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第五章 スイミング・プール・サイド Swimming Pool
4.
しおりを挟む男の子の素性を、田坂さんとの関係を暴いて、傷つくのはむしろ僕ではないのか。
だけどもう、僕は充分に衝撃を受けているし、もっと悪いことに、その男の子が視界に入った瞬間に心臓で弾けた、黒い情動。それは、僕が初めて覚えた嫉妬という感情だった。
痛手を負うなら、徹底的である方が、諦めもつきやすい。
僕があまりに凝っと眼を据えていたからか、気配を察した男の子がこちらを振り返った。視線が合う。僕はたじろいだ。
彼は男の子ではなく、狼の子どもみたいな、精悍な顔立ちをした女の子だったからだ。
田坂さんが女の子に、どうしたのか尋ねかけ、彼もまた後ろを向いた。
そして、僕に気がつき、
「葉くん、おはよう」と穏やかに微笑した。
僕は、彼をまともに見ることが出来なかった。
「服、可愛いね」と僕に言った女の子の声は、とても低く掠れていた、男の子みたいに。
「ニコちゃん、まずはちゃんとご挨拶して。花ちゃんの従弟の葉くんだよ」と田坂さんは彼女に注意しながら壁側に避け、こちらに向き直った。
「はじめまして、ニコラです」彼女はあっさりした口調で言った。「ケータリングが美味しいって聞いたから、関係者に紛れて食べに行ってるところ」
「ニコちゃん、それじゃあ、自己紹介にならないでしょう」と、田坂さんが呆れたように言った。
「ニコラちゃん、いらっしゃい」僕は、彼女の存在をどう分類すべきか戸惑いつつ、挨拶した。「服を褒めてくれて、どうもありがとう」
表情だけは、にこやかに。
ニコラは、自身のプレゾンテシヨンなど興味はないらしく、僕の右手を取って握った。田坂さんの指摘など受け流し、繋いだ手をひっぱって、再び台所へ歩きだす。
初めて会うなり、既に信頼されていたようで、彼女の無防備な優しさに、胸がほのかにあたたかくなった。
「葉くんは、もう朝ごはん済ませた?」とニコラが尋ねる。
「まだ、食べてないんだ。ニコラちゃんは、なにか食べたい物はあるの?」
田坂さんは、僕の左手側の隣、すぐにも触れられる距離で歩いていた。彼の存在を意識して、僕の腕は硬直する。
彼はもう、僕と手を繋ごうとはしなかった。こんなにも近くにいるのに、その隔たりが、絶望的なほど遠くに感じられた。
「ニコね、今朝は、焼きたてのオムレツが食べたい。ホテルの朝食みたいな、焦げ目のないオムレツ」
「ニコラちゃんが好きなら、スフレのオムレットを焼こうか? 焦げ目がつくのは許してくれる?」
「やったぁ! スフレのオムレツなら、焦げ目がついたってかまわないよ。スフレを焼けるなんて、葉くんすごいね」とニコラは繋いだ手を大きく振った。
「ごめんね、葉くん」と田坂さんが言う、まったく保護者の口調で。「ニコラの食事まで作らせて」
「僕も、朝食に卵が食べたかったから」と僕はうつむいて答えた。彼の、セーターの袖口をたくしあげた肘のあたりに、中途半端に左手を近づけただけで、触れる勇気はなく、諦める。「あの、昨日はありがとうございました。サンドイッチは、みんなで食べましたか?」
「あんまり美味しいから、無言で、瞬く間にたいらげてたよ」と田坂さんは言い、笑いながら、「それから、お菓子の入った紙バッグ、焼き菓子の下のプチプチにも、壊れやすいお菓子が包まれてるって予想したみたいで、でも広げてみたら、単純にプチプチを丸めただけだったから、みんな動揺してた」
「お菓子泥棒の花の仕業だって、きちんと説明してくれた?」と僕は冗談めかし、思いきって田坂さんのセーターの裾をつかんだ。彼の方に首を傾け、鼻を寄せると、FLORISのオードトワレの香りが懐かしくて、眼頭が熱く痺れた。
裾をにぎったまま、彼を上眼遣いで見上げる。
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