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光のカーテン
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傷つけてしまった。いつも自分のことのように応援してくれてるのに。自分が苦しくても明るく照らしてくれていたのに。
それもあんなどうでもいい人たちのことで。
落ちた枕は拾ってくれる人を待っていた。笑って「もう、物にあたっちゃだめ。」て小言を言ってくれる人を。でも自分がその人を追い出してしまったんだ。和葉は枕も拾えずにいた。
あれから3日過ぎた。日菜とは一言もしゃべっていない。時折日菜の部屋の間の壁をみる。やはりうんともすんとも言ってくれない。あやまらなきゃいけないのに、なぜかできていない。本気で傷つけてしまったから。中途半端にあやまってもだめなことはわかっている。でも中途半端でない答えが何なのかわからなかった。
部活はあれ以来静かになった。パシリも暴力もないが、だれも話しかけてこない。キャッチボールの相手もない。投げる相手も飛んでくるボールもなかった。まるで和葉がいないかのように。
「里宮、今日おれといっしょにキャッチボールしない?」
転機は突然おとずれた。部活に向かおうとのそのそ歩いていたら廊下でいきなり声をかけられた。1組の廣野智樹と言うらしい。和葉よりも少し背は小さいけど肩ががっちりしていた。丸くて黒い目が見るからに人懐っこい。一目で「一軍」とわかった。クラスでも部活でも日向で中心的存在。そんなやつがなぜぼくに。
「え?なんでぼく?」
自分の名前を相手が知っていることも、誘われる理由も全然わからなかった。
「おれキャッチャーやってんだけど、ピッチャーが引っ越しちゃって。そしたらお前が投げてるとこたまたま見てさ。いい球投げるじゃん。一回とってみたいなと思って。」
廣野はサラっと簡単に言った。当たり前のように和葉をほめ、何事もないように自分の希望を伝え、和葉を誘った。
こいつ、すごい。コミュニケーション能力が著しく低い和葉は、すでに感心している。
「でも、おれ放課後は部活あるし。」
それでも人間不信の和葉の防御の壁はあつかった。
「え、全然練習させてもらえてないじゃん。しかもさ、先輩になぐられたりとかしてるんでしょ。そんなとこにいることないよ。おれとキャッチボールしようよ。」
廣野は和葉の壁を一蹴りで飛び越えてきた。簡単に。ひょいっと。和葉の壁の中に初めて日菜以外の人が入ってきた。
「言っとくけど、こんないじめくらい耐えなきゃいけない。にげるのはカッコ悪いとか思っちゃだめだよ。いじめを肯定する世界は法律がちがうの。そんな世界にいる必要なんかないよ。そこに力を注ぐ必要なし。もったいないよ。そんなとこにいないでおれとキャッチボールしようぜ。おれのチームも今日は練習休みなんだ。」
窓の外では桜が新しい芽をだしている。5月の光が新緑に反射してきらきらしていた。ちょうど目の前の廣野のように。
そんな世界にいる必要ないよ。廣野の言葉が心にしみこんでくる。
「いいよ。どこでする?」
野球部に出ても、もはや練習はできない。野球部を辞めてこれからどうするかはわからない。でも、和葉は軽々と心の壁を乗り越えてきた廣野の言葉を受け入れることにした。
廣野から受け取ったボールはよく使いこまれてて、手にもグローブによくなじんだ。大切にしているのが伝わってきた。
そのボールを和葉は投げる。ゆるやかに弧をえがき、廣野のグローブに収まる。パシっと気持ちの良い音を立てて。パシ。パシ。その音が聞きたくて夢中で投げる。
「おかえり」
グローブがそう言っているみたい。そして、廣野が投げた球は和葉のグローブにまた収まる。
「ただいま」
会話のキャッチボールではなくキャッチボールで会話をしているみたいに。
キャッチボールってこんなに楽しいんだ。
相手がいる楽しさ。受け取ってくれて投げてくれる。たまにミスしても、ずっとずっと繰り返したい。投げて捕るの繰り返しなのにこんなに楽しいんだ。
