空の下、生き抜いてみせると宣言した。

ハナノミナト

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ひだまり

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「ただいま。」
和葉のいない世界は全てが膜をはった感じがする。よそよそしい。あんなにいきいき感じた地上が他人行儀に感じる。まるで日菜など存在していないように。
 あの夜、ここで心臓発作でも起こったらいいのにと日菜は初めて願った。そうすれば、分厚い壁をこえて和葉が助けにきてくれる。心配してこっちに来てくれる。でも現実は都合よくはすすまない。日菜の心臓は正常に動き、壁は静まり返ったままだ。
「おかえり。」
ママがキッチンにいた。
「ママいたんだ。」
「兄妹そろって同じ顔しないでよ。二人の暗い顔が本当にそっくりなんだから。」
ママは笑いながら言った。笑顔につられ心がほどかれそうになる。大したことないと。でもいけない。これは自分勝手だった自分への罰なんだ。
「手を洗っておいで。一緒にミルクティーいれてあげる。角砂糖をいれた甘いやつ。シュークリームもあるよ。」
ミルクティー。シュークリーム。ママの方が上手だった。一人にしてって言いたかったけど、日菜は手を洗ってテーブルについた。
 ママのいれるミルクティーは小鍋であたためた牛乳で作るロイヤルミルクティーだ。白くふつふつとした牛乳に茶葉の淡い茶色がじんわりじんわり広がって、色も香りも紅茶に染まる。そして、ぽってり大きいマグカップにそそいだミルクティーは芯まであたたかく、ほんのり甘い。両手でマグカップを持ち甘い湯気をほっぺにあてるだけで、日菜のとげもするすると溶けていくのだ。
「ママね、日菜と一緒に飲むミルクティーが大好きなの。一緒に飲む時間も甘くて。娘をもてた親の特権かな。」
 確かに甘い。甘すぎて気をはり続けることもできない。日菜はシュークリームにも手をのばした。
「おいしいね。」
日菜の頬はやわらかくなった。
「和葉はね、友達とキャッチボールするって出かけて行ったのよ。嬉しそうな顔してたよ。」
日菜にとってはとてもナイーブな情報なのにシュークリームが日菜の心を固くするのを阻止している。
「ママうれしかったな。和葉が初めて自分で作ったつながりでしょ?何があるのか知らないけど、応援したいな。」
初めてなのは私が束縛してたからですよ、と自虐に走りそうになったが、シュークリームに手をのばしたママを見ると、そんな気持ちはなくなった。
「そうだね、応援したいね。」
でも、できないんだ。和葉の後ろを追いかけるだけじゃ重いんだよ。マイナス思考がよみがえる。シュークリームの魔法がとけたようだ。
「ママは日菜のことも応援してるけどね。」
日菜はマグカップをみていた。もちろんミルクティーは何も言わない。わかってる。わかってるけど私にはできないの。特技も好きなことも何もないの。自分では何も成し遂げれない。
「私は何もできないけどね。」
日菜はわざと明るい声をだして言ってみた。そうしないとみじめのスパイラルから抜け出せなくなる。
「どうして?」
どうしてってそんなこと聞くかな。わかってるじゃない。
「私は野球が好きでも野球をすることができないの。テニスも部活も何もかも見てるだけ。応援してるだけしかできないの。なのに、急にみんな青春しだしてさ。『日菜も何かしなよ』って言ってきて。ひどいよね。ママも私がこんな体でがっかりだよね。」
「どうして?ママもパパも日菜の心臓病のことは生まれる前から知ってたよ。」
日菜は思わず顔をあげた。
「え?そうなの?」
「赤ちゃんがおなかの中にいる時から、赤ちゃんがすくすく育っているかいろんな検査をするの。だから、生まれる前から知ってたよ。」
考えてもみなかった。私が病気だと知ってて産んだんだ。
「エコーってわかるかな?おなかにあてると赤ちゃんの様子がわかるの。妊娠して早い段階で心臓に障害があることが分かっていたから、検診ではいつも念入りに見てもらってたの。エコーを見ると、日菜と和葉がね、手をつないで寄り添ってるの。その顔が天使みたいにやさしく微笑んでいてね。それを見て大丈夫って確信したの。この子たちは必ず幸せになるって。」
 気づけば日菜の目から涙があふれていた。
 いろんな感情がまざっている。生まれる前から手をつないでいた。ほほえんでいた。でもね、生きてくって大変なんだよ。赤ちゃんのうちは手をつないで笑っていても、大人になるにつれて難しくなるんだよ。
「人の中にはね、種があるんだと思う。幸せの種が。みんなそれぞれ幸せの花を咲かせるの。でも幸せの花は咲かせた本人だけが幸せなんじゃなくて、周りの人も幸せにするんだと思う。だから、おなかの中でも日菜も和葉も笑っていて、それを見たママも幸せになったのよ。」
外ですずめが鳴いているのにふと気が付いた。窓の外をみると木々が芽吹いていた。みんな生きている。なんてことのない光景なのに、日菜に語りかけてくる。
 藤原先生の話を思い出した。命として生まれてくることができない命もある。そんな中で私は生まれてくることができた。病気でも幸せになれる、人を幸せにできると信じて。
 そう気づいた時日菜のほほにあたたかい涙がつたった。
「ママ、私もあきらめない。私も幸せの花を咲かせるよ。」
 ママがミルクティーのおかわりを注ごうとキッチンに戻った時、日菜は置いてあった新聞に目がとまった。
「U-15.小説募集。大賞作品は出版化。若き才能求む!」
「これだ!」
日菜は椅子を倒して立ち上がった。ママは危うくカップを落としかけた。
「な、なにごと。」
日菜に振り回される反応は和葉に似ている。さすが親子だ。
「15歳以下の小説の公募!私これに応募する!私本が好きなの。書きたい物語があるの!生きる物語。」
「生きる物語?」
ママの声は裏返っている。
「そう、病気の人も事故にあった人も私の物語では絶対に死なせない。私生きたいの。幸せになりたいの。きっと私だけじゃない。だから、何があっても生きる、どんな困難も生きぬいて幸せをつかむ話を書くの。」
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