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第五章 スイミング・プール・サイド Swimming Pool

12.

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 田坂さんが何人かの名前をあげて、彼らがキュレーターの女性と共通の知り合いだと伝えると、お年寄りたちは、それぞれ勝手に喋りはじめたので、ニコラの母親が止めにはいった。

「身内だけで盛り上がってきたら、お客さまのようくんが、除け者にされた気分になってしまうわよ」そう言って、改めて僕の紹介をしてくれた。

 彼女の言葉は、田坂さんへの注意というよりか、僕への警告のように感じられた。食事に呼ばれるのは、有意義だったり、場を盛り上げたりする愉快な話題を提供するためで、黙って笑っていればいいものではないのだ。

「興味深く伺っています」と僕が言うと、

「気を遣わないで構わないのよ。それは佳思けいしの役割なんだから」

 面白かった講義の、例えばエピクロスの倫理について喋ればいいのか、それより、ナオキ先生のコミックについてなら、まだ上手く話せるかもしれないが、ラクロの方が理解されやすいかも知れないし……
 僕は迷ったけれども、ありがたいことに話の流れが変わることはなかった。

「ごめんね、年寄りの相手をさせて」と田坂さんが低声こごえで言った。「隙を見て、逃げ出すから」

 卓子ダブルには、七、八人ほどのお年寄りが席についており、南国の花などをシックな色合いで描いた開襟シャツやワンピースなどの、かりゆし、、、、を着ていた。「マリーナからのお客様」らしい服装なので、いくらか僕の不安もまぎれた。田坂さんみたいに皆がスーツコスチュームだったら、ひどく居た堪れなかったに違いない。

 上座が空席なのは、おそらくニコラの父親が他所よそのグループ——さっきの、キュレーターを含む女の子たちの——に、誘われているからなのだろう。
 上座の向かい、卓子の短辺の席を占めるのがニコラの母親で、ニコラは彼女のすぐ横に移動して、すでに眠そうにもたれかかっている。

 給仕はタパスの皿を下げ、次に前菜の生ハム、それから鱈のピルピル(オリーブオイルウィル ドリーヴ煮)を配った。

「逃げ出すのは、まだ待ってもらっていいかな」と僕も小さく言った。「もっと、ここの料理を味わいたいから」

「他に欲しいものは?」と田坂さんは僕に尋ねてから、給仕に、「僕はミネラルウォーター、炭酸の」

「同じものを」と僕は言い足した。サングリアが甘すぎたので。

 田坂さんの向こうから、お婆さんが喋りかけてきた。

「シドニーに留学していたのに、商学部をやめて、法学部に入り直したの?」

「彼は、撮影で借りているタウンハウスの親族のようくんで、陽太くんは変わらずシドニー大学に通ってるよ」と田坂さんが訂正する。

「一年生なら、まだ十八歳だね」とニコラの大叔父が鷹揚に微笑みながら言った。「十八歳なんて、呼吸いきをしているだけで、楽しくて仕方ないだろう」

 彼の言い回しに、僕はとむね、、、かれる思いがした。

 呼吸をするだけで楽しい年齢なんて、あっただろうか。何時いつも自信なげで、そのくせ世界を俯瞰ふかんし観察しているつもりの、自意識ばかり過剰な僕にも?


—— Aie,aie!(アイ、アイ!)

 やれやれ!


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