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第四章 7時から5時まで De 7 à 5
9.
しおりを挟む怪文書の差出人が突き止められても、そうでなくても、その人物や手紙を受け取ったひとたちのこれからを思うと、いささか暗澹としてしまう。
だけど、僕の問題は解決したのだ、気に病むのはお終いにしよう。
今夜のピクニックのために何を準備するか、それが今度の緊急の問題となった——平和なことだ!——。
サンドイッチを夕食にふさわしい献立にするなら、フィリングを牛フィレ肉にすると、ご馳走の感じになるだろう。
けれども、桃音ちゃんが、田坂さんは『食に興味がない』と指摘していたから、何を食べさせたら満足してもらえるのか、見当もつかない。僕の料理なんて、期待していない?
そんなはずはない、だって、『忘れないで』って、念を押してくれたもの。
スクーターで駅前の商店街へ走った。気分が晴れやかだからか、そぞろ歩きの観光客さえ(あまり)邪魔には感じなかった。
食肉店と、桃音ちゃんに教えてもらった美味しいパン屋さんとケーキ屋さんを周る。ノンアルコールのカクテルも検討したけれど、辛口のジンジャーエールを作ることにして、新鮮な生姜とスパイスも調達する。
田坂さんの嗜好を変えようなんて、まさか僕にそんな影響力はないけれど、それでも、せめて今晩だけでも、美味しさを共有してもらえたら嬉しい。買い物をしながら、彼のことばかり考えた。
彼と僕との間には、相互の関係が築かれている。僕の一方通行ではなくて。その状態が僕を高揚させる。
牛肉が痛まないよう、寄り道はせずに邸へ帰った。お世話になったお礼に、ナオキ先生にもお菓子を届ける。書斎の扉が開いていたから、仕事の邪魔をしないよう、扉の脇の卓子に、お礼を走り書きしたケーキ屋さんの紙のバッグを置いておいた。
ギモーヴだけにしようと思ったのに——それだって、選べなくて桃や無花果に、カシス、フランボワーズ、林檎と、サングリアやフロマージュも——、蜂蜜のフィナンシェ、シトロンのマドレーヌまで詰め込んでいる——だから、ママや伯母ちゃんたちに不器量だって責められるんだ。分かってはいるけど!——。ほんの買い出しに、舞い上がってしまった。
ナオキ先生が甘いお菓子を苦手でも、アシスタントのひとに配ってもらって、許してもらおう。
初めてナオキ先生と会ったのは、この書斎で、あの夜は、田坂さんと二人して随分と深刻な様子だった。あの時、すでに怪文書の対処を話し合っていたのかもしれない。
浴室で汗を流し、着替えをしてから台所に戻った。お弁当の用意をする前に、軽く昼食を摂るつもりだった。
奥の卓子に、田坂さんとナオキ先生が坐っている。田坂さんが僕に手を振った。ナオキ先生は上を向いて、おしぼりを眼に当てていた。
卓子にはお茶碗とティーポット、食べ終わったらしいお皿。
「ちょっと休憩してるところ」と田坂さんが言った。「葉くんも?」
「うん。何か軽く食べて、夕食の準備をしようかな、って」
「葉くんも、キッチン要員になったんです?」とナオキ先生が、おしぼりを取って瞬きした。
田坂さんが、僕に視線を投げた。僕がどんな風に答えるのか、窺うように。その眼つきは、僕を共犯者として注視しているみたいだった。
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