空が暗くなってきたころ、廣野はボールとともに誘いをなげてきた。
「おれと一緒のチームに入らないか?」
それもあんなどうでもいい人たちのことで。
落ちた枕は拾ってくれる人を待っていた。笑って「もう、物にあたっちゃだめ。」て小言を言ってくれる人を。でも自分がその人を追い出してしまったんだ。和葉は枕も拾えずにいた。
あれから3日過ぎた。日菜とは一言もしゃべっていない。時折日菜の部屋の間の壁をみる。やはりうんともすんとも言ってくれない。あやまらなきゃいけないのに、なぜかできていない。本気で傷つけてしまったから。中途半端にあやまってもだめなことはわかっている。でも中途半端でない答えが何なのかわからなかった。
部活はあれ以来静かになった。パシリも暴力もないが、だれも話しかけてこない。キャッチボールの相手もない。投げる相手も飛んでくるボールもなかった。まるで和葉がいないかのように。
「里宮、今日おれといっしょにキャッチボールしない?」
転機は突然おとずれた。部活に向かおうとのそのそ歩いていたら廊下でいきなり声をかけられた。1組の廣野智樹と言うらしい。和葉よりも少し背は小さいけど肩ががっちりしていた。丸くて黒い目が見るからに人懐っこい。一目で「一軍」とわかった。クラスでも部活でも日向で中心的存在。そんなやつがなぜぼくに。
「え?なんでぼく?」
自分の名前を相手が知っていることも、誘われる理由も全然わからなかった。
「おれキャッチャーやってんだけど、ピッチャーが引っ越しちゃって。そしたらお前が投げてるとこたまたま見てさ。いい球投げるじゃん。一回とってみたいなと思って。」
廣野はサラっと簡単に言った。当たり前のように和葉をほめ、何事もないように自分の希望を伝え、和葉を誘った。
こいつ、すごい。コミュニケーション能力が著しく低い和葉は、すでに感心している。
「でも、おれ放課後は部活あるし。」
それでも人間不信の和葉の防御の壁はあつかった。
「え、全然練習させてもらえてないじゃん。しかもさ、先輩になぐられたりとかしてるんでしょ。そんなとこにいることないよ。おれとキャッチボールしようよ。」
廣野は和葉の壁を一蹴りで飛び越えてきた。簡単に。ひょいっと。和葉の壁の中に初めて日菜以外の人が入ってきた。
「言っとくけど、こんないじめくらい耐えなきゃいけない。にげるのはカッコ悪いとか思っちゃだめだよ。いじめを肯定する世界は法律がちがうの。そんな世界にいる必要なんかないよ。そこに力を注ぐ必要なし。もったいないよ。そんなとこにいないでおれとキャッチボールしようぜ。おれのチームも今日は練習休みなんだ。」
窓の外では桜が新しい芽をだしている。5月の光が新緑に反射してきらきらしていた。ちょうど目の前の廣野のように。
そんな世界にいる必要ないよ。廣野の言葉が心にしみこんでくる。
「いいよ。どこでする?」
野球部に出ても、もはや練習はできない。野球部を辞めてこれからどうするかはわからない。でも、和葉は軽々と心の壁を乗り越えてきた廣野の言葉を受け入れることにした。
廣野から受け取ったボールはよく使いこまれてて、手にもグローブによくなじんだ。大切にしているのが伝わってきた。
そのボールを和葉は投げる。ゆるやかに弧をえがき、廣野のグローブに収まる。パシっと気持ちの良い音を立てて。パシ。パシ。その音が聞きたくて夢中で投げる。
「おかえり」
グローブがそう言っているみたい。そして、廣野が投げた球は和葉のグローブにまた収まる。
「ただいま」
会話のキャッチボールではなくキャッチボールで会話をしているみたいに。
キャッチボールってこんなに楽しいんだ。
相手がいる楽しさ。受け取ってくれて投げてくれる。たまにミスしても、ずっとずっと繰り返したい。投げて捕るの繰り返しなのにこんなに楽しいんだ。
空が暗くなってきたころ、廣野はボールとともに誘いをなげてきた。
「おれと一緒のチームに入らないか?」
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