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谷の底から
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「おかえりなんて言わないからね。」
入院して3日目。すみれちゃんに会った。
学校で倒れそのまま入院。最初の一日はただただ苦しくて何も考えれなかった。少しずつ苦しさが薄れてくると、ある思いにとりつかれそうになった。頭の片隅にずっといる。でも、もう間違いなくそれは姿をはっきり現し、私はそれと向き合っている。日菜はそう感じ、交代で付き添ってくれていた両親に帰ってもらった。一人になりたかった。
すみれちゃんは泣いてくれた。
できれば入院となったことを知られたくなかった。元気な姿だけを見せたかった。院内学級にも出ていなかったけど、廊下でばったり会ってしまった。
それで仕方なく、
「ただいま。もどってきちゃいました。」
と言ってみたものの、明るく笑うことができなかったので、むなしく言葉がひびいてしまったのだ。
「日菜ちゃんの居場所はお家だよ。学校だよ。日菜ちゃんの元気さはここには似合わないからね。すぐもどるんだよ。」
そう言ってくれた。
日菜の目からも涙がでた。
くやしかった。挫折という文字が頭にうかんだ。敗北も。
やっと生きる道を見つけたのに。どうして私だけ。
ベッドにもどった日菜は窓を見て一日の大半をすごした。
アルミサッシにふちどられた青い空。何も語らない青い空。なぜだか吸い込まれそうになる青い空。
地面に根を生やしたと思ったんだけどな。生まれたばかりの雑草なんて、いとも簡単にぬかれてしまうもんな。
日菜は自分の手を見つめ、胸にあてた。
恐怖。
恐怖がそこにあった。死ぬかもしれない恐怖。体にメスをいれる恐怖。二度と目を覚ますことがなかったら。動けない体になってしまったら。深い闇のような恐怖が漆黒の波のように日菜をおそいかかっていた。
初めての手術は赤ちゃんだったから覚えていない。物心がつくまでに3度の手術を終えていた。だから手術の恐怖と対峙するのはこれが初めてだった。
それでも、入退院を繰り返す中、恐怖が顔をだすと、和葉が助けてくれた。手をひいて地上にとどめてくれた。あるいは両親にワガママを言って全力で甘えた。そうすることで、恐怖は逃げていった。
でも、もう他人に甘えることはできないことを悟ってしまった。自分の足で歩き始めた今だからこそ、自分で向き合うしかなかった。だから付き添ってくれていた両親に帰ってもらい、友達にも会わず一人病室で向き合った。
挫折と敗北をひきつれた恐怖。
涙を流しても、目をつぶっても空をながめても、「それ」は立ち去ってくれず、いつの間にか日菜は眠ってしまっていた。
日菜が目を覚ましたのは、遠くで壁にボールがあたる音だった。
和葉が来てくれたんだ。
今日は火曜日。ファイターズは休みだから来てくれたようだ。
窓からのぞくと、和葉がグラウンドの壁に向かって投球練習をしていた。
昔なら和葉の足音がうれしくて、地上の世界にもどしてくれている気がした。でも、今はそれが幻想だと知っている。命は有限であり、再手術は危険が伴い、成功してもその後どうなるかわからない。
和葉に夢を託そうかな。和葉はきっとこれから羽ばたいていく。和葉が私の分まで生きてくれると思えば、死も怖くないかも。
そう思いながら、和葉を眺めていた。そして、思考が止まった。
和葉のTシャツの色が変わっている。すごい汗だ。何球投げているんだろう。
日菜の位置から和葉の表情は見えない。でも見えなくてもわかる。一球一球、なんて真剣になげているんだろう。手を抜いている球なんて一つもない。投球動作一つ一つが、これが最後なんじゃないかっていうくらい丁寧で、足に肩にうでに指先に、体のすべてに気持ちがこもっている気がした。
日菜の脳裏に和葉の様々な言葉がよみがえった。
「日菜はさ、運動制限とか他の人が背負っていない苦しみを背負って生きているんだ。それを逃げずに受け入れたうえで前を向いて歩いているんだ。並大抵のことじゃないよ。」
「日菜は生きる。生まれる前から一緒にいたおれが言ってるんだ。間違いない。日菜は生きる。」
生まれる前から一緒にいた私たち。手をとりあって、ずっと一緒に生きてきた。恋も愛も友情も越えた存在。「大好き」っていう言葉は言い表せないと思っているのは私だけじゃないはず。私が死ねば和葉はどうなるのだろう。想像できない。死の恐怖と戦っているのは和葉も同じなんだ。
窓の外は暗くなり始めている。もう何球投げているんだろう。それでも和葉の軸はぶれていない。左足を上げ、腕をしならせ、全身を使い、最後足は投げた方を向いたまま根が生えたようにぐらついていない。
和葉は逃げていない。現実を受け入れたうえで、私に生きろと言っている。
恐怖は去った。日菜は窓をあけ、最大限の声をだした。
「和葉。私生きるよ。何があっても生きる。どんな困難も乗り越えるよ。だから、だから。一緒に生きようね。」
