ってるってことで紹介してもいいかな」
「んー、そうですねぇ。……ーーーーえぇっ、な、なんでそんな大事なこと、今言うんですかぁっ?!」
思わずハンドルを握る彼の腕を掴むところだったじゃない。
「うん?いや、俺は大分前から考えてたんだけどね。今のうちに外堀は思い付く限り埋めておこうって。そんなワケでうちの親に顔見せが済んだら今日のうちに指輪を買いに行くよ。それから、来週か再来週あたりで奏のご両親の都合を聞いておいて。………何、嫌なの?付き合って早々バカじゃないの、って思ってるだろ」
口をあんぐり開けて聞いていた私は、最後のところで急に尻すぼみになった弱気な彼に思わず吹き出してしまった。
「あははははは!そんな急に弱気にならなくても。宥希さんらしくないですよー?」
「そりゃ弱気にもなるよ。で、どう?すぐに結納しようだとか入籍させてくれなんて言わないからさ、約束だけでもしてくれるかな。………それともやっぱりこんなの、強引すぎて引く?」
あぁもう、ちゃんと前を見て運転して。……って信号は赤か。
でもねぇ、どう考えてもプロポーズらしくないシチュエーションなんだけど。だって、プロポーズって、女子の夢ですよ?それが運転中の車の中って……ねぇ。まさかですよね。
「えっと、大丈夫です。……約束、します」
確かに手際の良さとか疑問はあるけど、とりあえず素直に、意地を張らずに。“私なんかでいいんですか?”なんて卑屈にならないで、少しの自信を味方に付けて。
真っ直ぐに彼の方を見て答えたら、とびきりの笑顔で「よっしゃ!」なんて言ってるから、私の笑いも止まらないよ。ていうか、この人やっぱりお兄ちゃんに似てるのかも?だってほら、自身がこうと決意したら結構強引なところとか。
「そういえば奏、雰囲気変わった?気のせいかな、前よりもっと柔らかくなったような……?」
「そんなことないですよー」
気のせい気のせい。
「褒めてるんだから謙遜しなくても。……まぁ、どんな奏もどうせ好きになっちゃうんだけどね。てな訳で後で改めてプロポーズするから覚悟しといて」
あ、やっぱりさっきのはプロポーズじゃなかったのね。宥希さんたらまさか本番で安心して私の了承を得る為に先に打診しておいたとか言わないよね?
……何だかおかしな感じだなぁ。普通、プロポーズってこんなんなの?
仕事のこととか、どちらの家に入るのか、とか。そもそもいきなり結婚とか、考えることは一気に盛り沢山になっちゃったけど。私を見つけてくれた、やさしい音を奏でるこの人と、できればずっと。
ある時はお互いを追いかけて、追いついて。そうして振り向いたら手を繋いで同じテンポで歩いていこうね。どこまでも一緒に。
ふたりで弾いた、あの日のカノンのように。
「さてと、俺の部屋でプロポーズのやり直しといきますか」
「てっきりさっきのがそうなのかな、ってちょっとだけ思ってましたけど」
「あんなのがプロポーズだと思ってたの?心外だな」
宥希さんのご両親とお姉さん夫婦に思いの外大歓迎されてぐったりとした私を乗せて、車は彼のマンションへ向かっている。
……のだけれど、私は心の中で密かに抵抗していることを口に出せずにいた。プロポーズのやり直しは嬉しい。でもね、今日はレッスンのない日とはいえまさかお泊まりってことはないですよね?なんて言うのはまだ今の段階では自意識過剰かな。
だって、最近の彼の行動パターンで分かってしまうのだ。私が翌日お休み、という日に彼のマンションに連れて行かれたら、暫くの間少しも離して貰えないってこと。
警戒心丸出しでシートベルトを握りしめ、極力彼と目が合わないようにソワソワとしていた私をちらりと見ては、彼が時々笑っていたのはわかっていた。
「大丈夫、今日は帰してあげるからね」
宥希さん、エスパー?!
