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第二章 鶉のアントレ Les cailles rôties
8.
しおりを挟む座敷の畳に寝そべって、伸びをしながら花が言った。
「八時前には撤収して解散の予定だったのに、もうじき九時になる」
「花ちゃんが悪ノリしなければ、もっと早く帰れてたかも」と僕は皮肉っぽく言った。
明日は撮影がお休みだから、今夜から邸のケータリングも(女子寮も)休業なので、ナオキーツ先生を伴って、花の実家へ晩ご飯を食べさせてもらいに来ている。
花は帰るなり自分だけシャワーを使い、部屋着——胸に不気味な絵柄のバンビが跳ねている真っ赤なTシャツワンピース——に着替え、座敷に横になったまま、横着な態度で何もしやしない。
伯母さんは「家のご飯だから、カレーで簡単に」と言っていたけれど、キーマカレーに、お惣菜は素揚げして塩をふった地元自慢の夏野菜(じゃがいも、安納芋、南瓜、蓮根、人参、パプリカとか)、釜揚げしらす、自家製の燻製(味つけ玉子、チーズ、鶏のささみ、はんぺんとか)、トマトの冷たいおでん、ぬか漬け(茄子、ズッキーニ、キャベツの芯、茗荷とか)、新牛蒡のポタージュ、瓶詰めの地ビールなど、食卓にはずいぶん賑やかにご馳走が並んだ。
花が伯母さんの手伝いをしないので、ナオキ先生と僕が、料理を取り分けたり配膳したりした。
台処から、伯母さんが花を呼ぶ。
「ごろごろしていないで、お茶のポットとコップくらい運びなさい。先生がいらしているのに、恥ずかしい」
「お招きいただいたんですから、お手伝いくらいさせてください」とナオキ先生の穏やかな声が。「気分転換に、よく料理するんですよ」
「キーツ先生は優しいよねぇー、ママと違って」と花がわざとらしい口調で言った。
ナオキ先生がコップにお茶を注ぎながら、
「花ちゃんのパパは、帰りが少し遅れるらしいので、先に食べててくださいって」
「そうそう、キーツ先生」と花はもう起き上がり、お匙でポタージュを掬い、「今日、収録した番組、先生は音源をもらえるんでしょう? 編集前のやつ」
彼女が「データではなく、ぜひフィジカルでくれ」とせがむから、先生は自分がCDに焼いて郵送するより、田坂さんに頼んだ方が早いのか、気を配ってくれる。
忙しいのに申し訳なく思いつつ、仕事ができる人は配慮も怠らない、と感心して二人のやり取りを眺めていた。
「田坂さんと言えば」と花が突然、彼の名前をだして僕を睨んだので、心臓がどきっとした。「葉、あなた、田坂さんに良くお礼を言っておきなよ。まずはお詫びして」
「僕が? 何か失礼をしたっけ?」
何について言っているんだ?
心当たりがなくて、——ある意味において、近くに居られるだけで仕合わせだから、お礼について心当たりは充分にあるとも言えるのだが——狼狽してしまう。
「お昼間、応接室で転寝してるのを、屋根裏までおぶってくれたんだからね」
田坂さんが僕を背負って、三階まで運んでくれただなんて!
それは、あの部屋で二人きりになったと言う意味なのだろうか。どのくらいの時間、彼は滞在したのか。部屋に来てくれたから、悪い夢から醒めたとき『SANTAL』の香りが残っていたんだ。
眼を醒せなかったなんて、不覚! 眠ったふりをして、彼の背中を感じていたかった。だけど、変な寝顔してなかったかな……。
強い衝撃に、感情が混乱する。
「起こしてくれればいいのに!」と僕はほとんど叫ぶように言った。
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