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初めて下の名前で呼ぶ時照れるよね

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「あれ、いないのかな。」
エントランスのインターホンを鳴らしても誰もでない。
「出かけてるのかよ。せめて連絡とってからにしようぜ。」
森崎はエントランスにしゃがみこむ。
「いや、思い立ったその日に行動すべきだよ。」
和葉は壁にもたれた。することもないので空を眺めていた。陽が沈んでいく。この夕陽を何度一緒に過ごしただろう。きっと大丈夫だ。廣野は立ち直る。
「お前にはまだわかんないだろ。」
ぽつりと森崎が言った。
「仲間においてかれる気持ち。追い抜かされる気持ち。」
陽はさらに沈み、静かに夜を迎えようとしている。
「わからないどころかいつもそうだよ。いつも追いつくのに必死だよ。」
同級生でさえ常に前を走っている。だから自分はいつも全力疾走なのだ。
「全然ちがうよ。一緒にスタートしたのに途中で置いてかれるっていうのは。追いつけ、追い越せよりも、もっときついんだ。」
森崎にとって廣野がそういう相手だったのか。思ってもなかった。二人は一年の中では頭一つ抜けていた。それなのに。
「だから、あの時廣野にちょっかいを?」
「言い訳だけどな。」
立ち上がりながら森崎は答える。
「おれからしたらお前もすごいのに。」
人はしゃべってみないとわからない。どんな悩みがあるのか、どんな心の内なのか全然わからないものなんだ。
「里宮!森崎もいるのか!」
車が止まり、助手席から廣野が下りてきた。廣野の登場で空気が一瞬で変わる。廣野にはそういう力があった。
「廣野、ごめんな。何の力にもなれなくて。」
「いや、なんでお前が謝る。おれが悪かったよ。八つ当たりして悪かった。」
絶対にほどけないと思い込んでいたからまった糸。意外と簡単だった。
「廣野、ごめんな。宏樹のことからかったりして。」
「うん、お前はおれに謝るべきだな。」
もういつもの廣野に戻っている。
「いや、お前の方が謝るべきだろ。殴ったのはお前だ。」
「そうだな、悪かった。ごめんな。おれのせいで弟が入院してしまったから、言われたくなかったんだ。」
「え!入院?宏樹入院してるのか?」
森崎の声が裏返った。廣野の弟をからかっていたが、それだけよく知っている仲という印だった。宏樹を野球に連れてきた時、声をかけたり一緒に遊ぶのはいつも森崎だった。
「今回は風邪をこじらせて肺炎になっちゃったんだ。おれ、少しの間見といてくれって言われたのに、約束破って出かけたら、こんな事になってて。」
「おれとの自主練習か。」
ぽつりと和葉が言った。
「里宮が責任感じることないよ。おれが行きたくて行ったんだ。実はおれの弟も、お前の双子の妹と同じ病院に通ってるんだ。宏樹は知的障害で、他にもいろいろあってな。入退院を繰り返してたんだ。だから、お前のこと小学校の時から知ってたんだ。あの病院の横のグラウンドで一人投げてただろ。おれは宏樹の体調のせいで野球の練習にいけないのを不貞腐れてたんだ。だから、一人でも練習してるお前がすごいなって、あの時から思ってて。似てる境遇だからこそ、お前に会うのがちょっと辛かったんだ。八つ当たりして悪かった。」
廣野がおれをすごいと思う?そんなわけないだろう。
廣野はだれとでも仲良くできて野球だってすごいのに。人はわからない。何を考えているのか、どう感じているのか。分かり合えていると思っても気づかなかったり誤解したりぶつかったり。でもあきらめない。一緒に過ごした時間が積み重なっているから。例えその中にうそや誤解が混じっていたとしても、すべての時間が消えるわけではないのだ。
「そういえば、将棋にはまってるって言ってなかった?もしかして病院の七夕会か?」
「あぁ、そうだよ。おれは行かなかったけど、もしかして里宮参加してたの?」
「してたよ!将棋トーナメントを企画したのはおれの友達なんだ!」
久しぶりに蓮と連絡をとりたくなった。お前のまいた種がここで芽が出てるぞ。伝えたかった。
「まじかよ。お前の友達か。なんか意外なところで繋がってんだな。」
しみじみとする廣野に森崎が不平を言う。
「おい、話が脱線しすぎだぞ。宏樹はそれで大丈夫なのかよ。」
「あ、すまない。もう熱は下がって、ごはんも普通に食べてるよ。宏樹に謝ったんだ。そしたら、なんで謝るの?って聞かれて。野球見に行きたいって言ってくれてたんだ。だから、謹慎あけたらがんばるよ。」
廣野はそこで一呼吸あけた。
「だから、これからもよろしくな。和葉、幹仁。」
「なんで下の名前?」
和葉と森崎の声が重なった。マンションの住人から苦情が出るかもしれないくらいうるさい声だった。
「いや、前から気になってたんだよ。おれが苗字で呼ぶのお前たちだけなんだ。距離を感じるだろ。だから今日から和葉と幹仁。おれのことは智樹でいいよ。」
出会ったころより廣野はがっちり大きくなった。日焼けしてあどけなさは完全に消えていた。でも笑うと途端にあの少年の顔になる。目をきらきらさせて、和葉の壁を簡単に超えるひとなつっこい笑顔。
「仲直り記念にさ、おれのとっておきの場所案内するよ。自転車とってくるから待ってろ。」
廣野は自転車置き場の方へ消えていく。
「とっておきってどこだよ?」
森崎が叫ぶ。
「平和公園。夕陽が絶景なんだ。」
「いや、おれたち朝から試合してんだけど。」
「森崎、いや幹仁は出てないだろ。でももう夕陽沈むよ。」
太陽がもう遠くなっていて夜と交代しようとしてきている。
「夜景もきれいだよ。ついてこい。」
結局三人は自転車をこぎだした。まだ別れたくなかったのだ。3人一緒の道を走りたかった。
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