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第五章 スイミング・プール・サイド Swimming Pool
9.
しおりを挟む寝台に寝そべってぼんやりしているうちに、気がつくと時刻は午後四時半になろうとしていた。
僕は嫌々起き上がり、花の実家へ——桃音ちゃんは、靴を貸すことを了承してくれた——向かった。
通いの家政婦さんに、勝手口を開けてもらう。幹也くんが使っていた部屋は、桃音ちゃんの、着なくなったけれども捨てられない服や靴も仕舞ってあるので、ほとんど箪笥で占められていた。幹也くんの服は、年齢的に厳しいから、どれでもあげるよ、と桃音ちゃんが言ってくれたので、せっかくだから色々と物色させてもらった。
けれども、同じような無地のスウェットやTシャツばかりなので、そちらはあきらめて、フォーマルか制服を探すことにした。
ワードローブの扉や引き出しを適当に開けていると、新品同様の白色のカッタウェイシャツが見つかった。120番双糸らしい光沢のある柔らかな生地で、仕立てもしっかりしている。不思議なのはその大きさで、よほど大柄な——身長も身幅も——体格に合わせて作られているのに、思いあたるような親類がいないのだった。
結局僕は、そのカッタウェイと、深緑色のネクタイ、それから、桃音ちゃんのモカシンを借りることにした。
シャワーで汗を流してから、タクシーの到着時間を気にしながら、着替えをする。
カッタウェイシャツは、台襟釦を留めても鎖骨のあいだの窪みが覗くほどオーバーサイズで、襟の形に合わせ、結び目の大きなウィンザーノット——フォーマルにもふさわしいので——で結んだ。シャツが大きいから、同じくオーバーサイズのVネックのジレを重ねる。白と黒のボーダー柄は幅が十糎、左胸にエンブレムが付いている。細身のテーパードパンツと靴下は黒色、モカシンも黒。
鏡に映して、髪を整える。ネクタイに緑色を選んだのは、派手すぎただろうか。無難に紺色にしておけば良かったか。自信がなくなる。
「Ça va s’arranger(サ ヴァ サランジェ)」
僕は鏡の中の自分を凝視ながら、何度も唱える。
「Ça va(サ ヴァ)」
『大丈夫、大丈夫、なんとかなる。僕が酷い人見知りで、知らないひとたちの群れに加わることに、こんなにも怯えて逃げ出したがっているなんて、誰にも気がつかれないよう振舞えるから。大丈夫』
タクシーは七時八分前、正面玄関に到着した。僕が出掛けの挨拶とお礼を兼ねて、台所の桃音ちゃんに会いに行くと、
「嫌ねぇ」と花が僕を見つけて、不服そうに言った。「何をそんなに緊張してるんだ。葉ったら、顔が引きつっている」
—— Ça va?
—— Ça va!
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