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第二章 鶉のアントレ Les cailles rôties
6.
しおりを挟む軍刀は提げていないけれど、無帽で、こんなことってあるんだろうか。眼を疑う。夢のビジュアルが展開しているなんて。不思議でしようがない。
カメラは回っていなかった、が、花が携帯電話のビデオで、踊る二人のようすを録画をしている。
すっきりしたアールデコ調の食堂室は、艶やかな大広間に変貌していた。
壁を覆うほど巨きな二枚の肖像画が、ひときわ眼を引く。タマラ・ド・レンピッカの画風で描かれた、純白のドレスをまとったメルトイユ侯爵夫人と、黒いタキシードのヴァルモン子爵だ。
壁際には、一抱えもありそうな白と黒の新鮮なカラーリリーを投げ入れたクリスタルの花瓶が満ちあふれ、甘い香りにむせかえるよう。
監督はアップライトピアノに寄りかかり、ドラムをブラシで擦るみたいに、片方の腕でリズムを刻んでいた。
建築学科卒業の三十六歳。面長で、少しウェーブした髪を後ろに流し、濃い色の眼鏡をかけた風貌は、ジャン=リュックと言うより、ウディ・アレンぽい。衣服は黒一色。
原曲よりも早いBPMで愉快そうにピアノを奏でて(鍵盤を叩きつけて)いるのは、銀髪を夜会巻にした年配の女性で、ニットのドレスもシューズも——花々に紛れさせるためか——淡い苦蓬色。
撮影用のレールの内側、軽やかに弾む足どりで踊る二人の姿は、活き活きとして、アメリカのプロムではしゃぐ高校生みたいにも見える。
小柄な侯爵夫人は、ハイヒールの高さを足しても、相手役とは二十五糎の身長差があるはずなのに、それを感じさせないほど圧倒的な存在感があった。
真珠で造形したかのように、美しくて輝きがあり、そして、自信たっぷりの表情に、剛情さを隠しもしない。
コクトーが戯曲化した『アンティゴネ』で主演を務めた舞台は、神々しくて素晴らしかった。まだ、若干十九歳だったのに。
彼女をリードする田坂佳思の、肩に置く手の圧力も、合わせた掌の温度も、寄り添った躰の感触も、僕にとって既知のものだった。
僕は感嘆と称賛と、より強く誇らしさをもって彼を眺めた。
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