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ミントなジェラシー

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 想いが通じ合ってから、また夕方伯母の家に向かう日々が戻ってきた。おかげで朝もゆっくりできるし、用事があるからと、大学の友達の誘いも断りやすいし、いいことずくめ。私は嘘が上手につけないから。

 そもそも、スイーツ作りの為に最初からサークルにも入っていないのだ。友達には彼の事は話していないから、つきあいが悪いとか、サークルに入れば出会いの場が広がるとか、言われ放題で辟易している。

 出会いなら、とっくにしてる。
 大事に温めてきたこの想いは、もう諦めなくてもいいの。でもみんなには、内緒なの。

 ただ、応援してくれていたと思われていた母は、私と瑛士くんとの付き合いを、まだ父にも妹にも話すべきではないと言う。
 今後、もし何かのきっかけで二人が別れたりすることがあったら、親戚付き合いが面倒になるから、と。母と伯母は仲の良い姉妹だし、家も近いから尚更、考えるところもあるのだろう。

 けれど、またスイーツを届けるようになった事も、それ自体反対されているわけではないし、こそこそするのもおかしいから、以前と同じに振る舞えばいいのだ、と開き直っている。



 季節はいつしか冬になり、穏やかな年の暮れ。私はスイーツとともに学校の課題を持ち込み、午後からの時間を彼の部屋で過ごすようになっていた。もちろん彼は帰宅が毎日遅いので、彼の仕事机を借りて、一人きり。
 家族には、彼のところに課題の資料が沢山あるから、ということにしていた。もちろん嘘じゃない。

 きっと今日も部活の後、冬休み中だというのに職員室で仕事をしてから帰るのだろう。そんな風に思いを馳せながら、静かな部屋で課題をこなす。

 そうして彼が六時頃に帰宅したら、コーヒーを入れ、スイーツを用意して彼の部屋に。その頃にはもちろん伯母も帰宅しているけれど、夕御飯の支度に忙しい伯母は、私がひととき彼の部屋で過ごすことを黙認してくれている。


「ただいま」
「おかえりなさい」


 ふたりきりの部屋で、挨拶。
 彼の愛情表現にも少しだけ慣れてきた。
 恋愛初心者の私のペースで、ゆっくりとだけれど。

 おやつが済むと、それまでの距離が嘘のように、彼は私を離さない。今日も胡座をかいた彼の腕の中、気付いたら向かい合わせにゆるく抱きしめられている。

 穏やかな、キス。額に、まぶたに、頬に、唇に。
 くすぐったくて、笑う余裕もできてきた。
 まだ彼は、私にそれ以上を求めないから。


「ん………ふ……」


 時々、彼の舌が私の唇を柔らかく、くすぐる。キスの時、ちゃんと鼻で息もできるようになったけれど、彼の舌に誘われるまま、唇を開くのはまだ、怖い。


「律の唇は頑固だな」


 そう言って笑うけれど、けして急かしたりはしないから。それに甘えて結局は唇を合わせ、時折やさしく食むようなキスを受けている。


 ふいに彼のスマホが鳴り、メールの着信を知らせた。


「ん……、ね、メール……」 
「……後で。もう律を帰さなきゃいけない時間だから」

 ぎゅっと抱きしめられて、苦しくて彼の腕を軽く叩くと、やっと離してくれたけれど。


「送ってくよ」


 そう言いながらスマホの着信を確認して、思いきり顔を顰めた。


「どうかしたの?」
「いや………」
「元カノ、だったり……」
「うん、まあね。もう関係ないけど」
「はっきり言うんだね」 
「律にやましい事は何もない。心配することないよ。だから平気で言えるんだ」


 そう言いながら、私の頭を撫でて笑う。

 多分、いやきっと。私が想いを告げる前、この部屋にいる時にかけてきた電話のひと。そういう直感があった。

 信じるよ。でも。
 彼は、十人並みな私には勿体無いくらいの素敵なひとだから。



 暖房の効いた部屋でアイスが食べたいというリクエストで、その夜作ったのはチョコミントのアイスクリーム。
 砂糖と水を煮詰めて作ったシロップを作る。湯煎にしながらボールにほぐした卵黄の中へ、シロップを温かいうちに少しずつ加えてよく混ぜる。白っぽくなるまで泡立て、今度はそれを氷水につけて冷ます。粗熱が取れたところでペパーミントを加えて冷やしながら充分に混ぜる。別に泡立てた生クリームと粗く刻んだチョコレートを加えてむらなく混ぜたら金属製のバットに平らに流して冷凍庫で冷やし固める。

 母に味見の分を取り分けて、翌日伯母の家に向かうと、彼を待つ間にメールが届いた。


『ごめん。今日は遅くなるので早いうちに家に帰っていて。また連絡する』


 お仕事大変なのかな。

 例によってアイスを冷凍庫に残し、陽の短い道を早めに帰った。


 その夜、とうとう瑛士くんからは、何の連絡もなかった。

 もう、年の瀬がすぐそこまで来ていた。


 
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