眩暈のころ

犬束

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眩暈のころ

33. そして、それから 3

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 十八年と云う、永の年月をへた再会は、何の感動ももたらさなかった。時間の経過などまるで感じられず、飽きずにつるんで、中学の延長であそんでいるみたいだった。近海は近海だし、蝉丸だってそうだ。
 いっそ、原型を留めないほど変貌したり、自分がそう出来たら、さぞかし愉快だろうと思う。
 近海は、蝉丸の婚約者にも、旧友らしくふるまった。

 私も大人になったと感じるのは、成人の日に、祖父母の要望に応えて、蝉丸が晴れ着姿で写真に納まったのは大人だった、と気づいたことくらいだ。分別ある友人から、「今は嫌でも、あとから撮っておけば良かったと思うから、記念に撮っておきなさいよ」と諭されたけれど、写真を飾って眺める習慣はないし、過去に頓着しないので、悔やんだことはない。

 それより残しておきたかったのは、近海である。
 クラクストンは、ドキュメンタリー番組で、自分がカメラになりたい、と云うような発言をしていた。私も、自分の眼がカメラのレンズであったなら、若葉の季節、ライヴハウスの裏で、透明な緑色の光の中に佇む近海のポートレートを、薄れることなく網膜に灼きつけられたのに。
 美しく輝き、ぞっと身を震わせるほど怖ろしくて、眩暈と吐き気に襲われそうな近海の横顔は、是非とも保存しておきたかった。
「薔薇のにおいがする」と云った彼の言葉も、長く私の耳を離れなかったが、面影も声も、しだいに風化してしまった。

 近海が苦笑しながら、

「夕べ、久しぶりにギターを弾いたから、指が痛いや。ついでに歌ってみたら、母親に、気色の悪い声でうなるな、って叱られちゃったよ」

「近海、しょっべー」蝉丸が吹き出した。「中坊のままやねえ。甘酸っぱくて、胸キュンやけど」

 私も嬉しくなって、

「うちにも、探せばギターあるよ。黒いエピフォン」

 すかさず近海が、

「じゃあ、次に集合する時、お盆までに練習して、ここで合わせようぜ」と云い、「課題曲は『TELL ME』にしようか、蝉丸のお気に入りだから。気色悪いって、追い出されないように」

「保障は出来んねえ」

「エレキギターのデュオなんか、ダサくないか? 誰かドラムいないの?」

 私は、控えめに抗議する。

 近海が結婚しているかどうか、知らない。私は姓がそのままなので、していないのを近海は分かるだろう。
 いつまで交流がつづくのか、不明だ。成り行きに任せる。うっかり老境に至るまでつづいたとして、先に近海が鬼籍に入っても、知らなければ生きているつもりでいられるから、訃報を届けてくれないほうが好いとも思う。


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