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眩暈のころ
16. 中学三年のころ(三学期) 14
しおりを挟む「近海、大丈夫?」
なかんずく情緒の安定したときを選んで、私は近海に尋ねた。
「試験には、落ちないように、勉強しているんだ」近海は、抑揚のない、こもった声でつぶやくように答えた。「のめりこむと、それ以外のことがおろそかになって、自分の存在を粗末に扱ってしまうのは承知しているし、直さないといけないのだけれども、コントロールがうまくいかない」
「近海は、かしこいから」
近海はしばらく黙っていたが、唐突に云った。
「青木には、空気が怖いって感覚、分かるかな?」
「空気? 気圧とか?」
「いいんだ。分からないほうが、いいんだ」
「……ごめんね」
私の声は、もう近海に届いていなかった。
近海は、虚ろな黒い眼を見開き、私の理解を超えた言語で喋りつづけ、その言葉は鋭い刃となって、彼自身を切り裂いているように思われた。
私が止めようとしても、やっぱり彼には聞こえていなかった。
どれくらい把握しているのか、当てにならないなりに、私は放課後、教室に居残って、担任の教師から、近海の容態をさぐろうと試みた。
私は私立の美術科を受けると決めていた、と云うか、そこしか通りそうもなかったので、進路相談のふりはあきらめ、担任はビートルズやボブ・ディランなどが好きらしいので、そこらへんから話を進め、思い出したように「そう云えば、この時期に、近海もねえ」とふってみたが、一緒になって近海に同情するばかりなので、使えやしねえ、じきにスパイ作戦は中止にした。
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