空の下、生き抜いてみせると宣言した。

ハナノミナト

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雲行き

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 日菜の空はくもり模様。このところ学校では晴天続きだったからすっかり忘れていた。どんよりとした雨雲に。
  昨日は確かに嵐だった。病院での大ゲンカ。家での和葉とのドタバタ。嵐はいい。雨が上がれば虹がでる。でも今日の学校は嵐というより、降りそうで降らない心配だけさせる空模様。
  一日学校を休んだだけなのに果穂と美咲の会話についていけないのだ。
「松下先輩ってめちゃ美人じゃない?」
「あれだけスタイル良かったらスコートも全然恥ずかしくないよね。」
テニス部の話で盛り上がっている。
「松下先輩って?何年生なの?」
「3年生だよ。ウワサではサッカー部の鈴木先輩と付き合ってるらしいよ。」
「えー!鈴木先輩ってめっちゃイケメンの人じゃない?」
一つ質問してもどんどん知らない単語が出てくる。 
  二人に悪気はないことはわかってる。日菜は曇り空につられてどんどんマイナス思考になっていってしまう。二人はテニス部でセイシュンしているんだ。 
    それに比べて自分は。
 これはいかんな。日菜は気持ちを切り替える。そうだ、また図書室に行って本でも借りよう。
 図書室はいつも夕方の匂いがする。なつかしいような忘れてたような安心するような寂しいような。
「あら、里宮さんまた来たの。」
図書の藤原先生は「あら。」といいながら驚いたふうではない。いつもマイペース。黒髪のかざらないボブで丸いメガネをかけている。
「藤原先生こんにちは。この前の本返しにきました。」
「もう読み終わったの?そんなにおもしろかったの?」
「いえ、その逆で私には合わなかったみたい。」
日菜は多少気まずく思いながら答えた。
「そんなこともあるよね。私もがっかりすることしょっちゅうよ。今までの時間返してって思っちゃう。」
「先生もそうなんですね。私途中で主人公の恋人や親友が死んじゃう話はつらいんです。どうして死ななきゃいけないのって思ってしまう。その方が感動するからなんですかね?」
藤原先生は日菜の目をまじまじと見つめた。言い過ぎてしまったかな、内心日菜は焦ったけど藤原先生からは意外な返事がきた。
「先生も死ぬ話はつらいよ。特に子どもが死んでしまう話は名作と言われても読まないし見ない。」
肩の力が抜けた。なんだ、先生もなんだ。
「不育症って知ってる?」
「え?フイクショウ?なんですかそれ?」
思いもよらない方向に話がすすみそうだ。
「赤ちゃんをおなかに授かってもね、おなかの中でうまく育たずに、赤ちゃんが死んでしまうの。流産って言ったらわかるかな?流産を繰り返してしまうの。」
「はぁ。」
返事をしたものの日菜の頭の中は?でいっぱいだ。
「先生はねその不育症でね、何回も流産したの。つらかった。だから、子どもが死ぬ話は読めないな。生きてほしいから。」
生きてほしい。そうだ、生きてほしいのだ。日菜は最後の言葉だけはっきりと分かった。
「ところで里宮さん。先生は不幸そうに見える?」
先生の目がさっきまでと変わっている。さっきまでは大人の女の人だったけど、今はなんだろう。
「見えないです。」
「そうでしょ?つらいことがあっても乗り越えれるものなのよ。叶わない望みがあっても別の形でも幸せになれるのよ。」
「先生も説教ですか!」
今の先生の目は教師の目だった。しかも最近いろんな人に言われてる気がする。
「説教のつもりはないですよ。先生は幸せだから自慢したかっただけです。」
「それでも先生ですか。」
藤原先生は鼻歌を歌いながら本の整理を始めた。
「あ、先生ちょっと待って!まだ時間大丈夫?今日は野球の本を探しにきたの。」
「野球?めずらしいわね。あ、わかった。和葉くんね。」
「正解です。さすが先生。」
 昨日のすみれちゃんと蓮とのやりとりを忘れたわけではない。むしろずっと胸に残って離れない。でも今は和葉を応援したいのだ。今まで自分のために色々我慢してきた和葉。本当は放課後友達と遊びたかったんじゃないかな。少年野球とかに入りたかったんじゃないかな。和葉が今まで犠牲にしてきてくれた分、日菜は和葉に輝いてほしいのだ。

「里宮ぁ、ちょっと外周の時コンビニ行ってこいよ。」
まただ。先生にピッチャーの件を言われて以来、何かと3年生にパシリにされる。ゴールデンウィークをはさんで風向きが変わるかと思ったが、逆に向こうの結託が強くなったようだ。
「コーラ飲む人?」
3年生のピッチャーが勝手に集計を始める。
「コーラ3人ね。」
「おれコーヒーがいい。」
「大人かよ。」
3年生同士で笑っている。何がおもしろいんだか。
「ポテトチップスも買ってこいよ。期間限定のプレミアムバージョン出ただろ?」
「おれアイス食べたい。」
その金はだれがだすんだ。いったいいくらすると思ってるんだ。こづかいのほとんどを3年生に使っていた。和葉は今日こそ断ろうと思った。
「おれそんなにお金持っていません。」
「あー?それならパクればいいじゃん。」
3年生のピッチャーが眉間にしわをつけた顔を近づけながら言った。その顔は練習してできた顔だろうか。
「先生にちょっとほめられたからっていい気になるなよ。まだ体もヒョロヒョロのくせに。」
蹴りをいれられた。他の3年はニヤニヤしながら見ていた。
   2年と1年は見て見ぬふり。こんなに狭い部室で見ないふりなんてできないだろうに。
自分はここで何をやっているんだろう。野球をしたかっただけなのに、こんな思いを耐えないといけないのだろうか。部室を出ようとする和葉に3年ピッチャーがさらに追い打ちをかけた。
「お前、双子の妹と一緒に帰ってるんだって?中学に入ってなに?双子で付き合ってるの?もしかして今も風呂とか一緒に入ってたりして。」
和葉の血が沸騰した。血管が切れる音がした。衝動的に手が出そうになった。けれど。
「笑える。」
こんなに汚い笑い声をきいたことがなかった。どうしてこれで笑えるのか。この部屋の中で怒っているのは自分だけだった。その事実に沸騰した血が一気にどこかへ行った。笑っている顔も声も人間のものに思えなかった。自分の目と耳が腐ってしまったのだろうか。
 その日の練習は自分ではない誰かが自分の体を動かしていた。


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