10 / 45
ミントなジェラシー
しおりを挟む想いが通じ合ってから、また夕方伯母の家に向かう日々が戻ってきた。おかげで朝もゆっくりできるし、用事があるからと、大学の友達の誘いも断りやすいし、いいことずくめ。私は嘘が上手につけないから。
そもそも、スイーツ作りの為に最初からサークルにも入っていないのだ。友達には彼の事は話していないから、つきあいが悪いとか、サークルに入れば出会いの場が広がるとか、言われ放題で辟易している。
出会いなら、とっくにしてる。
大事に温めてきたこの想いは、もう諦めなくてもいいの。でもみんなには、内緒なの。
ただ、応援してくれていたと思われていた母は、私と瑛士くんとの付き合いを、まだ父にも妹にも話すべきではないと言う。
今後、もし何かのきっかけで二人が別れたりすることがあったら、親戚付き合いが面倒になるから、と。母と伯母は仲の良い姉妹だし、家も近いから尚更、考えるところもあるのだろう。
けれど、またスイーツを届けるようになった事も、それ自体反対されているわけではないし、こそこそするのもおかしいから、以前と同じに振る舞えばいいのだ、と開き直っている。
季節はいつしか冬になり、穏やかな年の暮れ。私はスイーツとともに学校の課題を持ち込み、午後からの時間を彼の部屋で過ごすようになっていた。もちろん彼は帰宅が毎日遅いので、彼の仕事机を借りて、一人きり。
家族には、彼のところに課題の資料が沢山あるから、ということにしていた。もちろん嘘じゃない。
きっと今日も部活の後、冬休み中だというのに職員室で仕事をしてから帰るのだろう。そんな風に思いを馳せながら、静かな部屋で課題をこなす。
そうして彼が六時頃に帰宅したら、コーヒーを入れ、スイーツを用意して彼の部屋に。その頃にはもちろん伯母も帰宅しているけれど、夕御飯の支度に忙しい伯母は、私がひととき彼の部屋で過ごすことを黙認してくれている。
「ただいま」
「おかえりなさい」
ふたりきりの部屋で、挨拶。
彼の愛情表現にも少しだけ慣れてきた。
恋愛初心者の私のペースで、ゆっくりとだけれど。
おやつが済むと、それまでの距離が嘘のように、彼は私を離さない。今日も胡座をかいた彼の腕の中、気付いたら向かい合わせにゆるく抱きしめられている。
穏やかな、キス。額に、まぶたに、頬に、唇に。
くすぐったくて、笑う余裕もできてきた。
まだ彼は、私にそれ以上を求めないから。
「ん………ふ……」
時々、彼の舌が私の唇を柔らかく、くすぐる。キスの時、ちゃんと鼻で息もできるようになったけれど、彼の舌に誘われるまま、唇を開くのはまだ、怖い。
「律の唇は頑固だな」
そう言って笑うけれど、けして急かしたりはしないから。それに甘えて結局は唇を合わせ、時折やさしく食むようなキスを受けている。
ふいに彼のスマホが鳴り、メールの着信を知らせた。
「ん……、ね、メール……」
「……後で。もう律を帰さなきゃいけない時間だから」
ぎゅっと抱きしめられて、苦しくて彼の腕を軽く叩くと、やっと離してくれたけれど。
「送ってくよ」
そう言いながらスマホの着信を確認して、思いきり顔を顰めた。
「どうかしたの?」
「いや………」
「元カノ、だったり……」
「うん、まあね。もう関係ないけど」
「はっきり言うんだね」
「律にやましい事は何もない。心配することないよ。だから平気で言えるんだ」
そう言いながら、私の頭を撫でて笑う。
多分、いやきっと。私が想いを告げる前、この部屋にいる時にかけてきた電話のひと。そういう直感があった。
信じるよ。でも。
彼は、十人並みな私には勿体無いくらいの素敵なひとだから。
暖房の効いた部屋でアイスが食べたいというリクエストで、その夜作ったのはチョコミントのアイスクリーム。
砂糖と水を煮詰めて作ったシロップを作る。湯煎にしながらボールにほぐした卵黄の中へ、シロップを温かいうちに少しずつ加えてよく混ぜる。白っぽくなるまで泡立て、今度はそれを氷水につけて冷ます。粗熱が取れたところでペパーミントを加えて冷やしながら充分に混ぜる。別に泡立てた生クリームと粗く刻んだチョコレートを加えてむらなく混ぜたら金属製のバットに平らに流して冷凍庫で冷やし固める。
母に味見の分を取り分けて、翌日伯母の家に向かうと、彼を待つ間にメールが届いた。
『ごめん。今日は遅くなるので早いうちに家に帰っていて。また連絡する』
お仕事大変なのかな。
例によってアイスを冷凍庫に残し、陽の短い道を早めに帰った。
その夜、とうとう瑛士くんからは、何の連絡もなかった。
もう、年の瀬がすぐそこまで来ていた。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
ずぶ濡れで帰ったら置き手紙がありました
宵闇 月
恋愛
雨に降られてずぶ濡れで帰ったら同棲していた彼氏からの置き手紙がありーー
私の何がダメだったの?
ずぶ濡れシリーズ第二弾です。
※ 最後まで書き終えてます。
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。
絶対に離婚届に判なんて押さないからな」
既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。
まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。
紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転!
純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。
離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。
それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。
このままでは紘希の弱点になる。
わかっているけれど……。
瑞木純華
みずきすみか
28
イベントデザイン部係長
姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点
おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち
後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない
恋に関しては夢見がち
×
矢崎紘希
やざきひろき
28
営業部課長
一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長
サバサバした爽やかくん
実体は押しが強くて粘着質
秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?
家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。
春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。
それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。
にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。
私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。
しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。
それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…
【 ⚠ 】
・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。
・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる