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第四章 7時から5時まで De 7 à 5

10.

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「僕が出来ることは、出来上がった料理や食器クゥヴェルトを運ぶか、洗い物くらいですけど」と僕は日常的な調子でナオキ先生に言った。
 質問に対する答えとして、ごまかしも、隠しごともない。

「ところで、ナオキ先生、お菓子はお気に召しましたか?」

「お菓子は大好物ですけど、どのお菓子のことです?」とナオキ先生は身を乗り出した。

「書斎の外の卓子ターブルに置いた紙のバッグサッコン・パピエ、気がつかれませんでしたか」

「ああ、ごめんなさい。まさか、そんなええもん、、、、を届けてもらってるとは、つゆ知らず……」

「取って来ようか」と言いながら、田坂さんは返事も待たずに駆け出した。

「室内で走ったら危ない」とナオキ先生が言い終わる前に、彼は台所キュイジーヌから姿が見えなくなった。

「子どもじゃないのにねぇ」とナオキ先生は愚痴っぽく言った。「子どもだって、走った駄目ですけれども」

客間サロンから書斎に続く階段を、疾走するのは面白いですもん、特にくだりは」

「きっと、ようくんが、い息抜きになってるんですよ。外界の空気を運んで来ると言うか。撮影が終わるまでは、謂わば、ここに軟禁状態なので。脱走しないように、自動車くるまや単車のキーも、没収されてるらしいですし」

 ナオキ先生に、田坂さんについて、もっとお話をしてもらいたかったのに、彼の帰りは早かった、あまりにも。

「下駄で走らせたら、誰も敵わないから」呼吸いきが上がっているのを悟られないように、田坂さんは真直ぐ僕に向けて、落ち着いて言った。

 ナオキ先生は、バッグサックからギモーヴやフィナンシェを一つずつ取り出しては、僕に何味か尋ね、大喜びした。

「“持って来い”してくれたのは、ありがとうやけど、味オンチの佳ちゃんには、もったいなくてあげれんわ」

 田坂さんが哀しそうな上眼遣いで僕を見たので、僕は声に出さず、脣だけ動かして『あとで』と言う。
 田坂さんが満足したように微笑む。

「さあ、午後からも倍速でがんばらないと」と田坂さんは腕を伸ばし、僕の左手首を掴んで引き寄せる。腕時計で時間を確認すると、「まだ三分の余裕があるかな」
 すぐには放さずに、指先を握ってから、僕の手を僕に返却した。

「僕のペッシュを、持っているだけ、全部あげたい」と僕は田坂さんに言った。

「ペッシュ? 桃のお菓子をくれるの?」彼が、あどけない感じで首をかしげる。

「つまり、元気を分けてあげたいって意味で」

「なるほど」と田坂さんは曖昧につぶやいた。

「つまり、桃が元気のメタファーってこと」とナオキ先生が解説した。「ようくんって、時々、特殊なメタファーを使いますよね。意味は通じますけど、あんまり他では聞かない表現」

「そうでしたっけ……たまに、指摘されなくはない、かも」

「ほら、身内の汚れ物は身内で洗濯しろ、みたいな」

「もう時間切れ」と田坂さんが、ぶっきらぼうに言った。
 ナオキ先生と僕が、彼抜きで親しく喋るのは不服だと表示したそうに。そんな風に受け取ったのは、買い被りすぎだろうか。



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