空の下、生き抜いてみせると宣言した。

ハナノミナト

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夕陽

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 雲一つない空。
日菜は窓の外を見ていた。教室からは空が遠く感じる。
「里宮、次読んでみて。」
しまった。よそ見をしていた。
日菜はあわてて教科書に目をおとす。もうすぐゴールデンウィーク。今日まで皆勤賞だ。日菜にとっては珍しい。小学生の時の日記帳を思い出す。白紙だらけだった。苦しいことは書かないようにしたら、書ける日があまりに少なかった。
 「昨日のドラマ見た?」
「見たよ。あの子は絶対瑛太が好きだよね。」
友達もできた。果穂と同じテニス部の小笠原美咲。美咲は私たちとは別の小学校出身で私たちより街中に住んでいるからか、進んでいる気がする。大人っぽいということ。美咲が果穂ちゃんのことを果穂と呼ぶので自分も果穂と呼ぶようにした。果穂と日菜。なんかその方が中学生っぽくて気に入っている。
それにしても果穂がテニス部に入るとは意外だった。家の中でままごとや人形遊びをするのが好きだったから。そういえば、ママ役を果穂と二人で取り合いしていた。日菜は思わずにやけてしまう。あの頃の果穂もかわいかった。ふっくらとしたほっぺをさらにふくらませて、必死にママ役を死守しようとしていた。パパ役の和葉は我関せずで見てたっけな。
「今日調子がいいから放課後、テニス部の練習見て行ってもいい?」
果穂と美咲は顔を見合わせた。
「もちろん。でも私まだ素振りや球拾いくらいしかしてないけどね。」
果穂が明るく答えた。
「私ももちろんオッケーよ。でも、日菜も何か部活入ったら?運動部が無理なら文化部でもいいんじゃない?」
美咲はなんてことないようにサバサバ答える。
「部活ね。」
来たか、その話題。みんなが部活何にしようか期待に胸をふくらませているとき、確かに一人かやの外だった。でも、自分の好きなのは野球だ。でも出来ない。心臓病のせいで他のスポーツもできない。文化部に入ればと言っても絵にも将棋にも興味がない。
「日菜といえば野球だけど、マネージャーとかないもんね。うちの中学。」
返事に困っていると果穂が助けてくれた。
「ま、興味ないのに無理やり何かに入るのもなんだしね。」
美咲も納得したようだ。日菜はとりあえずほっとする。
「そういえばうちの野球部って3年生こわそうだけど、双子の兄は大丈夫なの?」
今度は和葉の話になった。日菜の心臓はまたドキっとする。
「え?そうなの?」
「和葉くんから何も聞いてないの?野球部の3年って髪染めてたり、学校も遅刻してくるらしいし、問題生徒が多いんだって。」
「そうなの?順調なんだとばっかり思ってた。」
思わず声が裏返った。最近の和葉の様子を思い出そうとする。自分のあいづちをうつ和葉しか思い出せない。
「日菜、ショック受けすぎだよ。日菜は本当に和葉くんのことが好きなんだね。」
「好きとかじゃないよ。でも双子だから何でも知ってるつもりだったから。」
「またまたー。」
運動音痴な果穂がテニス部に、大人しい和葉が野球部に。その事実はもちろん知っている。応援しているつもりだった。でも自分が知る以上に苦労や努力があるのだろう。急に距離を感じてしまった。

