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第五章 スイミング・プール・サイド Swimming Pool
8.
しおりを挟む「ニコは行かない」彼女はあっさりした口調で言った。
「でも」とクルーの男の子は控えめに言った。「客間のシャンデリアのシーンは、きれいだからぜひ、って……」
「さっき、セットを見学させてもらったから、もういい」とニコは譲らなかった。「撮影は待ち時間も多いし、ピリピリするし、用事もないのに長い時間じっとしてるの、やだ」
男の子が、助けを求めるように僕に視線を移した。それに気がついたニコラは、
「葉くんは、行ってあげてね。きっと佳思も喜ぶ」
「一ノ瀬さんだけでも」と男の子も言った。
「え、僕も?」意外ななりゆきに、理解出来ずに笑いだしそうになる。「嬉しいし、ありがたいけど、僕が行っても邪魔になるだけだから、遠慮しておきます」
僕は、田坂さんに、彼の傍を離れたくない意思を示すよりか、ニコラに対して、取り繕った態度を取ってしまった。
「ほんと、そうゆうこと」とニコラが大人びた調子で言った。「気を遣わせるなって、伝えてください」
プロデューサーの娘でさえ——だからこそ?——慎み深く振る舞っているのに、家主の親族だからと、僕が傍若無人であっていいはずがない。ニコラのおかげで選択を誤らずにすんだことに、僕は満足を覚えた。田坂さんが、僕のことを気にかけてくれているのが確認出来たことも。
食事をしている間に、ニコラは友達たちと連絡を取り合って水族館へ行く約束をしたので、午後の早いうちに帰って行った。
去り際に彼女は、僕の小指に自分の指を絡めてささやいた。
「レストランには、そんな風な、可愛い格好をして来てね。小父さんや、お爺さんを悔しがらせてやってよ、偉そうにお説教できないくらいに」
僕は台所を少し手伝ってから、花の実家を訪ねることにした。叔父の幹也くんが、学生の頃に使っていたワードローブが置いてあるので、ホテルのレストランにふさわしい服、せめてネクタイを貸してもらいたかったのだ。
それから、ニコラを疑う訳ではないが(彼女と僕では立場が違うので)、ホテルに電話をして、レストランの服装の規定を教えてもらった。『マリーナから乗り付ける場合のみ、きれいめであればポロシャツやジーンズ、スニーカーも可』と言うことらしい。
まさか他所のレストランで食事をするなんて予想もしなかったから、革の靴は持っていなかった。僕より身長の高い桃音ちゃんのサイズが合うなら、貸してもらえないか、頼んでみよう。
考えているうちに、だんだんと億劫になってきた。今朝、初めて知り合った女の子の親戚と、レストランで晩餐だなんて。ふさわしい衣装で、それらしく振る舞う、如才ない人物を演じなければならない、気楽に他人と接することの苦手な僕とは正反対の。
信じてもいない神さまに、お願いしたくなる。田坂さんと、二人きりになれますように、と。何も喋らなくても、気づまりにならずに、寄り添っていられますように。
台所から屋根裏部屋に戻り、ぐったりと寝台に横たわったまま、やるせないため息を繰り返した。開け放した窓から、階下のざわめきが聞こえていたのに、前触れもなく、突如として静寂に変わった。
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