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しおりを挟む緑につつまれた森の中、二人だけで営む日々、牡鹿やじゅずかけ鳩やカタツムリを獲って食べたり、パンやお菓子を焼いて、野苺のジャムだとかジェリーを煮たり、ピクルスを漬けたりして、食事のあとには葉巻をふかしながら、ブランディを垂らしたコーヒーを飲み、あのひと自身が酔わせるのだから麻薬なんか要らない、黒いアイラインを引いてマスカラをつけ、おそろいのロングコートを拵えるために百羽の兎を狩り、小鳥や鼠や蜥蜴を殺してお墓をつくってやってもいいし、もしも可愛らしい女の子が迷いこんで来たら、もっとも残酷な拷問にかけて楽しんだっていいのです(もちろん、あのひともぼくも、女の子なんかとファックするつもりはありませんでした。たとえ美しい屍体だっても)。
雨が降れば、青かオレンジいろのビニールシートでテントを張り、あのひとはぼくに背中をむけて佇みながら曇った空を眺め、ぼくはロッキングチェアをきしませつつ湿気たマルボロをたてつづけに喫い、濡れて泥まみれになった裳裾が、あのひとのからだを凍えさせはしないか、心配でいらいらするでしょう。
ほくは大切なライダースブーツが汚れないよう慎重にルートを選んであのひとに近より、もうちょっとのところで泥濘に足をとられてすべってしまい、だけど大丈夫、あのひとのたくましい胸と腕にしっかり抱きとめられ、照れかくしに笑って見あげると、あのひとはさびしげな微笑を洩らして、ぼくの左の瞼にやわらかく脣をふれ、坊や、あっちへ行っておいで、ということでしょう。
お天気の好い午後には、二人でソファにすわり、ぼくは退屈のあまり、すねて泣きじゃくるかもしれませんし、小川のほとりで草の褥にかさなりあって身を横たえ、息をとめて死んだふりをしてすごすこともできるのです。
そんな情景を、ぼくはあのひとの肩に歯をたてながら夢想しました。ドレスの肩口は、ずっと噛みつづけたせいで唾液と涙に湿ってくしゃくしゃになり、あのひとは袖口からハンカチをひっぱり出して、母猫が子猫を押さえつけて舐めるような、やさしい荒っぽさでぼくの涙をぬぐい、洟をかませました。
ぼくは鼻の頭を赤くした見っともない顔を恥じ、それでも姿勢をしゃんとさせて、凶暴な獣だろうと嵐だろうと、すべての危険からあのひとを守ることを誓いました。その勇気を授けてくれたのは、あなたです。
あのひとは謎めいた表情をうかべ、結局のところ、と厳かにいいました。おまえがあこがれるのは仕合せだった記憶、あるいは新たな愛の予感、眼の前のものは何だって気にいらないのだから、これからもわたしを求めて旅をつづけるがいい。
あのひとは、からだをはなして立ちあがりました。ひどくゆっくりした動作で(ぼくには、圧縮された永遠ほどにも感じられました)ワードローブまで歩いて行き、扉をあけると、別れのあいさつもせず、また決してふり返りもせずに、中へ身をくぐらせました。
茫然と見つめるぼくをのこし、扉はしめられました。扉の合わせめの細い隙間にドレスの裾がはさまれ、小さな三角形の布地が垂れていましまが、すぐに内がわから引っぱられて、見えなくなりました。
〈いやだ、行かないで。ぼくを独りにしないで〉
泣きわめきかがら、ガラス製のノブをめちゃくちゃに押したり引いたりしました。とざされた扉に力まかせに拳をたたきつけると、ワードローブは倒れ、その拍子にいきおいよく扉がひらきました。しかし、古くさいドレスがひしめいているばかりで、異次元への入口などありはしませんでした。
コーヒーが吹きこぼれます。いつまでも泣いていられません。兎は焼きすぎになっていないでしょうか。
ぼくははだかになり、コルセットをつけ、ストッキングをはきました。こんどはぼくが、クリームいろのドレスを着て、むかえに来るあのひとを、ここで待ちつづけるのです。
〈 了 〉
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こちらも読んでくださって、ありがとうございます😆💕
長さもお気に召して、嬉しいです。
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今夜も、素敵な夢を見られますように🦉🌙
この世界観も大好き。たまらん。
いくらでも留まっていい場所って、本当に安心していいのかわからない。謎の魅力は魔力かな😏ヌフフ
アポロン🌲
なんと、ずっと留まってよい場所が、イコール安全・安心ではないかも、とは🥶
考えたこともなかったよ。
すごい洞察力。
いつも、ありがとう🙏
発熱した深夜だから、書けた(書くことを自分に許した?)世界🦉🌙