 和葉は部活後一人校門に向かっていた。
首を回し、緊張をほぐす。身体が痛い。痛い身体に夕陽はしみる。そう思っていたら校門に見なれた人影をみつけた。
日菜だ。橙色に染まった学校に日菜がたっていた。
「日菜、どうしたの?」
「色々用事があったから残ってたの。一緒に帰ろうと思って。」
「もしかして練習見てたの?」
思わずきつい口調で言ってしまった。
「え?見てないよ。どこにいるのか分からなかったし。果穂のテニス部や図書室に行ってたんですよーだ。」
和葉はほっとした。出来れば見られたくない姿だった。部活はきつい。練習はまず学校の外側、外周を走ることから始まる。でも3年生にジュースを買いにいくことを命じられ、買ってくるのが遅いとさらに追加で走らされる。筋トレの途中で蹴りをいれられるのもしばしば。目をつけられるのが怖くて1年生同士は目を合わさず練習をこなす。2年生は1年生がサボってないか目を光らせている。野球をうまくなるための練習なのかわからなくなる。でも、そんな現状を日菜には見せたくなかった。
「そっか、ごめんごめん。倉木は、テニス部どんな感じなの?まさかテニス部とはね。」
ほっとしたことを悟られたくなくてすぐに話題をかえた。
「果穂がんばってたよ。初心者だからまだあんまりコートに入れてもらえないけど、走ったり素振りしたり、あの運動音痴の果穂がきびきび動いてたよ。」
そう報告する日菜もうれしそうだった。
「そっか。倉木もがんばっているんだな。」
「果穂たちから聞いたんだけど、野球部って先輩超きびしいんでしょ?和葉大丈夫なの。」
不意をつかれた。
「大丈夫だよ。きっとどこの部活も同じなんだろな。おれもがんばらないとな。」
夕日の下、二人で下校するのは初めてだ。おれもがんばらないとな。本当にその通りだ。心の中で繰り返す。
「夕方の学校ってなんだか汗のにおいがするね。なんか私までがんばった気分になるよ。」
オレンジ色に染まった日菜の顔はまっすぐ前を向いていた。まっすぐ、ただまっすぐ。その目に何がうつっているのかわからなかった。けど、日菜の新しい一面は少し寂しそうな顔にみえた。
「何言ってるの。日菜もがんばってるよ。毎日学校行ってるじゃん。お母さんに送り迎えもたのんでないし。」
日中のテンションの高さの反動で、夜疲れがたまってしんどそうにしていることは和葉も気づいている。本人からも母親からも何も聞いていないが、同じ家で暮らしていればどんなに鈍くても伝わってくる。
日菜の目に涙がたまっていくのが見えた。何かあったのだろうか。日菜の抱える荷物は自分に比べるとはるかに重い。和葉は泣いてほしくなくて日菜の頭をチョップしてみた。こんなことしかできない。笑わして重い荷物をごまかすことしか。もし自分が年の離れた兄なら、抱える荷物全部受け止めてあげれるだろう。親友なら一緒にとことん話を聞いて泣いてあげられる。恋人なら。でもたらればをいくら言ったところで自分たちは双子だ。距離は近いのに受け止めてあげられるだけの大きな器もなければ、本気で語り合うには日常を知りすぎている。
「ちょっと、何するの。背が高くなったからって形勢逆転じゃないからね。」
いつもの日菜にもどった。強気で少しワガママで和葉をふりまわす日菜に。今回はカバンをふりまわして和葉にあてるというオマケつきだった。
「いってー。めっちゃ重いんだけど。何入れてるの?」
「あー、図書室で本借りたの。明日また病院だから、待ち時間に読もうと思って。」
病院。普通に登校できる日はいとも簡単に消えてしまう。和葉は日菜からカバンをうばいながらこたえる。
「本、好きだな。」
少し声が低くなってしまったかもしれない。自然にしなきゃいけないと思いすぎてしまった。
「恋愛小説2冊借りたんだ。和葉も読む?」
日菜は敢えて聞いている。恋愛小説なんか読まないこと知っているくせに。
「遠慮しとく。」
お決まりの会話。
「えー、面白いのに。」
日菜は笑っている。でもこれくらいが丁度いい。
「病院、がんばれよ。」
ぶっきらぼうにひびく声。でもこれぐらいが丁度いい。
「ありがとう。」
でこぼこ並んだ二つの影。一緒に生まれてきた二つの影は、別々の道を行く。すき間の開いた二つの距離をとろけそうな夕日が静かに見守っていた。
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