いや、触れられるのは嫌いじゃないし、気持ちがいいから全面的にダメとは言わない。むしろその温もりに安心しきって寝落ちてしまうほどだけれど。問題は、どこでストップをかけるかってこと。
密かな抵抗も虚しくマンションに着いてしまい、仕方なく彼について部屋に向かう。
「そんなにびくびくしなくても。奏が可愛いのが悪いんだけどな」
「だから可愛くなんてないですって……」
「無自覚なのは奏だから仕方ないか。奏は可愛いよ。出会った時から俺にとって一番可愛いお姫様だよ」
「やめて下さい、恥ずかしいです」
そっと私にに触れる手のひらは、正式に付き合い始めてからも、変わらずやさしい。
「“恥ずかしい”って言いながらどうして泣きそうになってるのか分からないけど、何度だって言うよ。だからその顔、他の誰にも見せないで。………こんな俺だけど、ずっと一緒にいて下さい。まだ付き合いが浅いって思ってるかもしれないけど、俺は君と結婚したい。奏となら幸せな家族になれるってことしか想像できないから」
リビングのローテーブルには、彼の実家を出て宣言通りすぐに連れて行かれた宝石店で買ったばかりの、プラチナの約束の印。強気な言葉とは裏腹に私の左手を取ったきり、彼の瞳は揺れていた。
「さっき“約束します”って答えたくせに申し訳ないんですけど、今はまだピンとこないというか考えられないっていうのが正直な気持ちです。これからの仕事のこととか、自分に自信がないこととか、迷う原因は色々あって。もちろん結婚できるなら宥希さんとがいい、って思ってはいるんです。でもどうしても私の気持ちが追いつかなくて………」
私の言葉をじっと聞いていた彼が、ふぅ、とため息をつく。
「そうだよね。うん、いくらなんでも早いかな、って気はしてたんだ。だからね、大げさに“婚約した”と気負わなくてもいいんだ。ただ奏を約束で縛りたいだけなんだよ。まだこれから二人の間には色々なことがあって、そのうちに何が起こるかは分からない。もしもの時はこの指輪を外してくれていいから、今だけは……」
言葉が途切れて少しだけ不安になる。僅かに止まった時間は、俯くばかりだったちょっと臆病な私の目を上げさせた。
「今だけは、俺だけの奏でいて欲しい。これから色々乗り越えて、それでもまだ二人で一緒にいることができたら、“今がその時だ”っていう時がきたら結婚しよう。絶対に急かしたりしないって誓うよ。だから約束、してくれるかな」
「そこまで言って下さるなら………はい。私もふたりでいられる為の努力をします。時々可愛げのないことも言うかもしれませんが、それでも良ければ」
そう言うと、テーブルの上で待たせていた約束の印は、ようやく左の手に収まると思われた。けれど取られていた左手はふいに右手に取って替わり、ちょっと面食らってしまう。
え、“急かさない”って、そういうこと?
「本当は左手に嵌めちゃおうかと思ったんだけど。今も嵌め直そうかと思ってたりするけど」
「ふふ、ありがとうございます。ずっと大事にします。これをいつか左手に嵌められる日を信じて、私も色々努力していきますね」
「俺の方こそ、ありがとう。でも、そのうち隙を見て左手に嵌め直すからね」
くすくすとお互いに笑いながら、抱きしめられた腕の中、目を閉じた私は未来の夢を見たような気がした。
彼と私の間に小さな子供を挟んで、グランドピアノに向かう昼下がり。一本の指でたどたどしく弾くカノンの主旋律に合わせて、私たちが上と下で伴奏を付ける。小さい子供だから、何度も同じフレーズばかりを繰り返して弾くのも楽しくて。私たちは、そんな子供の頭越しに顔を見合わせて、微笑みながら見つめ合う。
それはきっと遠くない未来のこと。
泣きたいくらいにやさしくて、暖かく幸せな風景。私はそこに向かって前を向き、一歩ずつ歩いていく。
あなたと手を繋いで。
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