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第三回 そーゆーんじや…
しおりを挟む「そーゆーんじゃないんだけどお」
「どっちしろ俺、足がないからさ。始発まで待たなきゃどうしようもできないよ」
「だけどさあ、なんかここ暑くない?」
「顔色が悪いな」と肩を抱き寄せようとしたら、彼女は前腕で俺の胸を押した。「ミネラルウォーター買って来ようか」
「いらない。欲しくない」
「横になってみる?」
「ううん。和紗、明日ってゆうか、今日仕事?」
「休みだよ」
「えー、どーしてえ。サボってばっかりのくせして。ちゃんと働けよお」
由衣はしきりにからんだ。クラブに居た時点で無闇に飲んでいたのが、いけなくなったのかもね、と彼女をかばいながらも内心、けどマジうざってえ、とかなり持て余し気味。グラスに注ぐのも邪魔くさく、俺は持参したウイスキーの壜からじかに呷っては、味が解らなくなるほど煙草をふかした。
由衣の、繊細な喋り方や仕草、秀でた鼻の感じ、華奢な容子とかを最初は凄くいいな、と俺は思っていて、ずっと一緒に過ごしても苛々せずに済みそうだった、けど、余り癇性で取り扱いが六ずかしいのは如何なものであろう、と己の神経質な性格は棚上げして、次第に彼女がいささか煩わしいような気がして来た、今日この頃ではあった。
俺の上腕を平手でひっぱたき、由衣は、
「だけどお、帰った方がいいと思うよ」とまたも同じような文句ばかりを繰り返したが、突如、「もういい」
ぷいっと立ち上がってトイレへ。
片や安珠はテレビ前から卓袱台側へ移動、「由衣に貰ったロールケーキ食べちゃおっと」と俺に云っているのか、あるいは大きな独り言なのか云って、蒲鉾型の箱をビリビリ破ると丸ごと掴み、豪快に一口かじってのち、俺に向けて悪戯っぽく微笑んだ。
共通の話題を探すのも億劫で、
「部屋に男入れたら、彼氏が怒るだろう」と俺は格別考えもせず問うた。
「へっちゃら。そんなひと居ないし。で、和紗くんって、今はどんな仕事してんの」
「服屋」
「やっぱ服とか好きなんだ。もしあたしが買いに行ったら、コネでオマケしてくれる?」
「いいよ」
「やったー。お店の場所教えて」
惚れたとかじゃなくってさ。新鮮な感じ? 安珠を見てると凹んだ気分も紛れるかも、くらい。帰るのダルいし、安珠に甘えてみたくなって。俺は由衣がトイレから戻って来てないか素早く確認、而して、
「それよかさ、今夜泊めてよ」と安珠の腕に手をかけつつ囁き、胡座をかいたまま身を乗り出した姿勢、酔っ払ったお陰かバランスを失い、思わず強く彼女の手首を握りしめてしまった。縋るような上目遣いをしているのが、自分でも解る。
「今日?」と安珠は警戒もせず尋ね、「今日ってこれから? でももう朝だしさ。それとも今晩って意味なの」
「どっちでも構わねえや。どっちともでも。決めてよ」
「だったら、どれが都合がいいか、由衣にも相談しないと」
「いいじゃん、放っとけば」
安珠が脣を動かしかけるのと同時に、由衣がよろけた足どりでベッドに近寄り、気持悪う、と倒れ込んだので、安珠の返事は聞けなかった。
あの日以降、由衣とは逢っていない。
〈 続 〉
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