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第五章 スイミング・プール・サイド Swimming Pool
10.
しおりを挟む案の定、田坂さんの仕事は終わらず、僕は迎えのタクシーに独りきりで乗り込んだ。
緊張するのは、知らないひとたちと晩餐を摂るからばかりではなく、田坂さんが今朝、後で話したいと言った、あの問題も片づけないといけないからだ。僕らは、ちゃんと話し合わなければならない、むしろ僕から、あの邸で過ごす間は恋人としてつきあうことを。
オープンから間もない海沿いのリゾートホテルは、数日前にも休日の田坂さんの姿を探して訪れたけれど、やはり今夜も僕にはよそよそしかった。
眩い白光色のあふれる吹き抜けのエントランスは、装飾のない馬鹿に大きな四角い箱のようで、海側の壁のほとんどがガラス貼りになっている。昼間は強い陽射しが眩かったけれど、今はすっかり夜の闇に浸され、鏡さながらに室内の様子が反射していた。往来するひとたちは少なくないのに、奇妙に静かで、不安を煽るようだった。
フロントで、プールサイドのレストランの場所を尋ねる。僕が怖気づいた気持をかくし、足早にエントランスホールを横切っていると、窓際の柱を囲むように設置されたバーカウンターの方から、名前を呼ばれた。
「葉くん、こっちこっち」
低くかすれた声で、すぐにニコラだと分かった。
背の高いスツールから降りて、ニコラがこちらに駆けて来た。ジャージ素材っぽいホワイトシャツに紺色のネクタイを緩くしめ、黒のとても短いキュロットを履いてる。厚底の白いDr.Martensは、ハイカットのスニーカーみたいなレースアップ。キュロットがあまりにも短いので、ホワイトシャツ一枚きりしか着ていないようだった。
しなやかな筋肉のついた長いまっすぐの脚は、広い肩幅と相まって、少年の自慢にも見える。
「何か飲む?」とニコラが僕の手をひっぱって、バーカウンターへ向かう。「座って。何でも好きなものを頼んでいいよ。支払いはパパが喜んでしてくれる」
「夕食はまだなの?」
「もう始まってるよ、バーベキュー。お年寄りたちは夜が早い」
「もう行ったほうがいいかな」
「親戚のお爺さんばっかりでつまらない」とニコラは言って、慣れた様子でバーマンにお代わりを注文した。「慌てなくても、食前酒がわりに、一杯飲んで行こうよ。葉くんは何にする?」
「じゃあ、お言葉に甘えて、オレンジジュースを紅茶で割った、ノンアルコールのカクテルを」と僕はバーマンではなく、ニコラに言った。
「ティーミモザだっけ」と彼女はバーマンに尋ね、「ニコは、着る服は自分で選ぶって言ったのに、ママが用意してた、小花柄でフリルだらけの、絶対似合わないサマードレスを着させられたんだ。それで、葉くんを迎えに行くって逃げ出して、着替えたところ」
「ホワイトシャツとネクタイ、かっこいいね。脚も長いし、よく似合っている」
「いいでしょう?」と彼女は自慢げに、「このネクタイピン、今日、水族館の真珠取り出し体験で、取り出したの。ネクタイピンじゃなくて、実はピアスだよ」
バーマンは大ぶりのタンブラーを、モヒートが注がれたのはニコラの前に、僕にはティーミモザを寄越した。どちらも勿論ノンアルコールだ。
コクテルを飲みながら、ニコラは、エイやサメなどの泳ぐ巨大な水槽や、クラゲを封じ込めた球形の水槽、ペンギンやカピバラにごはんをあげたり、コツメカワウソと握手したことなどを、急きこんでしゃべった。
僕は、田坂さんが何時になったら到着するのかが気にかかり、同時に、そのせいでぼんやりしてしまうのをニコラに勘づかれないかも気にしていた、彼女に悪いと思いつつ。
けれどもじきに、僕の不安定な心持ちは、カウンターの上に置いてあったニコラのスマルトフォンが救ってくれた。
しばらくの間、彼女は着信を無視していた。が、煩くなったのか、スマルトフォンを取った。
「ママ、葉くんを連れて、そっちに向かってるって」と、うんざりしたように言う。「……ほんとに? ロビーを通らずに、レストランに入れるの? ……うん、いいじゃん、放っておいたら。威張らせておけばいいじゃん」
通話を切った彼女は、すでに田坂さんがプールサイドにいることを告げた。そればかりか、隣の卓子で女の子たちに取り囲まれ、彼女らを喜ばせるために、フレアバーテンディングの真似事をしていることも。
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