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しおりを挟むふたりそろっての豪勢な夕餉はおいしく、楽しいものでした。あのひとは親密さをふくんだ、そっけないような世話のやきかたをし、ぼくが片っぱしから料理を平らげるのを、たいへん喜んでいました。
山羊や青カビのチーズを食べ、デザートに木苺のアイスクリームとチョコレートケーキ、そのあとぼくはココアを、あのひとはブランデーを飲み、葉巻をふかしながら、この森のお話をしてくれました。
虹のふもとに湧きあがる泉だとか、春になると空からふってくる五瓣の薔薇についてだとか、人喰い狼の伝説でぼくを怯えさせ、盗賊たちの掠奪や殺戮がもの語られるときは、ぼくも馬にまたがって、彼らと行動をともにしている気分でした。はじめてきかされる物語なのに、不思議となつかしく、ぼくは夢中で耳をかたむけていました。
あのひとはぼくにも冒険の話をするよう、子供っぽく好奇心にみちた眸をむけてせがみました。けれども、英雄的な行為や宇宙の神秘に触れたことのないぼくに、うれしい思い出なんか、これっぽっちもありません。あるとすれば、あなたと巡り逢えたことだけです。つまらない返答に落胆したそぶりもみせず、あのひとは、お世辞をつかうなんて、ませていやがる、とか揶揄っていいました。
夜もふけたので、あのひとはぼくの肩を抱いて、ベッドに案内してくれました。古びた赤いダマスカス織りのシーツのうえに、ブーツをはいたままあがったので、ぼくもその通りにしました(ベッドにはいる時は履き物を脱ぐこと、タバコを喫わないこと、そんな規則なんかクソくらえだ!!)。
ふたり用にしてもひろすぎるベッドで、ぼくたちはすこし距離をおいて横たわりましたが、気が昂って、とても寝つかれませんでした。まんじりともしないで、ぼくはけんめいに、ほてった頭を鎮めようとつとめました。
しかし、とうとう堪えきれずに、起きあがりました。膝をかかえ、あのひとの金茶の編み上げブーツを眺めているうちに、右手の指をじぶんの脣に押しあて、そのブーツの爪先をそっとなでてしまったのです。
すると、眠れないのかと、低くたずねる声がしました。ぼくは、薬をいっぱい飲まなければ、眠るなんて絶対に不可能だと訴えました。あのひとも起きなおり、やさしくあやすようにささやきました。ここには邪魔者などいないし、おまえは自由なのだから、気絶するまで薬を齧ればいいし、ダンスやお遊びの相手が欲しいなら、どんな悪ふざけでも朝までつきあおう。
ぼくは心やりに深く感謝し、では、あなたが眠る姿を見ていてもかまわないでしょうか、といいました。なにもしないで? あのひとはおだやかに訊きかえしました。そう、ぼくの眼球の底に、あなたを吸いこんでしまうまで、見つめつづけたいだけです。あのひとはうなずき、おやすみをいいながら、大きくてあたたかい掌でぼくの頬をなでると、あおむけに横たわって眼をとじ、やすらかな寝息をたてはじめました。
いざとなると急に臆病風に吹かれ、しばらく躊躇っていましたが、かがみこんであのひとの美しい顔を眺めおろしました。美しすぎて、かえって醜くゆがんだ印象すらあたえる顔でした(バロック真珠みたいな、だが脆くはない)。
視線の障害物をとりさるために、ふるえる指で、かたく熱い胸をつつみかくしているドレスのボタンをつまみました。小さなくるみボタンはすべりが悪く、ループも非常にきつくて、なかなか外されませんでした。
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