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第五章 スイミング・プール・サイド Swimming Pool
5.
しおりを挟む「冷蔵庫に隠していたら、そんなふうになってたらしい、って言っただけなんだけど、誰の仕業か察した子も居たよ」と田坂さんは答え、「あとで話せる?」と、ささやくように言った。
「うん」僕はニコラに遠慮し、短く言った。
「昨日はサンドイッチだったの?」とニコラが興味を持って、話に加わろうとした。
「牛フィレ肉のステーキサンド」と僕は素直に答えた。彼女を味方にするのは得策だと、咄嗟に計算したから。「今夜は、魚料理でいいかな?」
僕は卑怯だろうか?
台所では、すっかり定位置みたいに、奥の卓子に、ニコラと田坂さんが並んで坐った。僕はカトラリーの準備をする。
「今日の夜は……」と田坂さんが言いかけると、ニコラが後を継いで。
「晩ごはんは、パパたちとホテルで食べないといけないんだって。親戚に囲まれて、お説教されるばっかりだよ。つまらない。今から憂鬱。お話相手として、葉くんにも来てほしい。ママに電話して、葉くんの席も予約してもらう」
「その子が佳思くんのプリンセスね」と、桃音ちゃんが、チーズナンを重ねたカゴを持って来た。
ナンドッグ用のソーセージ、すっかり忘れていた!
ニコラは立ち上がり、
「お世話になってます。パパが、ケータリングが美味しいって、あんまり自慢するから食べに来ました」
「こちらこそ、お世話になっております」と桃音ちゃんは会釈し、「先日は、お野菜や果物をたくさんいただいて、ありがとうございました。どれも新鮮で美味しかったと、お伝えください」
「ニコラちゃんって、プロデューサーさんのお嬢さんなんだ?」と僕は桃音ちゃんに勢いこんで尋ね、「ごめん、ソーセージのこと、まるっきり忘れてた。すぐ買いに行くね」
「急げ急げ」と桃音ちゃんが言った。
「ニコのオムレツも大至急だよ」とニコラも譲らなかった。
「ニコラちゃんに、スフレのオムレットを作るって約束したんだ」
「あたしのほうが上手に焼けるわよ」と、桃音ちゃんは自慢するように言い放ち、ニコラを手招きした。「ニコちゃんも手伝ってね」
「いいの? ニコのママ、ぜんぜん料理しないから、お手伝いするの憧れだったんだ」
ニコラははしゃいで桃音ちゃんの方へ小走りで近づき、僕は遠慮がちに田坂さんに近寄った。
「じゃあ、ちょっと、お使いに行かなくちゃ」
「こっち来て」と田坂さんが言った、すごく親しげな声音で。
言われた通りにすると、彼は、僕に少し屈むよう仕草で伝え、僕のカーディガンの衿元の釦を二つともかけた。
「なんで?」と、振りむいた拍子に見とがめたニコラが、僕より先に訊いた。
「肌が見えすぎ」と田坂さんは、そっけない調子で。
「そのくらい、気にならないよ」と、納得できかねるのか、ニコラが言葉を返した。「全部留めたら、暑苦しい。ポロシャツほども開けてないのに」
「さ、お手伝いしておいで」と田坂さんは彼女に言い、「僕が気にするから」と、僕の耳元で小さくささやいた。
「だったら、部屋の中で裸で歩き回るのも、やめてよね。野蛮人」
ニコラはそう言い捨てて、桃音ちゃんとパントリーに向かった。
僕は、指先で首元の釦に触れた。カーディガンのすべての釦をはずしたら、彼がどれほど慌てるのか試したくなりながら。
ボタンを二つ留めるのは、多岐川裕美の『酸っぱい経験』オマージュです。
歌いだし、
シャツのボタン
二つはずしただけで
の、ところ。
作詞は、松田聖子の『青い珊瑚礁』でもおなじみ、三浦徳子先生。素敵だわ。
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