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第四章 7時から5時まで De 7 à 5
6.
しおりを挟む睡眠時間が短かったせいか、不安からのストレスなのか、耳鳴りがする。
「手紙の件?」と僕はオウム返しに言った。
「そう、怪文書がばら撒かれている」と彼女は僕の上腕を掴んだ。
自分と、廊下の壁の隙間に僕を押さえつけるようにして、足早に台所へ向かう。
「内容は、無責任なスキャンダルに分類されるけど、名指しされた本人は、めちゃくちゃ傷つくし、厭な気分になると思う」と花は周囲を伺いながら言った。「殺害予告とかじゃないのは、不幸中の幸いだよね」
「もしかして、ユキちゃんのお友達?」
「だけじゃない。他に何人も。もしかしなくても、葉にも届いた? あたしは、まだ」と不満気に眉をしかめる。
「来たかもしれない。寝ぼけていたから、はっきりしないけど、扉の下から白色の封筒が差し込まれた」
「なんて書いてあった?」やっぱり、彼女は嬉しそうだ。
「それが、いくら探しても見つからないんだよね。しばらく放っておいたからにしても、消えるわけないし、夢だったのかも」
「可能性としては、田坂氏が回収した、葉を負ぶって部屋に連れてったときに」
「花ちゃん!」と、背後から、芽以子伯母ちゃんが、きつい口調で言った。
「内緒話は、しちゃ駄目だよ」
「だってぇ」と花は脣を尖らせ、指先で前髪を払った。
「警察に任せること!」と芽以子伯母ちゃんは強く言い切った。「あたしらは、不確かな噂話なんかに係わらない、何か気がついたら、警察に相談する。しゃんとして、皆んなを不安にさせないの。分かった? しっかりしろ、花!」
「えー、なんで、あたしだけ?」
「お口チャックで、お料理の運搬頼んだよ」
叱られたばかりなのに、花は僕に眼線を遣ると、
「午後に作戦会議な」と眼元に微笑をたたえ、小さく言った。
芽以子伯母ちゃんの叱責がまたはじまったが、僕は台所を出て、田坂さんの書斎に急いだ。
衣桁屏風に掛けてあった上衣。ポケットの封筒。まだ、あるだろうか。田坂さんに気を取られて、意識しなかったけど、もう上衣は掛けられてはいなかった気がする。
駆けつけたそこには、上着もシャツも見当たらなかった。洗濯するなら、地下の洗濯室で洗うよりか、クリーニング店に出すんじゃないか。
どちらにしても、衣装係のユキちゃんが、見つけて、見つけて? あの女の子に見せるだろうか。悩んでいたのは、むしろ、あの女の子だった。では、発見したのは彼女だったのかも。
どんな嘘の密告が、田坂さんに対してなされていたんだろう。まさか脅迫とか、傷害予告とか。それで夕べは、あんなに独りになりたがらなかったのだとしたら。
耳の奥で、魔女が囃し立てる。
『醜穢』『醜穢』『醜穢』『醜穢』『醜穢』……
いや、違う。醜穢は、つまり清美なんだから!
『消えろ、消えろ』『消えろ、消えろ』『消えろ、消えろ』……
血液の下がる感覚に襲われ、僕はその場にへたり込んだ。
あんなに浮かれていた自分が恥ずかしい。彼に係わる事柄なら、どれほどささやかでも、過剰に反応して舞い上がったり、落ち込んだりしてしまう。今だって、どのような対処をするのが最善なのか、見当もつかない。証拠もなしに、警察には頼れない。
僕は不安のあまり、胸のあたりが冷たく騒ぐのに任せるばかりだった。そうして、独りで腹を立てていた、すぐに動揺する、自分のメンタルの弱さに。
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