和葉はぼうしをとって、こっちを見た。
「一緒にがんばろう。」
はっきり聞こえた。
入院して3日目。すみれちゃんに会った。
学校で倒れそのまま入院。最初の一日はただただ苦しくて何も考えれなかった。少しずつ苦しさが薄れてくると、ある思いにとりつかれそうになった。頭の片隅にずっといる。でも、もう間違いなくそれは姿をはっきり現し、私はそれと向き合っている。日菜はそう感じ、交代で付き添ってくれていた両親に帰ってもらった。一人になりたかった。
すみれちゃんは泣いてくれた。
できれば入院となったことを知られたくなかった。元気な姿だけを見せたかった。院内学級にも出ていなかったけど、廊下でばったり会ってしまった。
それで仕方なく、
「ただいま。もどってきちゃいました。」
と言ってみたものの、明るく笑うことができなかったので、むなしく言葉がひびいてしまったのだ。
「日菜ちゃんの居場所はお家だよ。学校だよ。日菜ちゃんの元気さはここには似合わないからね。すぐもどるんだよ。」
そう言ってくれた。
日菜の目からも涙がでた。
くやしかった。挫折という文字が頭にうかんだ。敗北も。
やっと生きる道を見つけたのに。どうして私だけ。
ベッドにもどった日菜は窓を見て一日の大半をすごした。
アルミサッシにふちどられた青い空。何も語らない青い空。なぜだか吸い込まれそうになる青い空。
地面に根を生やしたと思ったんだけどな。生まれたばかりの雑草なんて、いとも簡単にぬかれてしまうもんな。
日菜は自分の手を見つめ、胸にあてた。
恐怖。
恐怖がそこにあった。死ぬかもしれない恐怖。体にメスをいれる恐怖。二度と目を覚ますことがなかったら。動けない体になってしまったら。深い闇のような恐怖が漆黒の波のように日菜をおそいかかっていた。
初めての手術は赤ちゃんだったから覚えていない。物心がつくまでに3度の手術を終えていた。だから手術の恐怖と対峙するのはこれが初めてだった。
それでも、入退院を繰り返す中、恐怖が顔をだすと、和葉が助けてくれた。手をひいて地上にとどめてくれた。あるいは両親にワガママを言って全力で甘えた。そうすることで、恐怖は逃げていった。
でも、もう他人に甘えることはできないことを悟ってしまった。自分の足で歩き始めた今だからこそ、自分で向き合うしかなかった。だから付き添ってくれていた両親に帰ってもらい、友達にも会わず一人病室で向き合った。
挫折と敗北をひきつれた恐怖。
涙を流しても、目をつぶっても空をながめても、「それ」は立ち去ってくれず、いつの間にか日菜は眠ってしまっていた。
日菜が目を覚ましたのは、遠くで壁にボールがあたる音だった。
和葉が来てくれたんだ。
今日は火曜日。ファイターズは休みだから来てくれたようだ。
窓からのぞくと、和葉がグラウンドの壁に向かって投球練習をしていた。
昔なら和葉の足音がうれしくて、地上の世界にもどしてくれている気がした。でも、今はそれが幻想だと知っている。命は有限であり、再手術は危険が伴い、成功してもその後どうなるかわからない。
和葉に夢を託そうかな。和葉はきっとこれから羽ばたいていく。和葉が私の分まで生きてくれると思えば、死も怖くないかも。
そう思いながら、和葉を眺めていた。そして、思考が止まった。
和葉のTシャツの色が変わっている。すごい汗だ。何球投げているんだろう。
日菜の位置から和葉の表情は見えない。でも見えなくてもわかる。一球一球、なんて真剣になげているんだろう。手を抜いている球なんて一つもない。投球動作一つ一つが、これが最後なんじゃないかっていうくらい丁寧で、足に肩にうでに指先に、体のすべてに気持ちがこもっている気がした。
日菜の脳裏に和葉の様々な言葉がよみがえった。
「日菜はさ、運動制限とか他の人が背負っていない苦しみを背負って生きているんだ。それを逃げずに受け入れたうえで前を向いて歩いているんだ。並大抵のことじゃないよ。」
「日菜は生きる。生まれる前から一緒にいたおれが言ってるんだ。間違いない。日菜は生きる。」
生まれる前から一緒にいた私たち。手をとりあって、ずっと一緒に生きてきた。恋も愛も友情も越えた存在。「大好き」っていう言葉は言い表せないと思っているのは私だけじゃないはず。私が死ねば和葉はどうなるのだろう。想像できない。死の恐怖と戦っているのは和葉も同じなんだ。
窓の外は暗くなり始めている。もう何球投げているんだろう。それでも和葉の軸はぶれていない。左足を上げ、腕をしならせ、全身を使い、最後足は投げた方を向いたまま根が生えたようにぐらついていない。
和葉は逃げていない。現実を受け入れたうえで、私に生きろと言っている。
恐怖は去った。日菜は窓をあけ、最大限の声をだした。
「和葉。私生きるよ。何があっても生きる。どんな困難も乗り越えるよ。だから、だから。一緒に生きようね。」
和葉はぼうしをとって、こっちを見た。
「一緒にがんばろう。」
はっきり聞こえた。
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