眩暈のころ

犬束

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眩暈のころ

28. ほぼ二十歳のころ、再び 1

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 成人式の晩、蝉丸とご飯を食べ、クラス会の会場である、三越の裏のクラブへ行った。蝉丸は、お祝いに祖父母に上等な天ぷら屋に連れて行かれたらしく、ご機嫌だった。

 階段を上がりきらない内から、テクノ音楽が喧しく鳴り響き、コインロッカーに荷物を詰め込みながら、

「つまらんなあ、テクノは好きやないんよ」と蝉丸がぼやいた。「フーとかキンクスとか、回したら好いのに」

「さっさと切り上げて、『ツワキ』で踊って憂さ晴らしするか、『グレッチ』でジャズにひたる?」

「そうやねえ」

 私は、忙しないリズムのせいでなく、早く近海に会いたくて、気持がせかせかする。

 ドアを押して薄暗い店内に入ると、クラス会どころか、通常の営業状態と変わりはなかった。まあまあ混雑はしていたが、お客はカウンターや壁際に群がって、飲んだり喋ったりしているばかり。ダンスフロアのほうが、却ってゆったり寛げそうだった。
 振袖も紋付もいなかった。

 景気付けにビールをじゃんじゃん空け、あちこちふらついて旧友を探しては、懐かしく話をした。それなり楽しいけれど、近海がいないので、残念がるのは止めようと自分をいさめつつも、やっぱり物足りなかった。

「近海も来るゆうて、云いよったやん」蝉丸がに云った。
 
 のぶおは、順調にヤンキー道を走っていた。

「昨日の飛行機で帰ってるはずだから、来るとは思うけど、喘息の発作でも起こしたかな、いきなり寒くなったし」

「喘息持ちか、難儀やな」と蝉丸が嘆息した。

 詮索するのが憚られ、事情を訊いたことはなかったが、近海は祖母の家に住んでいた。大学へ進むのを期に、県外に暮らす両親の所へ戻ったらしい。

 受験の前に、近海があんまり登校していなかった頃、私が彼に、

「近海はかしこいから、考えすぎて、が疲れているんじゃないか」と尋ねたら、近海は苦笑して、「おつむりだなんて、婆さんみたいな云い方だな」と答えたことがあった。

「近海学級に救済された、落ちこぼれである俺らとしては」のぶおが遠くに眼をやり、感慨深げに云った。「先生がいないと、淋しいねえ」

「そう云や、補習でしごかれたなあ、何て云いよったら、あのでっかいのんは、近海やないん?」入り口のほうを向いていた蝉丸が、大きく云った。


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