眩暈のころ

犬束

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眩暈のころ

23. 高校生のころ(秋) 3

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 二年生の秋口、蝉丸が電話をかけてきて、近海がからだを壊して、中央病院に入院していると告げた。蝉丸がお見舞いに行く日は、めずらしく私の予定があって、別々に見舞うことにした。

 面会時間の規定は調べずまま、どうせ早起きは出来ないので午前は止しにして、昼食を済ませてから、バスに乗って病院へ出掛けた。
 空は澄みとおった水色で、刷毛を滑らしたような筋雲がきれいで、却って贋物めいているようだった。道路の両側に植えられた並木に百日紅が咲き、見るともなしにぼんやり眺めていたら、風もなさそうなのに、白い花のちらちら降るのが、すれ違いざま視界の隅に入って、私は眼を疑った。縮れたリボンを縫い絞ったような花弁を散らしていた木は、一本だけだったのである。

 中央病院に正門から入ると、先ずは駐車場があって、玄関口へは右手に延びる歩道を進んで行くのだが、歩道の右横には、温水プールを備えたリハビリ用のセンターと、別館が建っている。そのリハビリセンターのガラス扉の辺り、中途半端な位置に、近海が所在なさげに突っ立っていた。
 彼のほうが先に気がついたらしく、私の名前を呼びながら、歩くと云うよりか、滑るような足取りで寄って来た。私は近すぎる距離に、いきなり近海を発見したような気がして吃驚した。
 まさか私を待っていたとは、思わなかった。蝉丸が出迎えを頼むとも思われない。入院患者の分際で、彼は何故だか、ネクタイこそ締めていないものの、黒っぽいスーツでめかしこんでいた。かすかに薬くさかった。

「青木、大事な相談がある」

 近海は、くぐもった声で、絡みつくように云った。動きが全体的にぐにゃぐにゃして、ようすが変だった。

「青木は、俺に相談があるんだろう?」

 何について云っているんだか、皆目検討がつかない。気色が悪いし、返答と扱いに困って、黙っていたら、

「俺は知ってるんだ、俺は味方だ」と、近海は低くささやいた。

 拘束でもするみたいに、近海は私の肩に腕を巻きつけ、リハビリセンターと別館の隙間の自転車置き場に連れ込んだ。付近に警備員がいるのは分かっていたけれど、注意を促さなかったのは、近海に下される診断が心配だったからだ。
 若し、こんな振るまいがバレたら、彼はどうなるだろう。

「近海、落ち着け」私が云った。普通に云ったつもりなのに、声が上ずっていた。

「青木が落ち着け」

 挙動がおかしげななりに、近海が的確に指摘するので、私は動揺しつつも、感心してしまった。

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