眩暈のころ

犬束

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眩暈のころ

25. 高校生のころ(秋) 5

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「訴えるなら、弁護士を紹介する」近海は私に凭れかかるようにして、依然離れようとはしなかった。「俺がついててやるから、青木は心配するな……」

 執拗にこだわるところを見ると、近海は私について云っているのではなく、彼自身について、つまり例えば、目前で乱暴される女の子を助けられなかった、その罪悪感がわだかまり、いつまでも悩ましく、強迫観念となって、言動に現れているのではないだろうか。
 私は、そのように決めつけた。

「近海、とりあえず、どけ。あたしは何もされてないし」

「知ってる。教室だった。何人もいた」

 妄想に憑かれた患者と接する場合、患者に話を合わせるべきか、現実を説明するべきか、対処法がまるで分からない。

 もみ合っている内に、近海が両手で輪をつくって、私の首をしめようとした。しかし、意識が働いているのか、いないのか、力がとても弱いうえ、首のつけ根の窪みを親指の腹で押せば良いのに、寸法でも測るみたいに漠然と触っているだけなので、彼の要領の悪さに私はいらいらした。そして、今の近海なら、私でも倒せる、と確信した。
 途端に、優位に立った私は、すっかり怖くはなくなって、近海のしたいようにさせることにした。

 しばらくすると、近海は手をゆるめ、私を抱きしめると、唐突に我に帰ったような、はっきりした口調で、

「お前は、薔薇のにおいがする」と云った。

 あんまり気取っていて、あっけに取られた。胸が苦しくもあった。

 私は柑橘系のオーデコロンしか使わないし、病院へお見舞いに来るのにつけはしないから、近海がかいだのは、私のにおいではない。
 近海の迷い込んだ秘密の花園は、薔薇の花が芳しく、艶やかに咲き乱れているんだろう。美しくて、だけど茨の棘にからまれて傷つけられ、悲しく血を流しているんだろう。
 運動の得意な、あの優等生が、と思うと、痛々しく、近海が哀れでならなかった。

 彼は私を解放すると、元のゆらゆらで悄然としたようすに戻り、私から距離をおいた。

「また来るわ」私が云った。不自然に明るい声が出た。「これ食べてね」

 そばにあった自転車の荷台にメロンの箱を置き、私は病院を後にした。指が震えていた。近海は寒そうに、淋しそうに佇み、視線を虚空に泳がせていた。
 何が起こっているのか、冷静に把握していたつもりだったが、自分の腕の位置だとか、第一どこを見ていたのだか、記憶に残っていなかった。

「薔薇のにおいがする」と云った近海の声だけは、いつまでも耳に留まり、渦巻いて消えなかった。


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