眩暈のころ

犬束

文字の大きさ
上 下
8 / 36
眩暈のころ

07. 中学三年のころ(初夏) 5

しおりを挟む

 近海は、何処かに預けていたのか、黒いソフトケースに入れたギターを肩にかけ、三、四人の少年を従えていた。彼の連れは、そろいもそろって全員のっぽで、きりっとしたのやら、おっかないのやら、色々の風貌をとりそろえている。
 
 見慣れたはずの制服の白いシャツが、初夏の日差しにまばゆかった。まるきり知らない町で、懐かしい顔に巡り会ったみたいで、私は無性に泣きたくなっていた。
 ここで近海と別れてしまったら、もう決して会えないような気がして、彼にすがりつきそうだった。

「あたしは蝿か」と私は平静をよそおいながら云った。

 すると近海は、私を見下ろすほど傍に寄って来て、

「じゃあ、マッチ売りの少女にたとえよう。ガラスの向こうに、夢を見ている」

「こっ恥ずかしいから、蝿で好いや」

「あれは幻じゃないし、店員に云ったら、試し弾きさせてくれるよ。俺が頼んでやろうか。だけど、一回弾いちゃったら、絶対離したくなくなるけどね」

 近海はふしぎと、諭すように優しく云った。案外、おせっかいな性分なのかも知れない。

「だったら、やめとく」私は云った。「やばいじゃん。あんなの、買えれないよ。借金地獄は避けたい」

「それは残念だな。青木が買ったら、まきあげようと思ったのに」と近海はやわらかく微笑んだ。
 
 黒眼がちの濡れた瞳が、あどけない仔犬のようだった。上唇の左端に、小さな黒子があるのを発見し、私は急いで眼をそらした。

 近海の友人たちは、とっくに店の中に入って行ったのに、彼はまだ仲間を追いかけようとはしなかった。引止めるつもりはないので、私のほうがじれったい。






しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...