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第四章 7時から5時まで De 7 à 5
12.
しおりを挟む前日の夜も、その日の昼間も、よく晴れていたのに、夕方には雲が空を覆いはじめた。天気予報では、日付が変わる頃から天候は下り坂になると告げていたけれど、雲の流れが早まったみたいだった。
雨が近づいたせいか、バルコニーに出ると湿度が高く、蒸し暑いし、空に星の一つも輝いていなかった。
「絨毯とクッション、湿ってない?」と、僕は情けない気分で田坂さんに尋ねた。
肉を挟んでなじませていたサンドイッチを切り、バスケットに詰めていると、田坂さんが台所に戻ってくれたので、アイスペールとギモーヴを入れた紙のバッグも持って行くようお願いしたら、バスケットを運びたいと言い張った。
「スープも入れてるし、重いよ」
「だったら、なおさら僕に任せたらいいよ」
正面の大階段を昇って、バルコニーへ向かった。
田坂さんが、あまりにもにこにこしているので、その笑いが僕にも伝染するようだった。
「ナオキがね」と田坂さんが言った。「キッチンに坐っていると、女のひとたちにチヤホヤしてもらえるから、大好きなんだって言っていて。僕は、お客さん扱いしてもらえたら、それはキッチンでなくても嬉しいに決まってるって、思っていたんだけど、ナオキの気持がやっと理解出来たかもしれない。こんな、今みたいな気分のことを言ってたんじゃないかなって」
「僕は、女の子たちのホスピタリテや包容力もないし、あ、花は女子だけど例外ね、それに、桃音ちゃんみたいな、料理上手でもないし」
「そう? こんな大掛かりなピクニックを用意してくれたのに?」
「喜んでもらえるのは嬉しい、すごく」
廊下はエアコンがなくて涼しくないのに、フランス窓からバルコニーに出たとたん、ぬるい空気の圧に息が苦しくなるようだった。冬は底冷えのする大理石の邸だけあって、やっぱり夏でも幾分かは凌ぎやすいみたいだ。
「手を洗ってきて」と僕は田坂さんに言った。「その間に、盛り付けしておくから」
「まだ、秘密なんだ」
「サプライズ!」と冗談ぽく言いながら、僕は大げさに彼を追い払う仕草をした。
バスケットからサンドイッチを載せた大皿とポテトフライ——揚げてなくて、オーブンで焼いたから正確には“フライ”じゃないけど——を山盛りにした楕円のボウル、それから(僕の)好物のキャロット・ラペの深皿を出す。
それぞれに小皿やナプキンやカトラリーを並べてから、魔法瓶のスウプをボウルによそった。
「そんなに食べきれる?」と帰って来た田坂さんが、びっくりしたように言った。
「加減が分からなくて、作りすぎてしまうんだよね。ジンジャエールは辛口でいい?」
「うん、辛口で。その、perrierと並べてた瓶が、ジンジャーエールなんだ?」
彼は脚を投げ出して絨毯の上に坐った。すぐに下駄を脱ぎ捨てると、片膝を立てる。彼の様子はまったく自然で、ことさらポーズを決めてもいなかったのに、モード雑誌のグラビア写真を眺めるようだった。
「そう、このシロップをperrierで薄めて飲む。普通は一晩寝かせるらしいけど、二十分で出来る作り方を試してみたんだ。どうかな……」
「きっと、美味しいよ」田坂さんはそう言って、「このラグ、別に空気の湿度でしっとりした感じ、ないよね」と手のひらで絨毯を触って言った。
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