上 下
40 / 83
第四章 7時から5時まで De 7 à 5

12.

しおりを挟む

 前日の夜も、その日の昼間も、よく晴れていたのに、夕方には雲が空を覆いはじめた。天気予報では、日付が変わる頃から天候は下り坂になると告げていたけれど、雲の流れが早まったみたいだった。
 雨が近づいたせいか、バルコニーに出ると湿度が高く、蒸し暑いし、空に星の一つも輝いていなかった。

絨毯タピクッションクッサン、湿ってない?」と、僕は情けない気分で田坂さんに尋ねた。

 肉を挟んでなじませていたサンドイッチを切り、バスケットパニエに詰めていると、田坂さんが台所キュイジーヌに戻ってくれたので、アイスペールソー・ア・グラソンとギモーヴを入れた紙のバッグサッコン・パピエも持って行くようお願いしたら、バスケットパニエを運びたいと言い張った。

「スープも入れてるし、重いよ」

「だったら、なおさら僕に任せたらいいよ」

 正面の大階段を昇って、バルコニーへ向かった。
 田坂さんが、あまりにもにこにこしているので、その笑いが僕にも伝染するようだった。

「ナオキがね」と田坂さんが言った。「キッチンに坐っていると、女のひとたちにチヤホヤしてもらえるから、大好きなんだって言っていて。僕は、お客さん扱いしてもらえたら、それはキッチンでなくても嬉しいに決まってるって、思っていたんだけど、ナオキの気持がやっと理解出来たかもしれない。こんな、今みたいな気分のことを言ってたんじゃないかなって」

「僕は、女の子たちのホスピタリテや包容力もないし、あ、花は女子だけど例外ね、それに、桃音ももねちゃんみたいな、料理上手でもないし」

「そう? こんな大掛かりなピクニックを用意してくれたのに?」

「喜んでもらえるのは嬉しい、すごく」

 廊下はエアコンラ・クリムがなくて涼しくないのに、フランス窓からバルコニーに出たとたん、ぬるい空気の圧に息が苦しくなるようだった。冬は底冷えのする大理石の邸だけあって、やっぱり夏でも幾分かは凌ぎやすいみたいだ。

「手を洗ってきて」と僕は田坂さんに言った。「その間に、盛り付けドレッセしておくから」

「まだ、秘密なんだ」

サプライズシュルプリーズ!」と冗談ぽく言いながら、僕は大げさに彼を追い払う仕草をした。

 バスケットパニエからサンドイッチを載せた大皿プラポテトフライフリット——揚げてなくて、オーブンフールで焼いたから正確には“フライ”じゃないけど——を山盛りにした楕円のボウル、それから(僕の)好物のキャロット・ラペの深皿クレゥズを出す。
 それぞれに小皿アシエットナプキンセルヴィエットカトラリークヴェーを並べてから、魔法瓶のスウプをボウルによそった。

「そんなに食べきれる?」と帰って来た田坂さんが、びっくりしたように言った。

「加減が分からなくて、作りすぎてしまうんだよね。ジンジャエールは辛口でいい?」

「うん、辛口で。その、perrierと並べてた瓶が、ジンジャーエールなんだ?」

 彼は脚を投げ出して絨毯タピの上に坐った。すぐに下駄を脱ぎ捨てると、片膝を立てる。彼の様子はまったく自然で、ことさらポーズを決めてもいなかったのに、モード雑誌のグラビアグラヴェール写真を眺めるようだった。

「そう、このシロップスィロをperrierで薄めて飲む。普通は一晩寝かせるらしいけど、二十分で出来る作り方を試してみたんだ。どうかな……」

「きっと、美味しいよ」田坂さんはそう言って、「このラグ、別に空気の湿度でしっとりした感じ、ないよね」と手のひらで絨毯タピを触って言った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

バカンス、Nのこと

犬束
現代文学
私のために用意された別荘で過ごした一夏の思い出。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

彼女は処女じゃなかった

かめのこたろう
現代文学
ああああ

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

処理中です...