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第二章 鶉のアントレ Les cailles rôties

2.

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 花の電話で起こされた。

 寝不足で頭が痛むから、一度は応答もせずに切ったのに、すぐにまた掛けてきて、いつまでも呼び出すのをあきらめない。根負けして携帯電話を取る。時刻は午前7時だった。

「業務連絡です」と花は命令的な口調で言った。「食堂室サラマンジェは撮影に使うので、食事をする部屋は応接室レセプションへ移動しました」

「わざわざ電話するほどのことかな」と僕は起きぬけのしゃがれた声で抗議した。

「だって、のんきにうろつかれたら、作業に支障が出るでしょう。あと、中央の大階段の方も行かないでよ」

「承知しました」と僕はなだめるように言う。

「あと、応接室レセプションにいらっしゃい。すぐにね。絶対びっくりする」

 その声は悪戯っぽく弾んでいる。

 もしかして、田坂さんに関係することだったら……?

 都合よく解釈すると、淡い期待に、お腹の蝶たちがざわめきだす。

 シャワーを浴びようか、何を着ようか、まだしゃんとしない頭で迷ったあげく、結局はいつもと変わり映えしないTシャツとジーンズで部屋を飛び出した——浴室を使う間に彼がいなくなってしまうかもしれないので、そちらは省略した——。

 応接室レセプションと呼んではいるけれど、食堂室サラマンジェの六分の一ほどのこぢんまりした部屋で、大祖母がごく親しい女友達をもてなした喫茶室ティールームだ。
 卵色の壁一面に、子犬や子猫の絵が隙間のないほど掛けられ、それらは喘息のせいで動物を飼ってもらえなかった大祖母が収集したものだった。
 今は地下の倉庫に収蔵しているけれど、セシルの寝室シャンブルとして撮影した時は、昔通りに飾っていたと、あとで花が教えてくれた。

 急いで駆けつけたのに、花が見境なく招集をかけたのか、すでに廊下までひとがあふれていた。優しげな婦人室のはずが、白色ブロンシュの布を掛けた長机とパイプ椅子が押し込められ、学園祭の模擬店然としている。
 何事かと近くの男の子に尋ねると、ナオキーツ先生が、似顔絵を描いてくれているのだと言う。

 僕は落胆した。僕の関心事は田坂さんの居処いどころだけだったから。
 そして突然、——うすうす勘づいてはいたけれども——それが非常に悪い兆候だと悟った。淋しさ、あるいは退屈のために、かまいつけてくれる恋人シェリィを欲しがっているだけだなのだ。
 つまり、単純に、僕が恋をしているのは、恋なのだった。

 応接室レセプションの騒ぎがバレたのか、現場の主任と思われる年嵩の女性がやって来て、解散して持ち場に戻るよう、大声で指示した。人波が速やかに引いて行く。

「キーツ先生、ここでイベントして下さいよぉ」と馴れ馴れしい調子でせがむ花の声が、部屋の外まで聞こえた。


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